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竜の魔道  作者: 香月優希
第一章 蒼き竜の旅立ち
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羅真丸、来航 3

 突然の申し出を突っぱねるでもなく、デュッケはひとまず、蒼惟(アオイ)の話を聞いてくれた。が──

「残念だが、啼義(ナギ)が認めていないことに、俺がイエスとは言えねえな」

 デュッケは片手に葉巻を持ったまま、腕組みして答えた。

「お前の計画は面白い。山間部は今も、あのドラガーナ山脈(竜の背)の険しさが壁になっているからな。それに俺だって、自慢の船に乗せてやって、あちこち見せてやりたい気持ちもある。でも、今のところお前は神殿の跡取り筆頭だ。万が一のことがあったら取り返しがつかない」

「……」

 こう言われてしまっては、今の自分に反論できる材料などない。蒼惟は黙った。

「そうしょげるなって。啼義だって、何もかもにノーを言うつもりなんかないぜ。お前の気持ちを尊重したいって、言ってただろう? 出来る範囲でなら、いくらでも息子の好きにさせたいと思ってるさ」

「……うん」

「禁忌の祠をどうかするってまでは難しくても、ここでだって、出来ることはたくさんある。色々考えて、あれこれ動いてみたらいい。若くて環境も整っているなんて贅沢なことだ。その利を使わない手はねえ」

 彼はニカっと笑ってから、ふと、手元の葉巻に目をやった。

「おっと、そろそろ灰を落とさないとな──興味があるなら、何本かいるか?」

 蒼惟は力なく首を振った。「ううん。まだそんな上手く吸える気がしないや」

 デュッケは悪戯っぽい眼差しを向ける。

「ま、出航までに言ってくれれば、酒でも葉巻でも、好きなのをいくらか成人の祝いに置いていってやるよ。楽しいことは多く覚えたほうがいい」

 デュッケの背中が明るい室内に消えると、蒼惟はため息をついた。

 その時──カサッ! と、葉の揺れる音を耳が捉えた。蒼惟はビクリと身構える。


<何かいる?>


 慎重に音の発信源を探ろうと目と耳を全方向に走らせると、もう一度、今度はガサガサッと、ちょうど目を凝らして見ていた左側、いくつか集まっている蒼惟の胸ほどの高さの葉の茂った鉢植え観葉植物の下の方、大きな鉢の横から、まるで隠れんぼでもしていたかのように、ふわふわした淡い金髪が覗いた。

 膝と両手をついて屈んだまま出てきた褐色の肌──その姿には見覚えがある。

「アリッサ?」

 呼ばれた船長の娘アリッサーニャの、父と同じ碧色の瞳は、心なしかキラキラと輝いて見えた。彼女はその姿勢のまま、囁くように言った。

「ねえ、今の話、すごく面白そうね」

 どうやら、気のせいではないらしい。彼女の表情には、ありありとした好奇心が浮かんでいる。

 状況に追いつけずに思考停止状態で立ち尽くしていると、アリッサーニャは辺りを素早く見渡し、他に誰もいないことを確認してやっと立ち上がった。

<案外、小さいんだな>

 身長は蒼惟の肩くらいだ。至近距離で自分を見上げる姿には、小動物のような雰囲気がある。

「ねぇ、聞いてる?」

 我に返り、蒼惟はやっと口を開いた。

「面白そう? え、待って。どこで聞いてたの?」

「そこよ。オキシカルジュームの鉢植えが並んでる向こう」

 アリッサーニャが指差したそこには、今夜の二階部分貸し切りのために一時的に外に出された大型の鉢植えが集められて、ちょうど目隠しのように並んでいる。

「そこで座って休んでたら、ちょうどあなたが出てきて、声をかけようかなと思ったら、お父さんも出てきて話し始めたから、そのまま聞いてたの」


<そんな>


 つまり、最初から最後まで、彼女は全部聞いていた事になる。しかも、その気配に、自分はおろか、デュッケすらも全く気づいていなかったのだ。

「あ、なんてこったって思ったでしょ。顔に出てるわよ」

 アリッサーニャに笑顔で指摘され、蒼惟は思わず表情を引き締める。

「ぬ、盗み聞きは良くないぞ」言ってみたものの、戸惑いの方が前面に出てしまい、全く説得力が生まれない。

 どうしたものかと頭の中をフル稼働させている蒼惟の心中などおかまいなしに、アリッサーニャはにこにこと彼を見上げた。次は何が起こるのかと再び身構えたところに、

「羅真丸に乗りたいの?」

 いきなり痛いところを突かれて、彼は渋面になった。

「聞いてただろう。今、断られた」

「そうね」

 アリッサーニャは蒼惟の横をすり抜け、手摺りに両手をついて藍色の空を仰いだ。

「でも、禁忌の祠なんて、初めて聞いた。ミステリアスで面白そう」

「面白そうかも知れないけど、所詮は机上の空論だよ」

 蒼惟がやや不貞腐れた口調で言うと、アリッサーニャはくるりとこちらを向いて、挑戦的な笑みを浮かべた。そうすると、どことなく父と似た雰囲気がある。

「乗せてあげましょうか」

「えっ?」

「羅真丸によ。南波流(ナハル)まで乗って行けたら、あとは陸路?」

 予想外の提案に、蒼惟はただ、目を瞬いてアリッサーニャを見つめた。

「そう……なると、思うけど」

 狼狽(うろた)えながらも答えると、アリッサーニャは、さっきの挑戦的な笑みと全く違う可愛らしい微笑みを浮かべ、蒼惟の顔を覗きこんだ。その瞳には、純粋な希望の光が宿っている。

「大人は面白くないわね。あたし達が何もできないと思ってる。でもそんなの、やってみなきゃ分からないじゃない。あたし達の可能性を、勝手に決めないでほしいわ」

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