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竜の魔道  作者: 香月優希
第一章 蒼き竜の旅立ち
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羅真丸、来航 1

 羅真(らしん)丸がイリユス港に到着する日、朝は雨が降っていたが、午後になって予定時刻が近づいてくると、船長デュッケ・アドスが常日頃「俺には晴れの神が憑いている」と公言するのを証明するかのように、雨が止み雲が切れて、太陽が顔を覗かせ始めた。

「雨、やっぱり止んだね」

 蒼惟(アオイ)が眩しげに目を細めながら言った。

 防波堤の上から眺める海原は穏やかで、凪いでいる。

「こないだは嵐を蹴散らしたし、相変わらずだな」

 啼義(ナギ)が感心した様子で空を眺めていると、やがて水平線に比較的大きな木鉄船が現れ、汽笛が響いた。長めに二回。順調に前進している合図だ。

 こうしていると、先日の親子の衝突はなかったかのようにいつも通りだ。だが、()()()を持ち出そうものなら、一気に険悪な空気になることは、この数日で立証済みだった。

 そして、父がそんなに頑なな態度をとることは珍しい。だからこそ、蒼惟にはもう対処の仕方も分からず、口にしないことが最善となっていた。胸の内は、相変わらず釈然としないままだが。


 やがて、近づいて来た船の帆柱(マスト)のかなり上の方、足場に乗って赤茶色の髪をなびかせて笑顔でこちらに大きく手を振る褐色肌の男が目についた。副船長で、啼義の幼馴染みの朝矢(トモヤ)だ。

「ったく、いつまであんな高いとこ登る気なんだ。そろそろ落っこちるぞ。もうやめとけって」

 自分より一歳上の、四十歳を過ぎてもなお子供のような行動の幼馴染みの姿に、啼義が手を振り返しながら苦笑した。

「いまだに木登りするような神殿長に、言えた義理でもないだろうがな」

 と隣で揶揄したのは、短く刈った黒髪に少しばかり白い毛が混じった壮年の男で、がっちりした長身に濃紺のマントをさらりと肩から流した剣士──(しらかげ)だ。

 彼はイルギネスの学生時代からの同期で、今はイルギネスと共に双璧の護衛として啼義の警護を担うと同時に、若き剣士たちの指導部総長でもある。額と左の頬にうっすら残る一筋の傷痕は、二十代の頃に魔物との戦いで負った大怪我の名残だが、その時を含め負け知らずの異名を誇る。

「木の上にしか、俺の自由はないんだよ」啼義が答えると、驃は笑った。

「よく言うぜ。年長組もいなくなった今は、神殿長の天下だろう」

「まあ、やっとな」

 啼義の口調には、この二十数年の様々な出来事がほんのり滲んでいるものの、その表情は軽い。

 驃が、嬉々として口を開いた。

「今回は土産に南の酒をたんまり持ってくるって言ってたな。今夜の宴が楽しみだ」

 啼義が途端に呆れ顔になる。

「あんたら本当、いつも酒の話ばっかだな」

 イルギネスと同じく、人目のないところでは啼義に対して友人……というより兄のような態度の驃は、イルギネスと同等、あるいはそれ以上に酒豪だ。もうじき五十になろうというのに、一向に酒に弱くなる気配がない。

「酒だけじゃない、ちゃんと食の話もしているぞ。飲み食いは生きる基本だからな。さて──そろそろ波止場に下りますか」

 驃は無骨な見た目とは裏腹に、屈託のない少年のようにニカッと笑った。



 ほどなくして、羅真丸は無事に着岸し、帆が畳まれて下船の準備が始まった。

「よう! みんな元気そうだな! 途中でいい魚もしこたま捕れたんで、リウの酒場に着いたらみんなに振る舞うぜ。旨くて酒が進むぞ」

 出迎えた啼義たちのもとに降りてきた船長デュッケ・アドスは、ガハハと豪快に笑った。後ろの少し高い位置で一つに縛った淡い金髪が映える褐色肌に雄々しい髭面──だが、決してむさ苦しい感じはなく、その目元や顔の作りからして、若い頃はさぞ美麗な方に入ったであろうことが容易に想像できる色気がある。剥き出しの肩から腕は決して太くはないものの引き締まっていて、海では長槍を操ってかなり大きめの海獣も仕留めるという噂を裏付けるオーラが漂っていた。

 彼は、啼義の前に進み出ると、あらたまった様子で丁寧にお辞儀をした。

「神殿長には、わざわざ港まで足をお運び頂き、誠に恐縮です」

「やめろって」啼義が居心地悪そうに返すと、デュッケはまたガハハと笑った。「いや、一応な」

 続いて副船長の朝矢(トモヤ)が「地上に降りてもクラクラするの、なんとかなんねぇかな」と言いながら、よたよたと歩いて来た。船の揺れがすっかり身体に染み付いて、地面に足をついても、どこか揺れている感覚が抜けないのだ。

「船酔いはしなくなったけど、(おか)酔いは慣れねえな」

「俺なんか、いまだに何日も船に乗るのは勘弁だ」と啼義。港町イリユスに来て二十年以上が経ち、何度か船にも乗ったが、乗船中に体調万全を保てたことがないのだ。

 和やかなやりとりをしていると、頭上から張りのある女の声が降ってきた。

「ねえ船長、こっちの荷物も一緒に下ろして大丈夫?」

 デュッケは声の方に振り返った。「おう! 頼む」

 甲板の手摺りから身を乗り出した声の主は、デュッケと同じ淡い金色の、緩くウェーブがかかったショートヘア──いや、どうやら背中に三つ編みを垂らしているようだ──に褐色肌、そしてやはりデュッケと同じ碧眼の、まだ少女とも言えそうな年頃の女だった。

「了解! これもだってー!」

 言うや否や、彼女はあっという間に船内に姿を消した。

<なんか、すごい元気な()だな>

 蒼惟が呆気にとられていると、デュッケが少し照れ笑いの顔で、彼女がいた方を親指で示した。

「そう言えばさ、今日はあれ(、、)、新顔を連れてきたんだ。俺の娘のアリッサーニャ、十八歳。呼び方はアリッサでいい」

「えっ?」

 啼義と驃が目を見張り、心底驚いた調子で声を合わせた。

「む……娘っ?」

「いや〜、ちゃっかり乗ってきちまってさ。仕方ねえからもう連れてきたのさ。でも船酔いもしないし、なかなか肝が据わってるんだぜ」

 デュッケは言葉とは裏腹に、まんざらでもないふうに鼻の下に指を当てて髭をこすりながら、口元を上げた。

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