壮大な計画 2
「まあ、それは確かに……啼義様の反応はごもっともだな」
歩を止めたフィルディアスは神妙な顔で頷いて見せたが、その様子はどう見ても愉快そうだ。外回廊を抜ける風が、彼の、柔らかそうに波打つ赤銅色の髪を揺らす。
フィルディアスは、蒼惟の父であり神殿長でもある啼義の護衛長イルギネスの長男で、蒼惟より三つ上の二十一歳。幼馴染みと言っていい仲だが、今は公的には父イルギネスと同じく蒼惟の護衛を担っている。よって、人前では互いにきちんと主従らしい態度をとっているものの、誰もいない場所では子供の頃のまま、気の置けない親友、もしくは兄弟のような関係だ。
「楽しんでるだろう、フィル」
蒼惟も足を止めて、フィルディアスの赤銅色の瞳を覗き込むと、彼は端正な顔をふわりと緩めて「バレたか」と返した。
「啼義様の渋い顔が目に浮かぶなと思って」悪戯っぽく微笑む。
「うん。だから追い打ちをかけられる前に逃げてきた」
蒼惟の返事に、フィルディアスは声に出して「はははっ」と笑った。
「そういう空気は察したわけだ」
「うん」
フィルディアスはにんまりと口元を上げて「で、どうするつもりだ?」と問うた。
「確かに、祠の存在はちょっと歴史学で聞いた程度で、安易な提案だったと思う。だからまず、書庫に行って、それらしい情報を記した本や情報を探してみる」
「なるほど」先に踏み出した蒼惟の歩調に、フィルディアスも合わせる。
「それでは、お供しましょう蒼惟様」
二人はそのまま外回廊の突き当たりの扉を開け、石造りの重厚な建物内に入った。吹き抜けになっているエントランスは、大きな窓から入る日差しで意外と明るい。その奥の通路を行けば、書庫に辿り着ける。
神殿長の長男の姿に目を留めた者たちが会釈をするたび、二人とも礼儀正しく会釈を返しながら、悠然と目的地を目指した。
書庫を管理する司書長のルイヘルは、カウンターの中で何やら書類を眺めていたが、入ってきた蒼惟の顔を見て嬉しそうに立ち上がった。
薄茶色の髪の前髪をきちんと七三に分けて整え、眼鏡をかけた姿は、いかにも本の場所の人という感じだ。三十五歳というが、壮年の雰囲気はなく、ややもすると研究生か何かに見える。
「これはこれは蒼惟様。今日はフィルディアス殿もご一緒で、どうなさいましたかな?」
「ちょっと調べたいことが出来たんだ。ドラガーナ山脈を挟んで北と南にある、禁忌の祠と呼ばれている二つの祠についてなんだけど」
ルイヘルは顎に手を当てると、「慈源の祠と、慈禊の祠ですかな?」と尋ねた。
蒼惟の顔がパッと輝く。
「それだ。それにまつわる本や資料を見たい」
「かしこまりました。ご案内しましょう。しかし、どうしてまた禁忌の祠など?」
訝しんだルイヘルに、蒼惟は要領よく自身の考えを説明した。するとルイヘルは腕組みをして、「なるほどねぇ……まあ、実際にそれを成せるかどうかは別として、知ろうとすることは大事なことです」とにこやかに答え、「こちらの方ですね」と案内してくれた。
該当の書架のところまで来た時、ルイヘルが「そういえば」と何か思い出したように口を開いた。
「前にも、啼義様が推薦で神学院の魔術科に入れて、首席で卒業した……柊くんでしたっけ? 彼も一時期、禁忌の祠について知りたいと言って、よく出入りしましたねえ」
「え?」
馴染みのある名前に、蒼惟とフィルディアスが一緒に反応した。
柊は、イリユス神殿と親交のあるドラガーナ山脈を隔てた先の星莱の社の長男で、啼義の特別推薦で神学院の魔術科に入学し、在学中は蒼惟と同じ居住棟に身を置いていた。フィルディアスとも面識がある。二年前に神学院を卒業した後は上級魔術師として修行を兼ねてあちらこちらを巡り、最近は一度故郷へ帰っているとも聞いている。
「柊が禁忌の祠を? 聞いたことないな」
フィルディアスが記憶を辿るように蒼惟と目線を合わせると、蒼惟も「うん」と返した。
「古代の魔術師が開いた祠だから、気になったのかな」
だったら、柊も祠についてある程度の情報を知っているのかも知れない。
「啼義様なら、柊が祠について調べていたことも、ご存知かもな」フィルディアスが呟いた。
「うん。まぁいいや。ルイヘル、ありがとう。ちょっと色々見てみる」
蒼惟は屈託のない笑顔で礼を述べた。
「ごゆっくりどうぞ。カウンターにおりますので、何かありましたら何なりとお申し付けください」
「ありがとう」
ルイヘルがにこやかに頭を下げて去ると、二人は早速、調査を開始した。




