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FRY~時を駆けた愛の歌~  作者: 桃井雪
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涙のワケ

「はぁ……」

今日で通算50回目のため息をついた麗奈は、なにやら途方にくれていた。

(参ったな、全く……)

麗奈が思い浮かべているのは、3日前の出来事だった。

(まさかあの場所に……雅さんがいるとは思ってなかった)

地下室で、雅の歌った歌の加工を行っている際、なんとなく思い立ってやってしまったことを、まさか目撃されているだなんて思いもしなかった。

(でも……)

それでもたった1つ、救われたことはあったのだが―――

(ま、それとこれとは話が別だ)

そう思うと、またいろんな意味でため息をついてしまいそうになる。

(仕方ない!!気分を切り替えなきゃ!!こんなんじゃいい仕事できないよね!!)

できるだけ前向きに行こう。そう決めた麗奈は、現在街中をふらりとしていた。

学校帰りなのだが、3日目に機械の部品が足りないことに気が付いたため買いに来た。

が、女子の買い物がそれだけで終わるはずがなかった。

「えぇっと…部品はもうよかったかなぁ…あ、メンテしたけど掃除してないや。後あの部屋殺風景なんだよなぁ…何か買えないかな…あ、あれ可愛い」

などなど、ほぼ1人ごとだが麗奈は買い物を楽しんだ。


結果。


(重い……)

両手に華―――ならぬ、両手に買い物したもの。

(とか悠長に言ってる暇じゃないか)

もともと通学カバンも一緒に持っているため、かなりの重量になってしまった。部活の道具がないだけまだましだった。(ちなみにバドミントン部)これで部活の道具まであったらどうなっていたことやら…。いや、それ以前に。

(しまったな…平日に繰るんじゃなかった)

なにやら色々と考え、考え込んで、悩んだものを晴らすがためにふらふらしすぎたらしい。

1度荷物を置き、息をつく。

(まぁ、いい気晴らしになったのは確かだけど…ちょっと考えが足りなかったな。悪い癖だ)

麗奈はため息をついた。が、ここにいつまでもいるわけにはいかないし…どうしようもない。そう思った麗奈は肩に通学カバンをかけ、買い物袋を持ち上げた。

「……っとと」

だが、重量に負けてふらついた。と、思った瞬間。


「危ねぇ危ねぇ」


「ふえ……?」

突然、ふらついた麗奈を誰かが支えてくれた。

「あ、ありがとうございま―――――」

背後の人に、そう声をかけた麗奈は―――――。

「………」

凍りついた。そこにいたのは――――。

「やっぱ、麗奈だった」

「み、雅さんっ!?」

朝霧雅が立っていた。

「どうしたんだよ、そんな両手に荷物抱えて」

「あ、いや…、メンテの道具とか、部品とか買って、ふらっとしてて…」

「なるほど。部品買いに来たついでにふらついてたら荷物増えたってやつか」

「う…っ」

図星。遠まわしに言ってもダメだったらしい。

それが表に出すぎていたのか、突如雅が笑い出した。

「わ、笑わないでくださいよぅ…」

「いいや、ごめんな!何か、あまりにもわかりやすくて…っ」

雅に笑われたことが恥ずかしくて、麗奈は頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた。

「そんな笑わなくてもいいじゃないですか。よくあることなんですよ」

「ははっ!悪ぃって!!…お詫びにさ」

「え―――?」

突然、両手が軽くなった。そして、持っていた荷物がするりと手を抜けていく。

「家の近くまで、荷物持つよ」

「あ、いや!!いいですよ!!それ重いですから!!」

「通学カバンも持ってんのに、これまで持ったら重いだろ?俺は平気。これでも結構力あるほうだから」

そう言って笑う雅の顔から、無理をしているようには見えなかったし、実質、麗奈がさっきまで必死に持っていた荷物は軽々と持ち上げられていた。

「大丈夫だから、な?」

押しの一言。麗奈はまだ何か言いたげだったが――――。

やがて、妥協。麗奈は肩の力を抜いて、頭を下げた。

「ヨロシクオネガイシマス…」

「ははっ。任しとけ」

その一言に、雅は笑顔でうなずいたのだった。



帰り道。麗奈は何だか落ち着かない気持ちだった。

まだ中学に入ってまもなくて、小学校から一緒だった友達はこっちの方面には帰ってこないため、大体帰りはいつも1人だった。

が、隣を誰かがあるいている。それが年上の男であると言うことに関して、何だか落ち着きのない気持ちを抱えているのだった。

「麗奈」

「あ、はい!?なんですか!?」

「…なんでそんな声上ずってんだ?」

「あ、いや…ちょっと、環境が新鮮だったので」

率直に言うと、雅は少しだけ驚いた顔をした。が、やがてまた笑顔を浮かべた。

(あ……)

「麗奈はさ、いつからあの仕事やってんの?」

「え?仕事…、あの歌の加工とかですか?」

「そ。昨日見てて思ったんだけど、想像以上に技術力高いよなぁと思って。大人でも手間取ること結構さらっとやってたから。かなり練習したんじゃないかなぁと思って」

麗奈は少しだけ考えた。そう、あれは……。

「………」

「麗奈…?」

「……お父さんが、機械好きで…お父さんの仕事を小さい頃から見ていたら、自然に手が動くようになってて。本格的に教えてもらったら、そういうのが活かされたって感じです」

そう。父は機械が好きで、そうやって機械を操作する父の姿を見ているのが、麗奈は昔から好きだった。機械のことと麗奈のことになると、なんとなく麗奈の理想の父親像が崩れるのが、長年の悩みだが。

「へぇ……そっか」

「えぇ…そうです」

その会話を境に、長い沈黙が続いた。麗奈の心臓はバクバクだった。それは今、雅が隣にいるからだけではない。

(――――この人は)

見透かしているかもしれない。麗奈の心の中にあるものを。

それを言い当てられるのが、怖い。

(どうしよう……)

沈黙が怖い。静寂が痛い。

何か話さなければこの場の空気に押しつぶされそうだ。

麗奈は意を決して―――――――。

「み、雅さんは!?」

「へ……?」

「雅さんは、何で歌い手になったんですか?」

我ながら、ひどい逃げ方である。だが今の状況、これが最善の逃げ方である。何となく申し訳なくなる麗奈に対し、雅は何の疑いも無しに笑顔で答えてくれた。

「俺がねぇ…。俺はさ、小さい頃から歌の好きだったし、歌ってると楽しいし。そんな気持ちが誰かに伝わればいいかなぁって。結構安易だろ?単純な理由だ」

少し遠くを見つめながら言う雅。真夏の太陽が、その表情を照らす。

すごく晴れ晴れとした顔をしていた。前を向いて、先を見つめて。

―――――少し。

「……羨ましい」

「ん?何で?」

「…安易でも単純でも、そうやって胸を張って言えること。自由に……歌えるから」

「……麗奈」

その瞬間、麗奈ははっとしたように自分の口を押さえた。何かきっとまずいと思うことを言ったのだろう。表情から察することができた。

「ごめんなさい!無し無し!今の無し!!帰りましょ!!」

先を急ごうとする麗奈を、雅は強引に止めた。

しっかりと、その腕を掴んだ。

「あのさ、麗奈」

「……なん、でしょう」

「…人の事情に、安易に踏み入るべきじゃないことはわかってる。でもそれと同時、麗奈が苦しんでることもわかる。だからあえて、わかってて聞かせてもらう」

雅は一呼吸おいて、言った。



「何で、歌い手じゃなくてプロデューサーになったんだ?麗奈がやりたいことって、歌うことじゃないのか?」



背筋が凍りついた。背後から聞こえる声が、頭の中で木霊する。

――歌うことじゃないのか?

「私は………」

プロデューサーだ。雅たちのプロデューサーなんだ。歌をプロデュースすることが仕事なんだ。

「私…は」

プロデューサーだから……歌うことは、仕事じゃない、から……。

だから――――。

「………」

何もいえなくなってしまった。麗奈が沈黙してしまったため、さすがに雅も参った。

多分…いや絶対。まずいことを聞いた。他人の私情にやはり首を突っ込むべきではなかったのか…。

(……いや、それでも…)

「麗奈」

ぴくっと、麗奈の肩が揺れた。

「…率直に聞きすぎたことはわかった。悪かったな」

「いや、それは…」

「でもさ、本当にやりたいことやって何が悪いの?」

「……え?」

麗奈は弾かれたように背後を見つめた。後ろに立っていた雅は、麗奈の手を離さないままで言った。

「やりたいことがあるのに、それを殺してまで何かやらないといけないことがあるのか?それやってて幸せか?」

「それは……っ」

「自分が自分のために尽くして何が悪いんだよ。やってて楽しいと思っても、それが本心からでた楽しさじゃないなら、心なんて誰にも届かないぞ?」

麗奈が、大きく目を見開いた。

「プロデュースしてる麗奈が楽しそうじゃなかったなんて思わない。でも…もしも、麗奈が歌いたいと思ってて歌えないなら……その場にいるの、苦しいだろ?」

見開かれた麗奈の瞳が、大きく揺らいでいるのがわかった。

長い。それは長い沈黙があたりを包んだ。

耳の側を駆け抜けていった風の音も聞こえない。何も聞こえない。

「――――――――の」

やがて、その静寂を破った小さな、か細い声が聞こえた。

「ん……?」

「…は……いの」

「え?今なんつった?」

雅が少しだけ麗奈に顔を近付ける。


と――――――。


「麗、奈……?」

近づいた雅は、一瞬でぎょっとした。


麗奈が、泣いていた。


「え、ちょ!?麗奈!?えぇ!?ちょっと!?」

戸惑わずにはいられない。かなり動揺した。

「な、泣かなくてもいいだろ!?そんな聞いちゃまずいことだったのか!?」

「違…っ」

「じゃ、じゃあ何で…」

「私、私ね…」

麗奈は両手でぐいっと自分の目元を拭った。

煌く太陽が、その瞳に残る雫を照らした、まさにその時―――――。




「私ね…歌を歌っちゃ、いけないの」




思わぬ一言に、耳を疑った。


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