新たな始まりの時
朝っぱら早々。慌ただしかった。
「馬鹿か!馬鹿か私は!初日から遅刻か!?危ないか!?」
「口より手動かせ!手!!」
「動いてるよ!これでもか!って具合にまで動いてるよ!ハンカチどこだ!!」
「走りながらしゃべってると舌噛むぞ!いいから!さっきハンカチ机置いたろ!!」
いや、慌ただしいにもほどがあった、な。うん。
理由は簡単。本日は高校の入学式。
にも関わらず、昨夜、徹夜でプロデュース。眠たかった。目覚ましかけてなかった。結果、麗奈寝坊。といった具合だ。
世間一般、こういうのを自業自得というのだろうか…。
やっとの思いでしたくをすませた麗奈は、玄関前の鏡で制服を整える。
真新しい制服に身を包んでいる自分を見ると、なんだか笑がこぼれた。
第一ボタンまでぴしっと締め、立ったままの襟を治す。スカートが捲れていないことを確認し、再度寝癖をなおす。
「麗奈、忘れ物はないよね?」
玄関まで見送りに来てくれた雅が、麗奈に高校のカバンを差し出しながら言う。麗奈はそれを笑顔で受け取り大きくうなずいた。
「大丈夫!!」
麗奈がそう言うと、ふと雅は何かに気がついたようで、麗奈にそっと手を伸ばした。
そして、麗奈の胸元にかかっているネクタイを、きゅっと締め上げた。
「よれてるとカッコ悪いぞ」
「ありゃ…ありがと」
「……ん。OK!似合ってる」
雅が唐突にそんなことを言うもんだから、ちょこっと頬が火照る。
「あり、がと、ござます…っ」
「ほら!早く行かないと遅刻するぞ!!」
「あぅあ!そっか、忘れてた」
根本を忘れていた。これは大変だ。現時刻は8:05。始業式が始まるのは8:25。
走ったら間に合うだろう。
「それじゃ、行ってきます!!」
見送りの雅に大きく手を振って、麗奈は玄関のドアを開けはなった。
すると―――――――。
「おょ…」
「もう…っ!!おっそい!!!」
「初日から遅刻とか…勘弁しろよ」
なぜかその先に、見慣れた顔が揃っていた。
「清乃…!一夜…!!」
「ずーっと待ってたんだからね?ほら!!早く!!」
「…うんっ!!」
見慣れた顔だし、同じ高校の制服を着ているのだが、本当に新鮮な気がしてならない。
高鳴る鼓動を無理やり押さえつけて、麗奈は再度背後を振り返った。
「じゃあね!雅!行ってきます!!」
「おう、行ってこい!」
雅の声を背にして、麗奈たち3人は新たな道へのスタートを切った――――。
麗奈たちの新しい学校は、敷地面積も広く、コンピューター系列の学校なので、設備も整っている方だ。何より、専門なので、麗奈の学びたいことが一心に学べそうで、胸の高鳴りがいつまでたってもやまなかった。
なんとか始業式に間に合った麗奈たち。早々に始業式は終わり、それぞれのクラスへの移動となった。
「さすがに…同じクラスにはなれないかな…」
「同じプログラムでも、やりたいことは違ってくるからな」
「うえぇ…1人でやっていけるかなぁ…」
この3人は、進みたい道がそれぞれ違う。同じクラスになれる確率は低かった。
クラスの振り分けを見に行くと、そこには案の定の結果が書かれていた。
「私は1組」
「俺は2組み」
「あたし3組み~」
『…思ったとおりだな……』
結果、的中。全く嬉しくない。
「まぁ、全部隣り合わせのクラスだけどな」
「同じ階だし、会おうと思えばいつでも会えるよ」
「…それもそうだね」
たとえクラスは違えども、この3人は大丈夫だった。近くにいると感じるだけで、元気のでるタイプのものばかり。前向きにいこう。
そして麗奈たちは、それぞれのクラスへと進んでいった。
3人が同時に別れを告げ、それぞれの教室へと入っていった。
麗奈は1組。教室のドアを開けると、すでに何人かの生徒が着席をすませていた。
見慣れない教室は新鮮で、好奇心が湧いてくるものの、清乃も一夜も居ない今。正直少し不安はあった。が、つべこべ言っている場合ではない。
「えっと、私の席は…」
確か、後ろから後ろから2番目。窓際に近い位置だったはずだ。麗奈は席を確認する。
と、見つけた麗奈の席の隣には、すでに1人の男子生徒がスタンバイしていた。
(あの人が…隣の人か…)
できれば女子がよかった、なんて願望もここでは通用しない。悪い人でないことを祈り、麗奈はそっと自分の席へ向かった。
そっとカバンを下ろし、着席すると、隣の男子生徒が麗奈の存在に気がついたらしく、ぱっと顔を明るくした。
「君が俺の隣!?」
「え、うん…そうだけど…」
「よかった、優しそうな子だ」
そう言って、男子生徒はにっこりと微笑みを浮かべた。
(あ…)
「俺は久遠理人!君は?」
「…漆崎麗奈。よろしくね、久遠君」
(思ったよりも、話しやすい子だ)
さっきまで変な人じゃないようになど、失礼なことを言って悪かったと、心の中で謝罪をする。すると理人は少し焦ったように両手を振った。
「同い年なんだし、苗字呼びじゃなくていいよ!理人でいい!!」
「……じゃあ、理人君で…」
「おう!俺も適当に呼ばせてもらうな!!」
「えぇ、好きに呼んで」
正直ラッキーかもしれない。ここまで友好的な人と隣になれるとは。
理人はあくまで笑顔を崩さない、どこか清乃に似たような雰囲気の人だった。
いい感じのスタートが切れたと、麗奈は心の中でガッツポーズを浮かべたのだった。
結局その日は大体担任の教師の話を聞いて1日を終えた。
一緒に帰ろうと、清乃と約束していたため、3組から清乃が出てくるのを待っていると、いきなり誰かに肩を叩かれた。
ふと振り返ると、そこには見慣れた顔がいた。
「一夜…」
「よう、どうだった?」
「うん。悪くない。案外おもしろいかもしれない」
「それには同感だな。教師の話が長いのが気に食わないが…」
「それはどこも一緒でしょうよ」
一夜が眉宇を寄せたため、麗奈は苦笑いを浮かべて返した。
「ま、なんもなかったならいいや」
そう言って一夜はくるりと踵を返した。
「あれ、先に帰っちゃうの?」
「好き好んで女子2人の楽しみを邪魔しようとは思わねぇよ」
「別に邪魔だなんて思ってないけど…」
「ま、そこは俺の勝手だろ。じゃあな」
「…うん。バイバイ」
何やらつかめない…。ひらひらとてを振って去っていく一夜の背をしばし見つめていると、また違う人に肩を叩かれた。
「お待たせ、麗奈!」
「清乃!」
「帰ろ!!」
「うん!!」
あまり待つ必要もなかったから、一夜をとどめておけばよかったとちょっと後悔したものの、麗奈はそのまま清乃と一緒に学校をあとにしたのだった。
「麗奈のクラスはどう?友達できた?」
「友達っていうか…隣の子と話したって感じかな。理人君って子。なんか雰囲気が清乃に似てるの」
「嘘―!男子でしょ?」
「まぁね」
話の話題に上るのは、はやりクラスのことだったりする。清乃のほうもうまくやっているようで、2人とも出だしは好調だった。
「そういえば、出だしで思い出したんだけどさ…」
「ん?何を?」
「……麗奈ってさ、結局雅さんと付き合ってんの?」
「…………はい?」
「だから、付き合ってるんでしょ?雅さんと」
清乃は『何を当たり前のことを』と言わんばかりの瞳で見つめてくる。
するとその瞬間、顔から火が出た。
「え、ちょ…っ」
「何!?なんで急にそんなこと言い出すのよ…っ!」
麗奈は思わず顔を両手で覆った。すると、なぜか清乃が思いっきり驚いていた。
「な、なによ…自分から聞いといてその顔…」
「いや……こんなに乙女になった麗奈初めて見たと思って…」
「う、うるさいなぁ!普段から私は乙女です!!」
「いや、そういうんじゃなくてさ」
清乃はそう言って、ふと自然に、柔らかな笑みをこぼしていた。
「麗奈はさ、すごい可愛くて、大人しくて、でもやることはやる子。なんかこう…恋とか、全然興味なさそうだったし…そんな玲奈がさ『付き合ってる』って単語だすだけで、こんなに恥ずかしがってる姿が新鮮で…」
「…楽しんでない?」
「もちろん。楽しんでる」
殴ろう。一度。この親友を。
麗奈が片手を振りかぶったため、清乃は急いでそれを止めた。
(2分間の交戦ののち、無意味であることを悟った2人は、どっちらからともなく休戦を申し出たのだった)
「だからさ…結局どうなの?付き合ってるんでしょ?」
「なんで掘り返してくるの…っ!!」
「答えればいいの!で?真相は!!」
麗奈は頬を火照らせながら、本当に小さく囁くようにいった。
「……別に、付き合おうって、言われたわけじゃないけど…まぁ、好きって、言ってもらった、わけだし…?世間一般では、こういうの…付き合ってるって言うんじゃないんですか…?」
「うわ何こいつ。超可愛い」
「うううううるさい!」
麗奈は思いっきり叫んだ。
実質、自覚がないわけじゃないのだ。あの日、父と母の前で2人で交わした言葉。
たった1つ『好き』の言葉。
あれ以来、身近なことに変化が起きたかと言われれば何も変化はないのだ。
ただ一つ、雅の接し方が少しだけ変わったくらいだ。
もとから優しかったのだが、最近はとくに優しいと感じるようになってきた。
なんというかその…表情とか、その辺のもの。内面から優しさがにじみ出ているようだった。正直口にするのも恥ずかしいのだが…麗奈と雅が付き合っていると、そう自覚し合っているが故の結末なのだろうと感じる。
「それと言って生活に変化はないけど…でも、今まで以上に大事にしてもらってます」
「…いいねぇ、麗奈。そう言う相手ができて」
「清乃にだってすぐできるよ。私が認めた女の子ですから」
「だといいなぁー!少しでいいから麗奈のその可愛さ要素わけてほしい…」
「はいはい。大丈夫。あんたは十分可愛いよ」
そんなこんななやり取りをしながら、新しくなって通学路を帰る。
「……高校生になったんだね、私たち…」
「そうね…。これからもっと忙しくなるだろうね…」
「うん…。でもなんか、悪い気はしない」
「ふふ…っ!同感!」
2人は顔を見合わせて、同時に笑いだした。
先に不安がないわけじゃない。でも今は、先にあるドアを開くことが楽しくて仕方がない。その先にあるものが見たい。その先にいるものに触れたい。知的好奇心が感情をくすぶる。
これから先が、ただ一心に楽しみだ。
高校生活は始まったばかり、きっとまだこれからいろんなことがある。
期待に胸を躍らせる少女2人は、同時に駆け出した。
「麗奈!マック寄って帰ろ!!」
「うん!賛成!!」
感情の高まった2人はそのまま、新たなスタートを切ることとなるのだった。




