贈り物
季節はまた巡る。
誰が誰というわけでもなく、せかせかとした一年を過ごした。
麗奈は高校受験に向け、日々勉強に励む毎日だった。
雅はそれを、かげながら支え続けた。もちろん唯夏、澪、真一、拓斗の4人も麗奈のことを応援し続けた。
やがて多くの人が、自分の道を決め、新たな旅路を進む日へと近づいていく。
季節を持つ一年というものは、あっという間に過ぎ去っていってしまうものである。
やがて麗奈の高校受験合格通知が届いたころには、麗奈たちが出会ってからすでに、2年もの時を刻もうとしていた。
「ふぃ……」
まだ冷たい空気が肌をなでるこの季節。マフラーに半ば顔をうずめながら、人通りの少ない道を歩く。片手に下げたカバンの中には、今年の春に麗奈が進学する新しい学校の合格通知が入っていた。
「まさか…まぁこんな結果になるとは思っていなかったな…」
白い息を吐きながら、麗奈は笑みを浮かべ、そっとつぶやいた。
こんな結果。とは、少しさかのぼればわかる。
実は今回麗奈が受けた高校は、清乃も一夜も受けていたのだ。
麗奈の受けた高校と言っても、そこはほぼ専門学校に近かった。
これから先、音楽提供などを本当に仕事にしていくのなら、専門的な知識をもう少し取り入れるべき。そう考えた麗奈はその方向へ進むことを決めた。
と言っても、そこが音楽提供などの専門学校なのではなく、主にコンピュータープログラミングを専門としている場所だった。プログラミングの内容を大まかにわけるといくつかあるのだが、麗奈はその中でも音楽プログラミングの道へと進んだ。
そこまでは自分の思っていた通りだったのだが、ここで驚くことがあった。
なんと、同じ学校を清乃も一夜も受けていたということだ。
そもそも清乃は普通の大学へ進学するものだと思っていたし、一夜にいたっては何も知らなかった。唐突に知ったのだ、この事実を。
そして清乃は結局、情報プログラミングの方へ、一夜は工業系のプログラミングの道へと進んだようだった。
そして結果、無事3人とも合格。また同じ学校へと行くことへなったわけだ。
(一夜はまだしも…清乃まで受けるとは思わなかったな…)
清乃曰く、将来雑誌の編集関係の仕事につきたいだなんだといっていた。
(まぁ、目標があるなら問題ないけどね…)
そう思い、麗奈はまた息を吐く。
他人のことばかり気にしていられないのも事実だった。
麗奈だってこれから忙しくなるだろう。高校に通いながら、また仕事も続けていかなければならない。受検のためにとばしとばしになっていた雅たちの新曲CDのプログラミングもしなければならない。やることはまだ山積みだ。
(でも――――――――)
今は少しだけ、それよりも少しだけ先に、やらねばいけないことがあった。
そして麗奈は、近くの曲がり角を左へと曲がる。
家へ帰る方向とは、真逆の方向だった。
寒いから正直早く帰りたかったが、麗奈にはやらねばいけないことがあったのだ。
人通りの少ない道を1人歩いていく。大通りに出てからすぐ、また小さな細い路地に入る。
その道を抜けた先に、小さな場所があった。
そう、ここは――――――――――――。
志帆たちの眠る場所。
麗奈の亡き父と母たちが眠る場所だった。
入り口にある小さな門を開き、中へと足を踏み入れる。近場にカバンを置き、カバンの中に入れておいた数ほんの線香を取り出す。
一通りの段階を踏んだ後、麗奈は目の前においてある石碑を綺麗に掃除する。
「寒……」
突如吹き付けてくる風に、麗奈は身を震わせた。
それでも石碑は綺麗に、隅々まで掃除した。
そしてそれが終わると、ようやく一息つくことができた。
麗奈はそっと、石碑の前に座り込んだ。ひんやりと冷たかったが、あまり気にしなかった。
「お母さん、お父さん…みんな。高校、受かった。専門学校なんだけど、そこで音楽プログラミングの勉強するの。お父さんに教えてもらったことよりも、もっと多くのことを勉強してくるからね。ちゃんと立派に、仕事こなしてみせるよ」
麗奈はそうつぶやいたが、当たり前のこと。どこからも、返答はなかった。
冷たい風はそっと、1人座り込む麗奈の心をも冷たくしていった。
「……ちょっとは、慣れたと思ってたんだけどな…やっぱ、ダメだね…」
そっと石碑に刻まれた名前をなぞる。愛しい両親たちの名前。
今この世界で、この人たいがいないだなんて、考えられない。
昔は考えもしなかった現実。こんな未来を、予想なんてしているわけがなかった。
ここにあるのは、麗奈の求めていた日常とは遥かに異なってしまっている。日常に潜んだ非日常。それがまさか、現実として自分に襲い掛かってくるだなんて…。
「……ねぇ、お父さん。お母さん…みんな。みんなは…そっちの世界で…一体、何を考えているの…?」
返答なんてない。もう決して二度と、会話をすることは許されない。
じんわりと、目頭が熱くなる。昔に忘れたはずの痛みがまた戻ってくる。
「……おかしいな…もうずっと、苦しいなんて思わなかったのにね…」
冷たく冷え切った頬に、温かみのある雫が伝った。幾重も、幾重も――――。
「ねぇ…やっぱりこんなの…ヤダね…っ。寂しいや…やっぱり…っ。どうして…こうなっちゃったんだろうね…っ?何が――――っ!」
何が、いけなかったのだろう。自分の、自分たちの―――――。
それは、今までどんなに自分に問いかけても、決して答えを見出すことはできなかった。
だって悪くないもの。自分も、父も母もみんなも、誰も悪くない。
それでも、自分たちに突きつけられた現実はこれだった。
一体何が狂ったのか。どこでどうおかしくなってしまったのか。
それは、誰にもわからない。だからこそ、胸に開いてしまった空洞は行き場をなくし、彷徨い、苦しみ、もがくのだ。助けを求めることができないままで、行き場のない悲しみを抱えるほかない。誰かにぶつけることも、おいていくこともできない。
なぜこれを自分が抱えなければならないのか、それもまた、新たな悩みである。
「…誰も悪くなかった…っ。私たちは悪くないよね…?でも…じゃあなんで、私たちが苦しまなきゃならないんだろうね…っ?」
この世界は理不尽だ。それはそれは、理不尽だ。
小さな頃、父は言った。この世界は『1つの音楽』そのものであると。
季節の移り変わり、美しき四季。私たちが見ることのできる世界観。
それはきっと、音楽と同じものなのであると。
移り変わる旋律、美しき音色。私たちが感じることのできる価値観。
この世界は音で溢れている。この世界は音楽で溢れている。
悲しいことも、嬉しいことも、楽しいことも、苦しいことも。全てが詰まっている。
この世界に感情を表す音があふれているからこそ、人は歌い、人は嘆く。
以前、父はそう言っていた。
でも―――――――――――。
「噓だよ…っ。お父さん……っ!!」
この世界の音は、麗奈に悲劇しかもたらさなかったじゃないか。
幸せなんてどこにもない。ただ、嘆きの唄を歌わせるばかりではないか。
「お父さん、言ったじゃない…っ!!音楽は人を幸せにできるって…っ!!ねぇ…っ!じゃあ、私は…っ!?私は、幸せにはしてくれないの…!?何で私は、こんなに苦しんでるのよ…っ!!」
わからない。わからないよ、もう…っ。
何を信じていいのかわからない。理不尽な世界から消えたい。
会いたいよ――――――。
―――――――――――――大丈夫。
「ふぁ…?」
「寒っ!!めちゃ寒い!!」
「え……?」
ふと聞こえてきた声に驚いて振り返る。すると――――。
「え!?」
「あ、やっぱいたか」
「おぉ!麗奈発見!!」
いつの間にかそこには、見慣れた面子が揃っていた。
「よ、麗奈」
「み…っ!?っておい!?増えた!確実に面子が増えてない!?」
そこには、見慣れた歌い手5人組と――――なぜかクラスメイト2人が立っていた。
「何で清乃と一夜までいるわけ!?てかなんでここ知ってるわけ!?」
「ふふふ。俺の情報網なめんなよ?」
「わかんないよ!そもそも情報網ってなんだよ!!なめる場所が見つからないよぉ!!」
なんかもう、さっきまでのシュール台無しだ。
なんだか泣いていた自分が馬鹿らしく思えて、麗奈は大きくため息をついた。
「……みんな揃って…一体何しにきたのよ全く…」
「ここに来てやることって、1つしかないでしょ?」
清乃の言葉に麗奈が何か返答をしようとした瞬間―――――。
目の前にあったはずの人影が、さっとなくなった。
―――――いや、あった。そこに。
目の前にあったと思った影は、いつの間にか麗奈よりも下――――全員が、その場にしゃがんでいた。
何してるの――。その言葉が、麗奈の口からでてくることはなかった。
全員が、その場に膝をつき、そっと目を閉じ、1つの石碑に両手を合わせていた。
ここに来てやることなど確かに1つしかないが、それでも、この光景に麗奈は一瞬息を呑んだ。
清乃や一夜は、自分の両親などほとんど知らないだろうに…。
それでもただ全員が、そっとみんなの冥福を祈ってくれる。
思わず、また涙がこぼれかけた。
「…久しぶりだね、志帆さん、日智さん」
「元気にしてるかなー」
「元気だろ、あの2人なら」
「えぇ。あっちでも幸せにやってるでしょうよ」
「麗奈のお母さんだからなー。さぞ美人だったに違いない」
「あぁ、そうかもしれねぇな」
全員が一言ずつ言葉を述べる。顔も知らない人たちへ向けた、優しい言葉。
「みんな……」
「もぉ…ここくるなら連絡してよ全く…」
「あ、ご、ごめんなさい…」
「次来るときはちゃんと連絡してよ?みんなでこなきゃ意味ないんだから」
「……え?」
その言葉に、麗奈はふと首をかしげた。すると、同じように澪にまで首を曲げられてしまった。
「え?何?変なこといった?」
「え、あ、いや…」
麗奈が少し疑問を持ったのは、澪の『みんなでこなければ意味がない』と言う言葉だった。
そもそも墓参りというのは、家族や親族が来るものではないか?
言ってしまえば、澪たちは正直部外者だ。家族でも血筋でも何でもない。それでもここへ来てくれるということは、すごくありがたいことなのだが…。
意味がないって、どういうことだろう。
ふと、その疑問を抱いてしまったのだ。そして、その疑問を解消するための言葉は、すぐさま思いついた。
「あの、1個聞いても、いいですか?」
「ん?何?」
「…澪さんたちにとって…私って、なんなんですか?」
すごく素朴で、それでいてすごく繊細な言葉。言葉の返され方については、傷ついたり、傷つけたりする言葉。優しいけれど、ひどくトゲのある言葉だった。
それでも、投げかけなければならない言葉だったんだ。今、この場で。この時に。
すると澪は少しだけきょとんとした顔をした。が、即座にまたその表情に笑顔は戻った。
「今更!てか、考える必要もないじゃん?」
「え…?」
「答えは1つ!!」
「家族でしょ!!」
その言葉に、麗奈は思いっきり目を見開いた。
すると、澪だけではなく周りで聞いていた唯夏たちも、何を当たり前のことを、と言うような口ぶりで話し出す。
「結構前からこっちはそのつもりだったんだけどねぇ?」
「疎いっていうのかな、こういうの」
「まぁ、血は繋がってないけどね。そういう意味じゃない家族ってのもありだよな」
「そもそも、すでに家族化しかけてる人もいるわけだし?違う意味で」
「どういうこった」
「そのままの意味よ?ねぇ?雅?」
「え?なんでその話俺に振るわけ?」
「…………ふふ、ふ…っ」
5人の話あいの合間に、ふとかすれた笑い声が響く。全員が視線を移したその瞬間―――。
「麗奈…?」
麗奈が、必死に笑いをこらえようとしていた。が、驚いたのはそこではなかった。
麗奈は笑っていたが、同時に少しだけその目に涙が浮かんでいた。それはきっと、笑いすぎて、などと言うろいいではないだろう。
「麗奈、どうしたの…」
「いや、ふふ…っ。なんでも、ないです…っ」
それでもしきりに笑いをこらえている様子を見ると、必然的に出た涙のようだった。
麗奈はそっと目元の涙を拭った。
「いやぁ……忘れてましたね」
「何を?」
「自分が相手にしていたのが、一体誰なのかを」
その言葉に、この場にいた7人みんなが首をかしげた。麗奈はそうして、ふっと息を吐いた。
(忘れてたよ、ほんと…ここにいる人たちは)
――予想の範疇を、はるかに超えることをやってのける人たちだ
今自分がここにいられるのも、自分がこうやって自分の足で立っていられるのも、全部もとをたどればこの人たちのおかげだ。自分を立たせて、進ませてくれた人たちが、一般的な常識を持ってきたところで通用するわけがない。この人たちは、常識を覆してくれる。
そんな人たちだからこそ、麗奈はついていこうと決めたんだ。あの日―――。
彼の手を取った、あの日から。
「ふふ…っ。わからないなら、わからないでいいんです。ただみなさんは、今のままでいてくれれば…」
麗奈はそう言って、頭を巡った思いをかき消し、笑顔を浮かべた。
「え、ちょ、気になるじゃん!」
「気にしないでください」
「気になるんだってば!!」
「言いませんよ?絶対」
「うえー!?」
澪が途端にしょぼくれた顔になる。が、麗奈を含むみなの表情が、優しくなった。
すると、さぁっと、冷たい風が全員の頬をなでていった。
麗奈は風になびく髪をそっと抑え、遥か上にある青く済んだ空を見上げた。
きっとこの果の果で、見守っていてくれるのだろう。
―――――お父さん、ごめんね。
やはり、音楽は人を幸せにするものだった。
この先自分がどんな幸せを手にするかはわからない。が、それでも…。
(私に幸せをもたらそうとしてくれる人が、まだたくさんいたよ)
少しでも、麗奈の幸せを願ってくれる人がいる。その事実は変わらない。
どんなに辛くても悲しくても、この人たちがいれば、大丈夫だと思える。
思えば、音楽があったからこそ、麗奈はこの人たちと出会ったのだ。
―――やっぱり、音楽は幸せを運ぶものだね、お父さん。
遠くの空で、きっと今おそらく、父は笑っていることだろう。
麗奈はそんな父へ、母へ、微笑みを漏らした―――――――――――。




