すれ違い、君と見れなかった過去を
長い長い、沈黙。
お互いに何と声をかけていいのかわからない。いや、1番内心で焦っているのは一夜だろう。思い切った事をした。麗奈の肩にもたれたまま顔を上げることができない。一体どんな返答をされるのだろう、何て事を考える余裕すらなくなってしまった。
(言っちまった…)
ただ、その想いだ。長年秘め続けた思いも、ここが限界だったようだ。
いや、たいしたものではないかと思う。8年間よくここまで我慢できたものだと思う。我ながら自画自賛している場合ではないことはわかっているが、それでも一夜は構わないと思えてきた。
(何となく…わかってたからな)
この言葉を発した後に、麗奈が何を返してくるのか。
どんな返答をしてくるのか、どんな顔をするのか、そして一夜の言葉への返答は…。
それは全て一夜には、目に見えてわかっていた。
だからこそ、顔を上げるのが嫌なわけだが、これが現実。結果なのだから仕方がないか。
一夜はそっと息を吐き、意を決したように顔を上げようとした。
その瞬間―――――――。
「……なんで?」
予想だにしていなかった返答に、思わず体が固まった。顔を上げることもできないまま、麗奈の口から絞りだされた言葉を頭の中で反照する。
「……レイ?」
「ねぇ…なんで…?」
心なしか少し震えているようにさえ聞こえる麗奈の声に、驚いたのは一夜だ。こんなこと予想していなかった。そもそも、何でとは…?
すると突然、一夜の両肩に麗奈の手が触れた。かと思うと、麗奈はその手に力を込め、自分の肩の位置から一夜の頭を離す。
少し驚いた顔の一夜と目が合ったのは――――――。
なぜか今にも泣き出しそうな、麗奈だった。
麗奈は少しだけ売るんだ瞳で、それでも真っ直ぐに一夜を見つめていた。そして驚いている一夜に向けて、震える唇を無理矢理開いて、胸の置くから声を吐き出した。
「何で……っ。何で今になってそんなこと言うの…っ!!」
その瞬間、一夜の瞳が活目した。
「……え?」
「何で…?どうして、今さらそんなこと言うの…!今まで私、じゃあずっと…勘違いしてきたってことじゃない…!!どうして、今…それを言うのよ…っ!!」
「ちょ、待て!勘違いってなんだよ、そもそも今さらって…そんな言い方されたら…っ」
こちらこそ勘違いしてしまう。あらぬ方向に。それはきっとありえない方向へと曲がってしまう。
しかし麗奈は何ひとつ否定することはなかった。
「ずっと私は…一夜の大事なものがそこにあるから、バドミントン始めたんだと思ってたの。だから一夜は、バドミントンしてるときだけ、すごく楽しそうなんだって…ずっとそう思ってた」
それは一夜もわかっていた。先ほどの麗奈の言葉でわかっていた。だがしかし、今さっきしゃべった『勘違い』はきっとこのことじゃない。これだけのことで、あんな顔はしない。
まだ先がある。その先が知りたい。
「……だから私は、無理なんだって…思ったのに…」
「…どういうことだよ」
「まだわかんないの?一夜も人のこと言えないよ?」
何気に痛いところを疲れた気がする。が、気が付かないので仕方がない。
「……どういう、ことだよ」
再度、問いかけるほかなかった。一夜の問いかけに対し、麗奈はしばしの沈黙を挟んだ。
しかし、少しだけ唇を噛んだ後で、意を決したのかはわからないがそっとうつむかせていた視線を上げた。そこに泣きそうな顔は浮かんでいなかったが、表情の色がとても暗いのは見てわかった。
「……私も、一夜と同じだったってことだよ」
一瞬、思考が止まった。
しかし、その言葉が頭の中でインプットされてから、それを解釈するまでに時間はかからなかった。
「……噓、だろ」
「噓じゃないもん。私―――――――」
ホントはずっと、一夜のこと大好きだったよ?
開いた口が塞がらないとはこのこと。活目した目が閉じないのもこのこと。
変実が、受け入れられなかった。受け入れるべき現実が、頭に入ってこない。
それはきっと、ありえないと、今麗奈から発せられた言葉が絶対にありえないものだったからだろう。
ずっとずっと、背中を追い続けてきたと思っていたのに。
叶わないとわかっていて、それでもあきらめきれなくて、ずっと…しまい続けてきた想いだったのに?
それが今、ここにあるというのか…?
「レ…」
「好きだった。ずっと、ね……」
その言葉に、一夜は一瞬硬直した。麗奈が発したたった一言の言葉。
でも、一夜にはすごく思い気持ちを秘めた言葉に聞こえた。
その言葉の間に垣間見えた、1つの想いに、ふれた気がした。
麗奈はそっと、今まで下げていた視線を少しだけ上げる。
少しだけ潤んだ瞳が、真っ直ぐに一夜を捉えた。その表情の裏に、一体どんな思いを隠しているのか。気持ちなんて見えるはずがない。でも、その表情でわかる。
この場面。本当なら、こんな悲しい顔をするはずがないのだから…。
一夜は麗奈のことが今も好きだ。噓偽りない信実である。
予想してはいなかったが、麗奈も一夜が好きだといった。
そう。ずっとずっと、好きだったと……。
「……レイ」
「…ごめん。ごめんね…一夜…」
麗奈はさっきよりもより一層眉を下げてしまった。
だからこそ、一夜の触れたその気持ちこそ、また噓でない事を悟りざる終えなかった。
違和感を感じたのは、やっぱり噓じゃなかったんだ……。
一夜もそっと、眉を下げた。
気付いてしまったから。本当に。
本当の、麗奈の気持ちに――――――――。
「レイ…」
一夜はそっと、麗奈に囁きかけた。
「……どう足掻いても、それは、『過去形』なのか…?」
その言葉に、麗奈は瞳を閉ざしてしまった。握り締めていた拳が震えていた。
確信だ。そう。あれは…『過去形』だったんだ。
ずっと好きだった。その言葉は決して、進行している言葉ではなかった。
過去から今まで続いている気持ちではない。
その思いはすでに、過去で閉ざされていたんだ。
「…『好きだった』って気持ちは…もう、戻ってこないのか…?」
自分らしくない。半ば懇願。こんな言い方、自分らしくないと思っている。
でも、願わずにはいられないのだ。
やっと手に入ったと思ったその思いを、みすみす手放したくなどない。
「レイ……」
優しげに、本当に自分らしくないくらいの優しい声色で、再度麗奈に問いかける。
我ながら、イジワルだと思う。
案の定、麗奈は何も言わない。何もいえない。
そうだ。言えないだけなんだ…。
一夜は、そっとため息をついた。
「……悪い」
「え…?」
久しぶりに、麗奈が小さく口を開いた。唐突に一夜が謝ったせいだろう。
「何で…一夜が謝るの?一夜悪いこと、何もしてないじゃん…」
「悪いか悪くないかはさておき、最近俺意地が悪かったな、と…」
「意地…最近?」
麗奈はそっと小首をかしげた。あまり趣旨を掴んでいないらしい。
一夜は再度ため息をつく。けれどこのため息は、決して落胆のため息などではない。
「ごめんな、レイ…」
一夜はチャンスを逃さないよう、やっとあげてくれた麗奈の顔を正面から見つめる。
そして、そして―――――――――――――。
初めて、柔和な笑顔を浮かべた。
「俺、知ってるんだ、多分…お前の気持ちが、どうして過去で留まるのか」
「――――――っ!!」
その言葉に驚愕したのは麗奈だ。あるいは、その笑顔に、かもしれないが。
そして沈黙を挟むより、何より早く―――――麗奈の瞳から、涙が溢れた。
「…噓でしょ…?」
「噓じゃねぇよ」
「噓だ…っ。噓だ…っ!!」
麗奈はうわごとのようにそう漏らすと、がっと一夜の胸倉に掴みかかった。
「じゃあ…!じゃあ私を責めればいいじゃん!!一夜は何も悪くないのに!!そうやって何で謝るの!!悪いのは私なのに!!何で一夜が…っ!!」
「俺はお前の気持ちを知ってて、それでも自分の意思を貫きたかった。自分の理想のために、一瞬でも…お前の気持ちを潰しかけたからな」
「だとしても!それは一瞬のことでしょ!?もし…一夜の言ってることが本当なら、一夜は…っ!8年も…っ!」
麗奈は瞳から溢れる涙を拭うこともせず、ただ一夜に訴えかけた。
だが一夜は、胸倉を掴む麗奈の両手を、そっと自分から離させた。
麗奈は少しだけ驚いた顔をする。
そんな麗奈に向けて、一夜はただそっと、真実を告げた。
「お前だって、長かったには長かったんだろ?俺のこと好きだったって次期」
「…………うん」
「でも、それを変えることがあったから。諦めようとしてた気持ちに、キリが付いた。違うか…?」
一夜の言葉に、麗奈はただ大粒の涙を流しながら――――そっと、首を振った。小さく。縦に。
それが、確信だった。
「……好きになったんだろ?あの雅ってヤツのことが」
その言葉に、麗奈はついに顔を両手で覆った。
「ごめん…っ!!ごめんなさい…っ!!」
謝られても意味はない。ここに気持ちがない以上、その謝罪が意味を持つことはない。
一夜はそれがわかっていたからこそ、何も言わなかった。
「ごめんなさい…っ!私…っ!私――――――っ!!」




