影の少年仮面の少女
私が小さな頃、影というものを知ったのは、彼と出会ってからだった。
彼は関わりを求めず、いつも孤独だった。
だが私には、彼の真意がわからなかったんだ。
1人でいる意味も、1人でいる理由も、1人を好む真意も。何もわからなかった。
その理由は1つ。
私が彼と正反対だったからだ。
私の周りには必ず人がいる。溢れるほどいる。
誰かがいてくれるから、寂しいなんて気持ちを持つこともない。いつも満たされた気持ちがここにあった。
何ひとつ、不自由なことなんてない陽だまりの世界。
私が見ていた世界に、影なんてものは存在しなかったんだ。
だから私は知らなかった。
孤独というものの本当の心。孤独を求めた少年が、本当に求めていたものを。
小さな頃のある日、影の少年に事件が起こった。
いつもいつも孤独でいるが故に、全ての疑いが彼に向いた。
私は一瞬、彼の味方をした。でも、本当にどうかは私にもわからなかった。
その日の下校時に、忘れ物を取りに教室へ戻った私は、あるものを見た。
ぶつくさと文句を言いながらも、夕日の差し込む教室で、1人地面を這う少年を。
その時、私は気がついたんだ。
彼の心は、影だけじゃなかったことを。
それは教室に夕日が差し込んでいたせいかもしれない。でも、私は確かに見たんだ。
彼の周りにある、新たな場所。
私とはまた違った光の場所。教室の隅々にほど走るかのように散らばった夕日が乱反射して、彼の周りだけを照らしつくしていた事を。
その光景を見て、私は自然と足を動かしていた。
彼の陽だまりに、触れてみたかったんだ。
そこで初めて、私は他人の領域を自分から侵した。
いつもいつも、私は侵略される側だったな、何て事を思う。いつもいつも、気が付けば回りに人が集まってくる。私の持っている陽だまりに、土足で入り込んでくる。
正直、それがいやだと感じたことはなかったが、それでも私にだって1人でいたいときがある。そんな時にでも、彼らはなりふり構わず領域へ入る。たまに、億劫だった。
私が歌を拒み始めた時もそうだった。
元気のない私を、いろんな人が慰めてくれた。気遣ってくれた。
私は礼を言った。何度も何度も礼を言った。でも、正直放っておいてほしかった。
だって、『大丈夫』なんて言葉は、詭弁だもの。
各章のない言葉を突きつけられて、なぜ笑っていられる。なぜ礼を言う必要がある。
でも、言わなければいけなかった。それが私という存在だから。
みんなが私の領域にいる間は、私は『みんなの私』を演じていた。
孤独を好まず、みんなに笑顔を振りまく、可愛らしい私。みんなに愛される私を。
それがどれだけ苦痛かを知らないみんなは、何度も何度も、私をステージに上がらせた。
嫌でも、その舞台を下ろしてもらうことはできない。
ずっとずっと、そう思ってたんだけどね……。
ある日、私が珍しく1人でぶらぶらと廊下を歩いている時のことだった。
ある少年が、私に声をかけたんだ。
それは、孤独な、あの少年だった。
あの事件以来、彼と顔を合わせる機会が増えた。
けど、所詮同じだと思っていた。君だって、私をまたステージに立たせるんだってね。
けど、違った。彼だけは、違ったんだ。
彼は落ち込んでいる私に、手を差し伸べた。
―――――お前、運動、嫌い、か?
間の長い、しどろもどろな言葉。緊張してるのかしらないけど、ちょっとした片言。
でも、その言葉が、私に新たな光を与えたことに、彼は気が付いていたのだろうか。
彼は、違ったんだ。私の周りにいたどんな人間たちよりも…よっぽど強い、優しさを持っていたことに、私は驚いた。
いたわりの言葉をかけてもらったわけじゃない。なのに、その言葉で私の心は軽くなった。
どうしてだろうと考えた。他愛のない言葉が、なぜここまで私を救ったのか…?
その答えは、案外近くに落ちているものだった。
彼はバドミントンをしていたらしく、彼が私をバドミントンへ誘ってくれた。
初めてやってみたときは、全然できなくて、あんまり面白くなかった。
でもそのつど、彼は私の側に来た。励まして、またそこで、手を差し伸べた。
彼は運動神経がよかったから、何でもできていた。
私は始めて、彼がバドミントンをしている姿を見た。
その時の衝撃を、私は今でも忘れない。
締め切った体育館。カーテンの閉じられ、照明の明かりしかないこの場所で、誰よりも彼の笑顔が輝いていたことに―――――――。
その顔を見て、その笑顔を見て、私はやっと気が付いた。
――――私、君に憧れてたんだ、ってね……。
確かに彼は、教室でいつも1人だった。
笑わないし、交わろうとしないし、いつもいつも1人ぼっち。
でも、気が付いているかな…?
決して彼は笑わなかった。でも…浮かべていた顔。いつも1人でいたときの顔。彼のいろんな表情を見てきた。その全てに共通して言えること。
どんな時も、彼は、決して仮面をかぶってはいなかったのだ。
寂しそうな顔をしても、悲しげな顔をしていても、それが素の彼であり、そのままの想い。
寂しい、悲しい。そのことに、本当は彼も気が付いてほしくて…。
だから表情を、浮かべていたんだ。決して偽りの仮面をかぶることはなく、ただ思いをさらしていた。
でも、私はどうだろう。
私の周りにたくさんの人がいてくれて…でも私は、ずっとずっと『みんなの私』の仮面をかぶり続けていた。周りに人がいてくれることは嬉しい。だからこそ、ここで手に入れたみんなを、失いたくなくて。
大勢、というものになれてしまった私はきっとひどく孤独を嫌い、孤独を怖がっていた。
だからこそ、何かを偽ってでも繋いでいたかった。
たとえ領域を侵されても、億劫なことがあっても、それでも私は偽った。
そう。ここまでもが、彼と正反対だった。
偽らない彼を見つめていると、だんだんと自分が恥ずかしくなった。
偽ることに、後ろめたさを覚えた。
でも、じゃあどうすれば…よかったのかな…。
1人は寂しいし、1人でいたいだなんて想わない。
でも、もう偽るのは嫌なんだ。
どうすればいいの?どうすればよかったの?私は、どうすれば―――――――――。
――何やってんだよ。
考えに耽っていた私の元に、彼が近寄ってきた。
私は言った。『どうすればいいかわからない…』そう、ただ一言たけ告げた。
そうしたら、彼は…なんていったと思う?
―――なんかやる前から、諦めてんじゃねぇよ
ちょっとだけむっとした顔で、彼はそういったんだ。
そのときだろうな。私が、私の仮面を壊したいと思ったのは。
何かやる。それはきっと、私にとっては仮面を壊すに等しいことだったと思う。
仮面がなければ、そこにあるのは本当の私。
でも、仮面を壊せば本当の私をさらけ出さなければならない。
今まで偽っていたという事実だって、さらさなければならないかもしれない。
それはとても怖く、勇気のいることだった。
でも、私は強く願った。
変わりたい。
仮面を壊したい。
彼と――――――――一夜と同じように、本当の自分でいたかったの。
仮面なんてほしくない。『みんなの私』なんて必要ない。私は私だ。
私1人だけの――――漆崎麗奈なんだ。
それを、教えてくれたのは、一夜だったね。
だから私は、決めたんだ。いろんな事を決意して、いろんなことを心に留めた。
憧れとして芽生えた感情が、また先の段階へ進まない様にも気をつけた。
でも、現実はそう簡単には行かないって知ったのも、このときだったな。
そして、自分の心にあった仮面をぶち壊したのもこのときだった。
私は1つ、先の段階へと勧めた矢先、あるものを失った。
それでも構わないと思えたのは、きっと側にいてくれたのが君だったからなんだろう。
ねぇ、一夜――――――――――――――。




