心を繋ぐ橋となり
体育館に、高い音、低い音、鈍い音、はじける音。
さまざまな音が響き渡ると同時、荒い息が合間の時を埋める。
体育館の床に靴底がすれる。互いの表情を見る余裕すらない。
でも、両者が共に苦しげなのはわかっている。
表情を見なくても、呼吸の乱れがそれを教えてくれるし、逆にそれを教えてしまう。
苦しくなって、追いかけるのに必死で。
でも、互いは決してこの勝負をおざなりにするような真似はしなかった。
どれだけ苦しくても、とにかく全力だった。
片一方はがむしゃらに必死で、もう片方は壊れそうな心を保つのに必死だった。
両者共に、必死だったんだ――――。
「は…ぁ…っ!はぁ…はぁ…っ!ちょ、あんた…っ!体力、どんだけ…っ!」
「お前も、現役…の、くせ、に…!手加減、なし、かよ…あぁ…っ」
2人がようやく息も絶え絶えになったころ、決着が付いた。
「ま、まだ…現役が強かった、って…ことね…」
「……当たり、前…だろーが!」
2人は同時に体育館の床に寝そべった。ひんやりとした固い感触が背中に当たる。
2人はしばし沈黙していたため、互いの荒い息しか聞こえなかった。目に見えているのは高く、遠い天井だけ。
すると突然、一夜がその届かない天井へ向けて手を伸ばした。
「一夜…?」
「……今までと、同じだ」
「え…?」
「いくら手を伸ばしても、がむしゃらに戦っても…届かないんだ。どれだけ必死に背中追いかけても…その手を、つかむことはできなかった…」
一夜はそうして、だらりとあげた手を下ろした。
「約束だろ。話すって」
「……そうだね」
「ぶっちゃけてやんよ、もう。後悔しか残ってない」
思いがけない、それでも、少しだけ期待を込めていたその言葉にどういう返答をしていいのかわからなくなる。あまりにも率直に言ったものだ。もっと、躊躇すると思ったのだが…。
「今考えれば、本当に何であの時やめちまったのかなぁって思うぜ…。あの時もしも俺が妥協してなかったら…現実はまだ、変わってたかもしれないんだけどな…」
「一夜…」
「結局、俺が見てるこれが全部現実なんだ。俺が望んだ結果は何ひとつない…。全部全部、狂っちまった」
一夜は片手が髪をくしゃっと掻き分けた。
そうだ。あの日。自分の何かが変わった日から、徐々に歯車が狂ったんだ。
初めて影の領域を侵されたあの日。初めて太陽の光を見つけたあの日。
追いかけようと決めて、妥協したあの日。そして今も―――――。
すべての事柄が…あるもの一点に関わるものが、狂っている。歯車がかみ合わなくなって、動かなくなってしまった。何もかも、一夜の理想の型にはまらなくなってしまったのだ。
「…ねぇ、一夜」
「…なんだよ」
「……一夜が、望んだ結果って…なんだったの?」
その言葉に、一夜はふと黙り込んでしまった。
麗奈はそっと起き上がり、一夜の事を見つめた。一夜は決まり悪そうに麗奈から視線を外していた。
決してあうことのない瞳を見つめ続け、麗奈はまたそっとつぶやく。
「……質問、変えていい?」
「好きにしろよ」
ぶっきらぼうに帰ってきた返答。でもそれを気にしている時間はない。
そうして麗奈は再度――口を開いた。
「その望みは……一夜が望み続けちゃ、いけないことだったのかな…?」
その言葉に、一夜は息を呑んだ。
がばっと起き上がると、こちらを見つめていた麗奈と目が合う。
「え…?」
「…例えばここに、一夜の望んだ現実がないとして…それは、その場で諦めなきゃいけない望みだったの?それを一夜が…望み続けちゃ…いけないことだったの?」
麗奈の問いに、一夜は唖然と口を開いていた。
そう。少し、腑に落ちなかったんだ。
「私…8年も一夜と一緒にいたから…何となくわかってたの。一夜がずっと、バドミントンを通じて、自分と何かを必死につなぎとめていたって事」
「え…っ!?」
「だって、昔から1つのことに固執しない性格だったくせに、一夜がずっとバドミントン続けてるなんて、ちょっと違和感あってさ」
「…一瞬けなしたろ、お前」
ふと気にかかる言葉をさらっと言いやがったこいつおい。
そう思っていると、麗奈がクスクスと笑う。
「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど」
「……いいけどよ、別に」
「でもま、不思議に思っていたわけですよ、当時の私も。だからさ……ホントは、ずっとちゃんと知りたかったんだ。一夜のこと」
「俺の…?」
「だって一夜、誰かに悩みごとの相談したことある?」
その一言には、考える前から体が動いていた。即効で首を横に振る。すると麗奈は「ほらやっぱり」といわんばかりの顔をする。
「誰にも何も言わないから、一夜のこと何もわかんないんだもん」
「別に、んな…悩み、とかもねぇし…」
「即効バドやめてめちゃ後悔したとかいったやつに言われたくない」
「う…っ」
図星。結構痛いとこつかれちまったぜ。
そして一夜は再度頭をくしゃくしゃ掻きまわす。
「……俺が、ずっと……バドミントンやってたのは、お前が考えてる通りだよ」
「うん…わかってる…」
「はじめは、すぐやめようと思ったんだ。別に、興味なかったし…。でも、そうもいかないことが…途中、起こったって事だな」
「………途中?」
その言葉に、麗奈は違和感を覚えた。するとその驚きぶりにさらに一夜が驚く。
「え、なんだよ…」
「え、だって…途中って、どういうこと?」
「は?」
一夜は聞かれている意味がわからないのか、逆に聞き返してきた。
―――――いやちょっとまて、これ…。
だんだんと、麗奈の頭の中がこんがらがってきた。
「だ、だって…一夜は、つなぎたいものがあったからバドミントン始めたんじゃなかったの?バドミントンしてるものの中に、大事なものがあったんじゃないの?」
だってずっと、そうだと思ってたんだもん。
一夜は大事なものがあったから、それと繋がりを求めてバドミントンを始めたんだって・・・。
すると麗奈の言葉に、一夜が今度はひどく驚いた。
「…お前、そこまでわかっといてそれかよ…」
「え、ちょ、何?どこ?どこまで…」
「お前、直感いいのか悪いのかはっきりしろよな」
「えー…あ、はい。何かすいません…」
なぜか怒られた。すると一夜は盛大にため息をつく。
「……もう、いいかな…」
「え…?」
「おいレイ。1個聞くぞ」
「え、うん…いいけど…」
いやに、一夜の瞳が真剣になった気がする。一体何を…。
そう思っていると、一夜が少しだけ、麗奈に顔を近付けた。
「お前、言ったよな。俺の望みは、望み続けちゃいけねぇものだったのかって」
「い、言った。言ったよ」
「じゃあもし、今ここでもう一度俺が望みを持ったら…その望みは、叶うのか…?」
「え…?」
その言葉に、麗奈は一瞬呆気に取られる。
こちらを見つめる一夜の瞳に、今、何かかげりが見えた気がした。
もの寂しげな色が、宿った気がして…。
「一夜…」
「俺が望んでいいことなら…その望みを叶えてくれるやつが必要だ。俺がここで願いを込めたら…その望みは、叶うのか?」
一夜らしからぬ、寂しげな声…。
いや、違う。
この声…聞き覚えがあった。寂しげで、悲しげな…この声色は――――――。
その瞬間、いつの間にかそっと一夜の顔が眼下に迫った。
「ふぇ――――――」
回避する暇もなく、何をするでもなく、ただじっとその情景に呑まれる。
そして、今目前まで迫った一夜の顔が見えた時―――そっと、囁くような声が聞こえた。
「叶わないとわかってて…それでも願っていいって言ったのは、お前だぜ…?」
そっと目を見開いたその瞬間――――――――。
ただそっと、触れるだけ。一瞬だけ触れた、互いの唇。
掠めるだけだったそれはすぐに離れ、一夜の顔が横にずれる。
ポスッと言う音をたてて、一夜の頭が麗奈の肩に乗る。
麗奈が目を見開いたまま思考停止していると、一夜はそっと、その耳元に囁いた。
叶わないとわかっていながらも、ずっと秘め続けていた想いを。
この、想い―――――――――――。
俺、お前のことが好きだ…………。




