波紋の中に隠れた心理
「待って、待って麗奈!!」
雅のほうが足が長いし足は速い。追いつくことは困難ではなかった。
「麗奈!」
近づいたその腕を反射的に掴むと、麗奈はすぐに止まってくれた。
「麗奈…どうしたの…?」
少しだけ乱れた息を吐きながら雅はそっと問うた。
麗奈は泣いているわけではなかったが、ひどく悲しげな表情を浮かべていた。唇を固くつぐんだまま、何もいおうとはしなかった。
仕方なく、雅はふっと息を吐いた。
「……とりあえず、帰ろうぜ?」
雅の言葉に、麗奈は一瞬だけ雅を見つめ、そっとうなずいた。
家に着くと、麗奈はソファーの上で体操座りで座った。雅はリビングの椅子に座る。
微妙な、沈黙が流れる。
雅はどんな言葉をかけていいかわからずに、ぽりぽりと頬を掻く。
どうしようか悩んでいると、ポツリと麗奈はつぶやいた。
「………私が、歌えなくなった頃」
「え…?」
「私が歌えなくなって、負のオーラ出しまくって塞ぎこんでた頃…私に、バドミントン勧めてくれたの……一夜だったんだ」
「そう、だったんだ…?」
少し以外だった。麗奈は誘われて始めたんだ。バドミントンを。でも、何で今…
「一夜もまぁまぁ強かったし…やることなかった私を誘ってくれたのは嬉しかった。始めてよかったと思ってるよ。一夜もバドミントン、好きで…『将来選手になれるかもなー』とか。たまーに口走ってたの。2人で」
麗奈の表情が、少しだけ和らいだ。その表情を見るからに、過去の事を思い出しているのだと思う。でも…
(あいつ…今、バドミントンして…ないよな?多分)
「今さ、あいつバドミントンしてたの?みたいなこと思ったでしょ」
「う…っ」
同じような事を考えていた。ずばり見抜かれてしまったようだ。
麗奈は少しだけ得意げに目を細める。そして、今までずっと体操座りをしていた足を、ソファーの外へ投げ出し、ぶらぶらさせる。
「ま、今のあいつじゃ想像はできないだろうけど、まぁやってたのよ。2人でずっと続けてきてたんだけど…ある日さ…あいつ、肩壊したの」
「え…」
「一夜はもともと左利きで、左の肩壊しちゃって…もう左を利き手にして運動をするのは、避けたほうがいいっていわれたらしくて。本人、すごいショック受けてた」
ふと、脳裏を掠めることがあるんだ。一夜の悲しそうな顔が。
「…それで、バドミントン、やめたのか…?」
「うん。あの頃、早めに右利きに変えてやってみれば、今はまだやってたかもしれないって思う。でも…ただショックで、どうしようもなくて…何か、こう…大事に繋いでいたものが、壊れた感じ。絶望、って感じの顔してた…」
「……繋ぐ…」
一瞬、その言葉が雅の心を掠めていった。が、何かを問う暇もなく、麗奈は話す。
「結局一夜、やめるって言い出したの。案の定ね」
「案の定って…」
「だからさ…その時私、咄嗟に一夜に言ったんだ」
「……何を?」
そっと問うと、麗奈はふぅっと大きく息を吐き、そっと天井を仰ぎ見た。
「夢を、諦めちゃうの?って…」
その言葉に、雅だって聞き覚えがあった。
――諦める、のか…?
未だに脳裏を掠める言葉。これって、もしかして―――。
「さっき…一夜にそういわれて、ふと思い出したんだ。昔のこと」
「…初めてあの言葉を口にしたのは、麗奈だったんだね」
「そうね…。私が初めだったと思う。……結局一夜は、バドミントンやめたよ。それから小学校高学年になると、途端にあいつ、ガラ悪くなっちゃって…なんかもう、変わっちゃった気がして、寂しかったな、あの時は…」
同じ夢を掲げてみて、同じように毎日練習に励んで。ずっとずっと同じようにやり続けてきたのに、1つのハプニングで、2人の関係は大きく変わってしまったのだろう。当時の麗奈は、相当寂しかったのかもしれない。今ここで、引きずってくるほどに。
「…それから別に何もないまま中学生になって…でも結局、一夜がバドミントン続けてるとこは、見たことない。きっともう、やってないね」
2人に、そんな秘めた話があったとは…。雅はそっと息を吐いた。
が、微妙な疑問が生まれたんだ。最も、答えは出かけている。それでも―――。
この質問は、麗奈に聞いてこそ価値を持つものだ。
雅はそっと、麗奈に問うた。
「…その子はさ…バドミントンやめて、どうして急にあんなふうになったんだろうね?」
「え…?」
「昔はやっぱ、今と違ったの?」
「あぁ、一夜?全然違う!昔はむしろいじめられっ子だったもん」
「……えええぇっ!!?」
衝撃の事実発覚。椅子から落ちるかとおもうほどの衝撃だった。その光景を見て、麗奈がクスクスと笑う。
「想像付かないでしょ?今とは似ても似つかないから!」
「…そりゃ、相当の変化だな…」
「そうだねぇ…。それも、一夜がバドミントンやめてからだ」
麗奈は盛大にため息をつき、ソファーに浅く座りなおす。そして、ポツリと言った。
「どうして変わったのか、ね…」
「ん…?」
「どうしてっていわれると…明白なことはわからない。でも…少し、考えたことはあったんだ。どうして一夜がバドミントンやめたことで、ああなったのかを」
その言葉に、雅は開けかけていた口をそっと閉じた。ゆっくりと、麗奈にその先を諭した。麗奈はそれを感じ取ったのか、小さく息を吐いてから、言った。
「…もしかしてバドミントンって言うのは、一夜にとって、何かをつなぎとめるためのものだったのかもしれないって…」
その瞬間、雅の中である確信めいたものが浮かび上がった。
それには気が付かなかったようで、麗奈は再度言葉をつむぐ。
「架け橋、って言うのかな…。あいつはいつまでたっても不器用だから…何かを伝ってでも、繋ぎ止めたいものがあったんじゃないかって。それが途切れてしまったから、ああなったのかなって…」
麗奈のつむがれる言葉が雅の耳に入ってくるたびに、確信を持った心が雅の胸を叩く。
「まぁ、どうしてって言われると、正直わからないんだけど…。ただの憶測だしー。本人に直接聞いても、答えてくれるわけないしさ。今さらなことだから諦めて―――」
麗奈がそういいながら雅を振り返ったその時――――――。
「……雅?」
唐突に驚いた声を上げられた。どうしたのかと思った雅だが、原因はすぐに自分にある事を悟った。
雅が、小さく微笑みを浮かべていたから。
「え、何…?何か変なこと言った?」
「いや、変なことじゃないんだけどさ…」
そう言って雅は必死に笑いを隠そうとする。
「な、何で隠すの!?ねぇ!何で笑ってんの!?」
「いや!ごめん。そうじゃなくてさ」
「じゃあ何」
少し疑われるような視線を向けられる雅だが、雅は逆にその目をしっかりと見つめ返す。そして、そっと言った。
「麗奈は、ちゃんとわかってるんだなって思って」
「……わかって、って…。何を?」
「いろいろー」
「わかんないよ!!」
肝心なところが全て曖昧だったため、普通に本気で突っ込んだ。
すると雅はそっと自分の頭を指差す。
「ここ使えって。わかるだろ?」
「わかんないって言ってるんだけど…」
「だったら直接聞いて来いよ」
「だから!誰に!何を…どう、やって……」
麗奈の声が、徐々に小さくなっていった。少しだけ見開いた目をぱちくりさせる。
「聞くって…そういうこと?」
「そういうことだよ」
「で、でも…そう簡単には…」
「大丈夫だよ。1つだけあるだろ?最善策が」
「何?最善策って…」
麗奈が問い返すと、雅はそっと麗奈を手招きした。
トトっと走って雅の側に行き、そっと耳を傾ける。
雅は傾けられた耳に、そっと言葉を残した。
その瞬間、麗奈の目が大きく見開かれた。
「……ホントに、それで…答えてくれるの、かな…」
「それは麗奈次第だろ?」
雅の言葉に、麗奈の眉がそっと下がったのがわかった。
雅はそっと両手を伸ばし、その両手で麗奈の両頬を包み込んだ。
「…!」
「大丈夫。麗奈はちゃんとわかってるから。だから、確かめて来いよ。いつまでも…お互いに進めないのは、嫌だろ?」
「……うん。やだ…」
「だったら、勇気出していって来い。たまには口に出してやらなきゃ、伝わらないこともあるぜ?」
雅の言葉に、麗奈は一瞬の躊躇を見せたが…やがて、そっとうなずいた。
そのうなずきに対し、雅もしっかりとうなずき、微笑み返した。




