この想いが秘めたるままに
大体の指定席。それがここ。屋上。
普段から1人でいることが多い一夜はここが学校の中で唯一安らげる場所だった。
教室はうるさいし、女子が騒いでいる。何かと男子も騒いでいるし、他クラスのやつが友達を求めて来たりもする。とにかく騒がしい。いや…にぎやかなんだと思う。
(いつからだろうな…)
周りが、『うるさい』ではなく『にぎやか』と感じるようになったのは。
友達なんてただの上っ面だけのもの。自分が窮地に追い詰められたとき、何よりも先に切り捨てられ、崩壊していく言葉。これほど強く相手を縛り、相手を傷つけやすい言葉がほかにあるだろうか。ただ仲いいような顔して、裏では何を考えているのかわからない。そんなので集団を作って意味があるのか?
―――友達っていいよ?てかもう、私たちも友達でしょ?
いつか、ある少女がそう言った。今でもずっと、胸の奥で叫んでいる。脳裏を掠めていく。鮮明に残るあの声色。今でもずっとずっと、ここにあるんだ。
そっとずっと、心の中にしまい続けてきたあの子のこの声。そっと耳元で木霊する。
――一夜君!
―――あれー?また1人?んじゃ一緒に帰ろ!
―――一夜君傘忘れたの?しょーがないなぁ…。入る?
―――ねぇ、一夜君!!
―――――一夜。
徐々に徐々に、変わっていく声。小さく高い声は、やがて大人の優しさを孕んだものへと変わる。
わかるんだ。ずっとずっと追いかけ続けてきたから。
どんなことよりも、何よりも、お前だけを見つめ続けてきたから。
わかってた。わかってるつもりだったんだ。ずっとずっと、わかって…でも―――
ずっと、この想いが届くことはないと、思っていたんだ。
一夜はそっと、空へ手を伸ばす。
青くはれた空は、一夜には眩しく、少しだけ目を細める。
そう。あれは太陽だ。どんな暗がりでも、一瞬で照らすことのできる太陽。
誰にも汚すことのできない輝きを放ち続ける、心のそこに秘めた情熱を持つ、決して曲げることのない信念を持つ。それはまさに太陽のようだった。
そして彼女は照らしたんだ。一夜の領域を。暗い、真っ暗な闇の世界に、その神々しい手を伸ばしてきたんだ。
決して躊躇することなく、笑顔を絶やすこともなく。
あの笑顔に、何度救われたことか。
あの時、俺がどれだけ嬉しかったか…。
あの時、俺の気持ちがどう動いたのか…っ!
きっと、麗奈にはわからないのだろうな。
そもそも、次元が違ったんだ、最初から。
たとえ麗奈が一夜に優しくしてくれても、それは一夜にだけ向けられるものじゃない。
どんなに麗奈が友達だと言ってくれても、それも一夜だけに向けられているものではない。
どんなに努力しても、その視界に写るのは決して1人じゃなかった。
常に麗奈の目には、多くの人間が写りこんでいた。
麗奈の友達。麗奈の事を好きな男子。麗奈を信頼する教師。麗奈を慕う後輩。麗奈のライバルたち。そして――――――――。
今、誰よりも麗奈を側で支え続けている男。雅。
とても気に食わなかった。麗奈の事を特別視しているわけでもなさそうなのに、ずっと麗奈の隣にいることが気に食わなくて、不思議だった。
どうしてあいつは、一夜が決して手に入れることのできないものを手に入れることができているんだろう、と。
麗奈の隣を歩くこと。麗奈が心のそこから笑ったときの笑顔。
それだけじゃない。あいつは…一夜の知らない麗奈を知っている。
それが、弱い麗奈だ。
麗奈は決して人前では泣かなかった。
試合で負けても、悲しいことが合っても、悔しいことがあっても、決して誰かの前で泣くことはしなかった。いつもいつも、まわりには強い自分を見せていた。
少しは泣けばいいのにな、とよく思っていたが、その願いが届くことはなかった。
でもきっと…雅は知っているんだろう。泣いた時の、あの麗奈を。
一夜は一度、雅にこういったことがある。
――お前は知らないんだ!!強がったあとの麗奈が、どれだけ脆いのかを!!
でも、実際知らないのはどっちだ。あいつの悲しみをわかってあげられないのはどっちだ。あの悲しみを、ぶつけられなかったのはどっちだ…?
――――――俺だよ。全部。
わかっていないのも、知っていないのも全て俺のほうだ。
なんでなんだろう…。どうして、何も届かないんだろう。
一夜はそっと、拳を握り締めた。
どれだけあの背を追いかけても、どんなに手を伸ばしても、あいつは気が付いてくれない。あの日のように、あいつが俺に手を伸ばしてくれることなんて…もうない。
8年も側にいたから…嫌ってほど、わかってしまったんだ。その事実に。
俺じゃ…レイには届かない。どれだけ手を伸ばしても、届くことなんてない。
(俺は――――――――)
結局どうしたかったんだろう。
たった1つの心をつなぎとめるためだけに、多くのことを成し遂げて、投げ出して、逃げ出して…。この前だって、そうだった。
レイに夢を諦めるのかと聞いた。そうしたら、そっくりそのまま返すといわれた。
確かに、先に夢を投げ出したのは俺のほうだった。
今考えれば、ちょっとばかしの後悔があるが、それはもう今さら。
一夜は、1つ。別のことを気にかけていた。
―――夢、諦めちゃうの!?諦めちゃっていいの!?
―――どうせ、叶うわけないんだよっ!!
脳裏を掠めた、幼子の会話。ずっと、一夜の中でも忘れられていた記憶。
「……あんなばかげた夢、とっくの昔に忘れてると、思ったんだけどな…覚えてたんだな、レイ…」
小さい頃口走っただけの言葉を、あいつは覚えてくれていたんだ。
少し、嬉しかった。
そよそよと、一夜の髪を風が撫でる。
「ガキの頃の夢なんざ……もう、忘れたはずなんだけどな…」
「なら、今のあんたの夢って、何?」
その瞬間、風向きが変わった。
頬をなでていた風が急に突風へと変わり、視界を煙らせる。
次に目を開けたときには、一夜の視界には、1つの太陽が顔を覗かせていた。
本物の太陽の光を背に浴び、柔らかな微笑をこちらに向けている一人の少女。
昔からこれだけは変わらない。誰にでも向ける、あの無邪気な笑顔がそこにあった。




