2つの道
久しぶりだった。こんなに全力疾走するのは。
1度しか見なかった文面。でも、目の裏に鮮明に焼きついている場所。
そこにいるであろう人物を求めて、一夜は走り続けた。
学校なんてそっちのけだ。後から別に罰則があろうがなんだろうが関係ない。今の、この一瞬に全てをかけているのだから。
(一丁目の公園…っ!!!)
確か、この先の角を曲がった少し先にあったはずだ、と一夜の小さなころのかすかな記憶が叫ぶ。肺が押しつぶれそうだ。でも、止まるわけにはいかない。止まれないから。
麗奈のために。ここじゃ止まれない。先に進まなきゃ、何もできない。
何事もね。
角を曲がりきったその先に、遊具はあるけど子ども1人いないような寂しげな公園が見えた。そう。あそこだ。
確信を持った一夜が公園の中に足を踏み込もうとしたその瞬間―――――――。
「私、バドミントンやめるよ」
一瞬、呼吸が止まった。
――――――――――え?
公園の前で立ちつくす。聞こえてきた声が、どうか他人のものであってほしかった。
でも…聞き間違えるはずがないんだ。お前の声を。誰よりも近くで聞きたいと願ったこの声を、間違うことは、ないんだよな…。
公園の中には1人の少女と1人の青年が立っていた。
少女はこちらに背を向けて。少年は少女を驚いた顔で見つめていた。
背を向けられているためわからない。空の色のせいかもしれない。
でも、少女の背中ははっきりと、しゃんと伸びているのがわかった。
きっと正面で見ている少年の目には―――晴れ晴れとした顔が、浮かんで――――。
(………え?)
何でだ。今の、噓?幻聴?いや…聞き間違ってない、よな。
場所もあってる。あの背も、青年も、見たことあるよ。見たくないけど見たことあるよ。
いやというほど追いかけた背が、そこにあるよ。
――じゃあ今のは、何だ。
やめるって、聞こえた。あいつが?やめる?大好きな、大好きだったのに。
そもそも何で2人しかいない?いや、それ以前に何でこの2人がここにいるんだ。
どういうことだよ。協力者って、やっぱあいつなのかよ。
結局お前が信じたのはなんだったんだよ。ワケがわからねぇよ。どうして、あんなこといったんだよ。なぁ。なぁ……っ!
「どういうことだよ…っ!!」
その言葉に目の前に立つ2人が驚いたのは、ここにいるはずのない人間があげた声だったからだろう。青年はそっと視線を上げる。
そして少女は――――。
こちらを振り向いて、大きく目を見開いた。
そんな顔、何でするんだよ。俺のほうが驚いているよ。さっきの、どういうことだよ。説明しろよ…っ!
「どういうことなんだよ……レイっ!!」
「一夜…っ!?なんでここにいるの…っ!」
当の麗奈はまず、一夜がここにいることに驚いているのだろう。でも、一夜が気にしているのはそんなことではなかった。
「今の、なんだよ…本気なのかよ…お前、やめちまうのかよ、バドミントン…っ」
一夜が問いただすと、突然言葉を止め始める麗奈。驚いている。が、何だ…その顔。
何でそんな、傷ついたような顔するんだよ。
「説明しろよ…っ。何で急に、そんなこと言い出したんだ…っ!どういうことだよ!!」
今にも掴みかからんとした様子の一夜に、麗奈が思わず一歩後ずさる。
すると―――。
「先を催促したい気持ちはわかるけど、表情から色々察してあげなよ」
突如、さっきまで響いていた2人以外の声が耳に入る。
まぁ、見なくてもわかるけど。
麗奈がそっと、青年を仰ぎ見た。
「雅…」
「俺も、理由は聞きたいところだったんだ。丁度いいよ」
「お前…っ!」
「聞きたいことは、両者とも同じはずだろう?」
あくまで平然としている雅に、一夜は思わず下を打ちかけた。それでも、言っていることは最もだ。
一夜が少しでも落ち着いたことを空気伝いに感じた雅は、そっと息を吐く。そして、麗奈に問うた。
「麗奈…教えて。どうして…やめるの?バドミントン。強かったし、好きだったんだろ?」
雅の言葉に、麗奈は少しだけ眉を下げた。でも、そっと目は強く開いていた。
「……私が、バドミントンやめるか続けるか悩み始めたのは…結構前だったんだけど…正直、ここに車で悩んでたよ」
麗奈はそっとため息を漏らした。
「でもさ…徐々に時が立っていって…少しずつ、気持ちが動いていった。だから…どっちか、っていうんじゃなくて、ちゃんとけじめつけて、片方に集中したいって思ったの」
「……片方って、何と何なんだよ」
一夜が不機嫌そうに言う。麗奈がその問いに答えようと口を開こうとしたその時―――。
「…もしかしてさ、バドミントンと、プロデューサー…?」
「プロデューサー?」
一夜の眉が寄る。雅から聞こえた言葉が聞きなれないものだったからだろう。
しかし当の麗奈は雅に対して微笑みかけた。
「…そうだよ」
そして今度は、一夜に向く。
「私さ、機械好きのお父さんの影響で小さいころからそういったのに触れててさ。ここだけの話なんだけど、雅も…歌い手やってるの。私はその人たちのプロデューサーやってるんだ」
「……まじか」
「うん。これ知ってる人誰もいないから。黙っててね」
麗奈の言葉に、しぶしぶながらも小さくうなずく一夜。それを見て、少しだけ安堵の息を漏らす麗奈。その背を見つめ、意味深な表情を浮かべている雅。
3人の感情が、それぞれ交差する。
―――麗奈がバドミントンをやめるのは…
―――レイがやめるって言い出したのは…
―――私がバドミントンをやめるのは…
そして2人の視線が、交差した。
「お前のせいか…?」
「俺たちのせいか…?」
「……え?」
これに驚いたのは以外にも麗奈だった。
「ちょっと待って。何で雅たちのせいになるの?」
「いやだって…プロデューサーってことは…」
「そいつらがいるからお前バドミントン諦めるって言い出したんじゃねぇのかよ!?」
一瞬感情的になった一夜を、麗奈はそっと見つめ返す。
その時のその落ち着ききった表情に、一夜は逆に驚いた。
「違うよ、一夜。雅も。これは誰かのせいじゃない」
「…でも、バドミントンかプロデューサーなんだろ?だったら…」
「これは、いい悪いじゃないの。人がどうとか言う問題じゃない」
そう。これは――――。
「紛れもない、私のためなんだ」
囁くようにつぶやいたその言葉は、風の音にまぎれて、やがて消えていった。




