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FRY~時を駆けた愛の歌~  作者: 桃井雪
34/53

もういいんだよ

「君の両親が、事故に?」

案の定、話を進めるためにこの話に食いついてきた上田。雅はそっとうなずく。

「あの日、丁度麗奈の試合が始まる直前に、俺の両親が事故にあったと連絡が入ったんだ。試合前に麗奈に会おうと思って、そこで…電話が鳴った。だから、麗奈にも伝わっちゃったんだ」

雅が少しだけ翳った表情を浮かべる。すると、上田は少しだけ考えて言った。

「そうだとしたら、誠に心の痛む思いだよ。でも…その時、どうして麗奈ちゃんまで帰ったんだい?」

「言ったはず。雅は私の彼なの。彼の両親が事故に遭って…だまってられるものですか…っ!」

「…君は、雅君の両親のために、あの試合を棄権したのだと?」

「あなたにとっては他愛のないことかもしれなくても、私たちにとっては一大事だったのよっ!!」

過激になりそうな麗奈をそっとなだめる――ように見せかける。大丈夫。まだ平常心だ。

「麗奈は…みんなを大事に思ってくれる優しいやつだから、試合に出ろって言ったけど…それでも、こっちを優先させてくれた。悪い事をしてしまったとは、思ってる」

「雅が悪いんじゃないよ」

麗奈はそう言ってから、凛とした瞳で上田を見つめる。

上田も、なにやら意味深な表情を浮かべ、こちらを見ていた。

(負けるもんか…)

そんな目に負けない。言葉なんかに負けない。

麗奈はぎゅっと、拳を握り締めた。

「君は、試合よりも…彼氏の両親を取った、か」

「試合なんて、やろうと思えば何度だってできる。やり直しが効くわ。でも…人の命は、帰ってこないものだから。その場でどちらを大切にするべきか、私は選んだだけよ」

「麗奈がいてくれたから、俺だって安心できることはあった。麗奈には感謝してる。だから、これ以上麗奈に変なこと聞くのはやめてくれ。あの日のことは、麗奈が悪いんじゃないし、公の場に出したい単語でもないだろう。麗奈の心、察してあげてほしいんだ」

雅の言葉を境にし、上田が何もしゃべらなくなった。

ひやっとした汗が背中を伝う。空気の張り詰まった感じが、麗奈の体をも締め付けているようだ。

しばらく、長い沈黙をはさみ、上田がそっと口を開いた。

「そういうことだったんだね。何だか、悪いことをしてしまったみたいだ」

その瞬間、麗奈は張り詰めていた糸が切れるかと思った。が、まだ終わってはいない。

でも、その言葉を待っていた――っ!!


やっと、ステージのまくが折りそうなのだ。


これほど待ちわびたものはない。

もう、ラストスパート…………。

「でも、驚いたな」

『…?』

2人そろって首をかしげた。すると上田は、その光景がさも滑稽だといわんばかりの苦笑を浮かべる。

「…上田さん?」

「いや、ごめんよ。でもやっぱり……面白くてさ」

「え…?」

予想だにしていなかった言葉が帰ってきたことで困惑する麗奈と雅。

すると上田は、にっこりと――――冷たい、決して朗らかではない笑顔を浮かべて、衝撃の一言を口にした。


「まさか、名高きバドミントン界の新ルーキーが、色恋沙汰で試合放棄だなんて、全く面白くてさ」


「な…っ!?」

戦慄のかけるような一言。一切予想していなかった答えに戸惑うどころか、その一言にまずカチンときた。

「色恋沙汰とは何よ!!人の命の話でしょ!?」

「だとしても、彼はただの恋人。親友ならまだしも、結局『恋』って単語を抜いたら赤の他人である彼のために試合を放棄した。結局、関係してくるのは恋心。ほら。ただの色恋沙汰」

「あ、あんたねぇ…っ!!」

感情がふつふつと湧き上がる。こんな事を言われるだなんて思っていなかった。

この話がでっちあげだとしても、今麗奈に向けられた言葉はとんでもない侮辱だ。腹が立つのも仕方ないだろう。

「確かに、雅は普通は他人だけど…っ!でも大事な人でしょう!?恋人ってそういうことでしょう!?それに、そういうのって、親友だからとか、あんま関係ないじゃない!」

「でも結局そうでしょ?君が向かったのは彼氏の元って事だ。事実は変わらない。君は恋にうつつをぬかして、事故に遭った事を理由に試合放棄。それだけの話だろ?」

「ありえない…っ!!お前、そんな…っ!!」

ひどいヤツだとは思っていたが、ここまで卑劣だとは…!

(この展開はシナリオになかった…っ!これ以上もうしゃべりたくない!!)

「もう…っ!!いいわよ!あんたが思いたいならそう思っておけばいいじゃない!勝手にしなさいよ!!もう知らな―――――」

「待って、麗奈」

もう知らない、帰る!そういって話を打ち切ろうとした麗奈の言葉を、突然静止させたのは雅だった。どうして止めるの?そう聞こうと思い、顔を上げた瞬間――――。

(……みや、び…っ?)

一瞬、気圧されかけた。

頭上を見上げたその先にあったのは、とてつもない怒りを露にしている雅だったから。

「雅…」

「お前、ふざけるなよ」

雅の眼光が鋭くなると同時、さっきまで緩められていた手の力がまた強くなり、痛いほどだった。雅の片方の拳は、怒りに震えていた。

「……てめぇが俺の親のこと何と言おうが、俺に何と言おうが、事が片付くならそれでいいと思ってた。でも…今のだけは、許さねぇぞ」

「みや…っ!!」



「麗奈を侮辱することだけは、誰であっても許さねぇ!!言葉を取り消せ馬鹿野郎がっ!!」



聞こえた怒鳴り声に身を竦ませかけたが、聞こえてきた言葉が脳裏を掠めた途端、そんな感情もどこかに消えた。

(……もし、かして…)

雅が今、怒ってるのは…。雅を怒らせた、引き金は…。

「麗奈はいつ、何にだって真剣だよっ!!人の命がなんだの前に、そんな麗奈を侮辱することは絶対許さねぇぞ!!麗奈のこと知りもしないくせに、勝手なこと言ってんなっ!!ただの色恋沙汰?ふざけんな!!あの日麗奈がどんな気持ちで試合を棄権したのか…っ!試合に出れなくて、それだけ悔しかったか…っ!!わからねぇって言うのか!?いい加減にしろよ!!全部言葉撤回しろやっ!!」


―――私の、ため?


心が、いろんな意味で締め付けられた。痛いほどに、強く。

それと同時、麗奈はある違和感を覚える。何かとてつもない、不穏なものを感じた。

(……ダメだ)

このままじゃ、ダメなんだ…っ!これは――――!!

「お前スポーツ雑誌の編集者なんだろ!?何でそんなことも察してやらな――――」

そこまで言ったときだった。突然雅が言葉を止める。上田も少しだけ驚いたようにこちらを見つめていた。

「……麗奈?」

雅が言葉を止めたのも、少し不思議そうな声を上げるのも無理はないだろう。


私が、雅の腕にしがみ付いて、言葉を止めさせたから。


「麗奈、どうし――――」

「もう、いいんだよ、雅」

「な…なん…っ!」

「いいんだよ、もう。全部いい」

麗奈はそう言って雅に微笑みかける。雅から向けられてくる「どうして?」という視線に、今はまだ答えられない。でも、これ以上はダメ。もういいんだよ、雅。

麗奈はそっと視線を外し、上田を小さく睨んだ。

「……もういいでしょう。あなたの聞きたいことは教えた。これ以上話すことなんてない。もう帰って」

「………まぁ、いいだろう」

上田は小さく息を吐いてこちらに背を向けた。

「まぁ、せいぜいいい記事書かせてもらうよ。協力ありがとう」

「おい、てめ…っ!!」

「御託並べなくていいからさっさと帰って!!」

雅の言葉を制すように麗奈は叫んだ。これにさらに驚いた雅は、ついに何もいえなくなった。上田は何事にも、意に介す様子はなくそのまま去っていく。

公園を出ようとしたその背に、麗奈は最後に叫びを残した。



「私はもう、お前に会いたいと思わない!!!」



その瞬間、上田が1度だけ足を止めた。が、それでもまた即座に足を進める。

去り際に、見えた。微笑をもらしていたのはきっと、見間違いではないだろう。


その笑顔がどんな意味を持つのか、わかったのはきっと、私だけなんだろうね。


夕日が差し込む時間単になったこの公園。

佇んだ2人は、同じタイミングで顔を見合わせた。


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