偽りのための犠牲
人気のない公園で1人佇む麗奈。多分、あいつがここを選んだのもこれが理由だろう。
子どもの遊べるような遊具はほとんどなく、子どもは滅多にこの公園には遊びに来ない。故に、この時間は――人がいないのだ。
「誰かと話をするには、絶好の場所…ってわけだ」
麗奈はそうつぶやいて、そっと背後を振り返った。
「だよね?上田さん」
「…おやおや。ばれていたのか」
麗奈の視線の先――公園の出入り口付近に、上田が現れた。
「生憎、あなたのちょっとしたミスが、この結果を招いたんだけどね」
「なるほど。そうだったのかい」
上田はそういいながら、徐々にこちらに近づいてくる。麗奈は一瞬身構える。
「警戒しないで。この前みたいにはならないようにするから」
「内容が変わらないなら、起こる現実も変わらないわ」
「それは…君次第なんじゃないのかい?」
上田は止まる。麗奈は一歩後ずさる。互いの距離は1メートル歩かないか。結構至近距離だ。
「……なんで、一夜に成りすました手紙なんて書いたの?あんなの私に渡せば、一夜に確認しにいくとか思わなかったの?それに、また直接くればよかったのに、何でこうだるいことするの?」
「学校に行くと、この前みたいに邪魔が入るからね」
「人の友達邪魔扱いしないでくれないかな」
「こりゃ失敬」
ほんとに謝る気あるのかお前。そういいたくなるのを必死に堪える。
「ねぇ…。あんたの記事、言ってることは全うでデマはないくせに、案外内容がヒドイんじゃない?」
「ヒドイって?何が?」
「誰だって、踏み込んでほしくない領域があるものよ。そこに無理矢理入り込んでくるのって、ルール違反だと思うんだけど、人として」
「踏み込んでこそ、僕という人間が成り立つものだよ、麗奈ちゃん」
そう言って笑う上田の笑みが気に食わなかった。麗奈は少しだけ眉を上げる。
「あなたは、自分の立場を作るために、他人の心を犠牲にしていることがわかっているの?」
「わかっていないわけじゃないよ。それでも、僕にだって自分を成り立たせないといけない理由がある。そのために、何かを犠牲にしなきゃいけないことも」
「犠牲にしたものの上で成り立てて、嬉しい?」
「少なくとも、そう思ったことはない。それでも、1つだけいえるのは、それが僕ってことだ」
いいたいことが、なかなかよくわからない。わかってるのかわかってないのかはっきりすればいいのに。てか矛盾しすぎでしょ、この人。
それでも、いいんだ。これは単なる時間稼ぎに過ぎなかったから。
(いい感じかもしれないな、そろそろ…)
そう思ったその瞬間、麗奈のポケットに入っていた携帯のバイブレーションが響く。あたりが静かだったため、それは上田にも聞こえたようだ。
「…携帯、鳴ったよね?でてもらって構わないよ?」
「……ううん、いいの。誰かはわかってるから」
麗奈はそれだけ言って、携帯を確認することはしなかった。でも、これでいいんだ。
始めよう。合図は、鳴った。
(……よしっ!)
麗奈はもう一度気を引き締めた。
「……あなたの言っていることを全て肯定するならば…あなたがここへ私を呼び出したのは、私を犠牲にするため?」
「…そうなってしまうのかもしれないね。君は察しがいいからね…僕が何をしようとしているのか、わかっているんだろ?」
そう。わかってるよ。わかってるんだよ。
だから、来たんでしょ?
「君はすごくいい人だと思うよ。きっとこれから先起こりえる事を予想していながらも、ここへ来てくれたのだから」
「……さっき、私が言ったこと、忘れたの?」
「さっき?」
「『内容が変わらないなら、現実も変わらない』。言い方を変えれば『内容が変わるなら、現実は変わる』そして―――――」
内容を変えないなら、自分が現実を変える。
「……え?」
麗奈はそっと眼光を強めた。
「あなたのやりたいことも、聞きたいことも全部わかってる。わかっていながら、私がなぜここへきたのか、わからないわけじゃないんじゃない?」
麗奈の言葉に上田は少し戸惑ったように笑った。
「生憎、僕は君みたいに利口じゃないんだ。察しがつかないんだけど?」
「……じゃあ、教えてあげるよ」
麗奈はそう言って、微笑を漏らした。
「教えてあげるよ、真実を」
その瞬間、少し驚いた顔をした上田の後ろに、1つの影が伸びる。麗奈はそっと息を漏らした。
そう、教えてあげる。
あなたが犠牲をもたらしてまで手に入れたいのなら。こっちだってそれ相応の事をするよ。犠牲なしで手に入れられるとは思ってない。
でも、きっとこれが最善策。
あなたが私を犠牲にするのなら、私は―――――――――。
そしてその瞬間だった。誰かが上田の肩を背後から叩いたのだ。
驚いた上田が振り返ると、そこにいたのは――――。
「……君、は?」
そこに立っていたのは、若い青年だった。
もの優しげな面持ちだが、上田に向けられている瞳は鋭く、今にも目の前にいる相手を貫かんとするばかりの勢いだ。
それよりも突然現れたことに驚いている様子の上田。
そしてそんな様子の上田に目もくれず、麗奈は青年に微笑んだ。
「あぁ、来てくれたんだね――――雅」
その言葉に上田はまた驚いているようだった。
雅はそれ以上上田に目をくれることはなく、真っ直ぐ麗奈の元へ寄った。
「待った?」
「平気よ。きてくれてありがとう」
麗奈は雅に微笑みかける。すると、それを見かねた上田が声をかける。
「れ、麗奈ちゃん。知り合いだったのかい?」
すると、上田の言葉に反応したのは―――――麗奈ではなかった。
雅は麗奈を背に、上田と向き合う。そして、やんわりと微笑んだ。
「始めまして。あんたが上田さんだね」
「あぁ、そうだけど。君は?」
「俺は―――――」
雅はそう言って、そっと麗奈の肩に手を置いた。
そして、さっきよりも柔らかく、裏のある笑顔を造った。
「俺は朝霧雅。麗奈の彼氏です」
その言葉に、空気が一瞬で、変わった。
――――もしも、私が犠牲を差し出すのなら
――――自分のために、犠牲を差し出すとするならば
――――差し出せるものは、1つ
真実だけだ。




