光と影、君と俺の領域
ときは8年前に遡る。
当時、教室の中で1人だけ浮いている存在。それが一夜だった。
対して、クラスの女子の中で誰よりも可愛くて、みんなから人気のあった存在。それが麗奈。
光と影。太陽と月。
決して交わることのないと思われるこの2つの存在。絶対に分かり合えることはない。
一夜の世界に光が灯ることはなく、麗奈の世界に影を移すことは絶対ありえない。
そんな会い交えることのない2つの存在だった。
でも、いつのことだったかな。
そんな2人が、初めて互いの領域を侵したのは―――――。
ある日のこと。いつもと同じように、教室の片隅でぽつんと座っていた一夜。
そんなとき、クラスで事件が起こったのだ。
「どうしよう!」
クラスの女子の1人が悲痛な声を上げる。すると即座に麗奈が駆け寄る。
「どうしたの?」
「お気に入りのキーホルダーがないの!」
「どこかで落としたの?」
「さっきまでちゃんと会ったんだもん!!」
どうやら物をなくしたらしい。
だからなんだという話。一夜には関係ない。そう思ってまた窓の外を見つめていた。
教室がざわつく。変哲な会話が響く。
「だれかに盗られたんじゃないの?」「じゃあ誰が盗ったの?」「名乗り出るわけないじゃんか」「ねぇ、思ったんだけど」「違うでしょ」「でも俺も思った。そのキーホルダー盗ったのさ」
『一夜じゃない?』
「……は?」
「だって、一夜いっつも隅っこいて気持ち悪いし。変に嫉妬して盗ったんじゃねぇの?」
あほらしいとばっちりだと思うが、当時は必死だった。
「ちょ、ちょっと待って!盗ったのは俺じゃない!第一、女子のキーホルダーとって何になんだよ!」
「でも、じゃあ何でなくなってんだよ」
「俺が知るかよんなことっ!!!」
必死に弁解するからこそ、疑われるとはこのこと。クラスみんなの視線が痛かった。確実に犯人扱いだ。
だから、一夜は叫んだ。
「だったら、俺がそのキーホルダー探してやんよ!!見つけたら謝れよっ!!」
「あーいいよ!でも、お前の身の回りから出てきたらお前土下座だからな!!」
「いいよ!俺じゃねぇし!!やってやろうじゃん!!」
我ながら馬鹿な事をした。でも、これが最善策だったんだ。
結局一夜は、そのキーホルダーを探すはめになったのだった。
夕焼けの光る教室で、一夜は1人キーホルダーを探した。
「ないじゃん…」
でも、ここで見つけなければまた変に思われる。変な事に巻き込まれるのはもうごめんだ。何としても見つけなければ…。
「んー…ないねぇ…」
「あぁ。ねぇな」
「こっち探した?」
「あ?どこだよ…」
そこまで言って一夜はあることに気が付いた。
「……あっ!!?」
ばっと背後を振り返ると、そこにはなぜか―――。
麗奈がいた。
「お、おま…っ!!何やってんだよ!!」
「え?何って…キーホルダー探し」
麗奈はそう言ってまた教室の隅のほうまで探し出す。
「そうじゃなくて!何でここにいるんだよ!てか、キーホルダー俺が探すんだから!お前帰れよ!!」
「えー?ヤダ」
「何でだよ!?」
「だって、犯人一夜君じゃないでしょ?」
その言葉に、一夜はなぜか驚いた。麗奈はくりくりとした可愛らしい大きな瞳で一夜を見つめる。その純粋で美しすぎる眼差しを、一夜は直視できなかった。
「何で…。クラスのやつ、みんな俺が犯人だって…」
「言ってたけど、私途中で言ったの気が付かなかった?『違うでしょ』って」
そこまで考えて、確かにあの会話の中にそんな言葉が交わっていたことに気が付いた。
「私はもともと一夜君が犯人じゃないと思ってる。それなのに、一夜君だけに探させるのはおかしいでしょ?」
「…おかしいのは、お前だ」
「え?何で?」
「だって…なんで俺なんかのこと、かばうわけ?」
わからなかった。一夜にはわからなかった。
どうして自分にあんな純粋な瞳を向けてくれるのか。なぜこんな自分に話書けるのか。自分を信じてくれて、自分のために一緒に探してくれて…。どうして自分なんかにこんなこと、してくれるのか…。
「俺は、クラスから嫌われてんだ…。みんな俺のこと嫌いで…普通じゃないとか言ってるのに…お前…」
「……一夜君ばーか」
「あ!?」
いきなりけなされた。すごいいきなりけなされた。思わず一夜は声を上げた。
「バーカ!バーカ!一夜君バーカ!!」
「んだとお前!馬鹿つったほうが馬鹿なんだよ!」
「馬鹿に馬鹿言って何が悪いのよ!バーカ!一夜君バーカ!」
「それ以上言ったら怒るぞ!?」
一夜が本気で怒りかけたその瞬間―――――。突然、麗奈が笑いだした。
「お前…何笑ってんだよ…」
「ほら!普通じゃん!」
「……は?」
「普通に怒って、笑って、寂しがって。悪口言って、喧嘩して、でもきっと仲直りはできる。それのどこが普通じゃないわけ?一夜君のどこが変なわけ?」
麗奈の言葉に、一夜ははっとした。
(こいつ、まさか…俺のこと試した?)
「一夜君はあんまクラスに馴染まないけど…私は知ってるよ。時々クラスの輪を見てたことも、窓の外飛んでった鳥を見つめてたのも、キーホルダー探し面倒くさいってわかってても、理由をこじつけてでも、探してあげる。一夜君は、優しい人だよ」
あいた口が塞がらなかった。優しいだなんて、初めて言われた。そんな言葉かけてもらったのは、初めてだ――――――。
「おぉ!!発見!!」
突如麗奈が叫んだことで、一夜は我に返る。
すると目の前で、掃除道具を入れているロッカーとランドセルをしまう棚の間に手を突っ込んでいる麗奈の姿があった。
「お、おい…」
「取れたぁ!」
麗奈はばっと手を出す。
その手には、小さなウサギのキーホルダーが握られていた。
「ほらほら!あった!見っけ!」
麗奈は心底嬉しそうだ。だが、右腕の袖には埃がついているし、頬にも埃が付いていた。でも麗奈は全然気にしない。それどころか嬉しそうにそのキーホルダーを一夜の目の前にかざし、微笑んだ。
「ほら!やっぱり一夜君じゃなかったでしょ!」
その瞬間だったと思う。初めて、一夜の世界に光が差し込んだのは。
夕日に照らされたその顔は、埃が付いていようとなんであろうと、誰が何と言おうと、一夜の中で最も可愛らしく、美しい笑顔だった。華が咲き誇るようなその笑顔が、脳裏に焼きついて今でも離れない。
一夜は初めて、太陽を知った。初めて、胸の高鳴りを知った。
「明日、返してあげようね!一夜君!」
「……あ、あぁ…」
「…何ほうけてるのさ!ほら!」
麗奈はそう言って、一夜に左手を差し出した。
「帰ろうよ!一夜君!」
それは、当時の一夜にとって自分の人生を変える出会いだったかもしれない。あの時麗奈が手を差し伸べてくれなければ、あの笑顔を見せなければ、光の存在が麗奈でなければ―――。
――――今の俺は、存在しなかったかもしれねぇんだ。
廊下を駆けながら、少しだけ昔の思い出に浸っていた。
一夜は、誰よりも麗奈のことが大事なんだ。
8年も前からずっと、ずっと!
守りたいのだ。この手で、その笑顔を守りたい。
それなのに、それなのに―――――――。
教室のドアを乱暴に開けると、クラスメイトがびっくりしていた。
「どうしたんだよ、一夜」
「何かあったの?」
こうやってクラスの何人かが話しかけてくれるのも、全部全部麗奈のおかげなんだ!
「レイ…レイ見なかったか?」
1人だけの愛妾で呼ばせてくれるのも、1人だけ特別な名で呼ぶのも、全部麗奈だから!
「麗奈なら、早退したよ?」
「…くそっ」
一夜は教室をまた飛び出す。確か、一丁目の公園だった。
こうやって誰かのために必死になれるのも、あの日麗奈が自分という存在に光を与えてくれたから。影の領域を照らしてくれたから!
(俺はずっと…お前にもらってばかりなんだよ…っ!)
何もかもを与えてもらった。プレゼントしてもらった。作り上げてくれた!
(俺は…俺は……っ!!)
焦る気持ちを抑えながらも、一夜は全力で走る。
大好きなあの、笑顔を求めて―――――。




