策略の中のチャンス
麗奈と清乃は教室を飛び出し、ある場所へ向かった。一目散に階段を駆け上がり、少し古びたドアを強引に押し開けた。
「一夜っ!!」
「一夜君っ!!」
「のぅわっ!?」
屋上のドアを開けたその先で、寝転がっていた一夜が跳び起きた。
「…んだよ、驚かせんな…」
「あ、ごめん…」
マジでびびったらしい。うん。悪かった。
「てかそんなことより!!」
「そんなことって…」
「ねぇ一夜君!確認したいことがあるんだけど!!」
清乃の言葉に、一夜は心底めんどくさそうな顔をする。
「人の昼ね邪魔しといてそれかよ」
「ごめん。でも、結構緊急事態だから」
「……なんだよ、確認したいことって」
仕方ないといった口調だが、話を聞いてくれるようだ。
こちらもやっと息が整ってきたところ。丁度いい。
麗奈と清乃は一夜の側に行く。
そして、麗奈は一夜の前に膝をついた。
「…んだよ」
少し困惑したような一夜を目の前にし、麗奈は言った。
「……一夜さ、私に手紙出した?」
「――――――は?」
「…これ」
麗奈はポケットに押し込んでいた手紙を取り出し、一夜に渡す。すると突然、一夜が不可解な顔をした。一夜の落とした視線の先――手紙には、こんな文面が記されていた。
『麗奈へ。今日、話がしたい。放課後1丁目の公園に来いよな。一夜』
「……いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
突然一夜が全力否定した。
「いやちょっと、まていろいろ誤解を招いてしまっているかもしれないが、まずこれ書いたの俺じゃねぇぞちょっと、マジ信じてくれよ。俺こんなの送ったことないし本気で。マジで」
「落ち着いて、一夜。大丈夫」
「…何がだよ?」
「言ったでしょ?確認だって」
麗奈は一夜ごしにその手紙を覗き見する。そして、ふと微笑を漏らした。
「この文面書いたのが一夜じゃないことは、ちゃんとわかってるよ」
「え…?」
「だって、おかしいでしょ?」
麗奈の言葉に、一夜も再度目を落とす。そして、もう一度それを読み返して―――。
「………あ」
あることに気が付いた。
「わかったでしょ?」
「…あぁ。わかったぜ、レイ」
一夜は少し、不適な笑みを浮かべた。それに習い、麗奈も、清乃も笑みを浮かべた。
「一夜は、私のこと『麗奈』なんて呼ばないもんね」
文面の1番始め。『麗奈』の一文字で、これを差し出してきたのが一夜でないことは明白だった。一夜は麗奈の事をレイと呼ぶただ一人の存在だから。
「おかしいと思ったんだ。一夜からの手紙とかまずおかしいし、一夜は私のことレイって呼ぶもん」
「当たり前だ。そもそもんなもん送らねぇよ。ガラじゃねぇし」
「だよねぇ」
差出人は確かに一夜になっている。だが、これは本人のものではない。
だとすれば、一体誰が……?
「おい、レイ。その手紙…」
「うん。粗方予想はついてる」
麗奈はポケットに手紙をしまう。
この手紙を見たときから、この手紙は一夜のものでないと思っていたときから、粗方の予想はつけてあった。
一夜を装った、あいつが―――。
「…おそらく、あの編集者でしょうね」
その言葉に、清乃と一夜の表情が引き締まる。2人も同じ発想を持っていたのだろう。さして驚きはしなかった。
「てことは…あの上田、って言うやつが、麗奈から話聞きたかったから、一夜君を装って麗奈をおびき出そうとした、ってことだよね…?」
「間違ってないでしょうよ。そうじゃなきゃ、私のこと『麗奈』なんて呼ばせないでしょ。一夜はあいつの中で唯一顔を知ってる男子だ。でも、あんたが私のことなんて呼んでるかは知らなくて、憶測で書いたって感じ?」
「それが裏目に出たがな。ざまぁねぇぜ」
一夜は上田と会っている。だがあの時、一夜は一言も麗奈の事を名前で呼ばなかった。
故に、明らかな間違いをしてしまったということだ。
「わかりやすくて助かったけどね」
「…でも、麗奈。どうするの?」
清乃の不安げな声が響く。麗奈は少しだけ考えた。
「どうするか…。そりゃ、決着つけるには、行くしかないんだろうけど」
「でも…それじゃこの前みたくなっちゃうかもしれないよ…?平気なの?」
「平気、ではないだろうね」
そう言って麗奈は、なぜか笑った。
「でも、これが絶好のチャンスなんだ」
「え……?」
清乃だけではない。声こそあげなかったものの、一夜も驚いている様子だった。
「チャンス、って…?」
「あいつと縁切れる、チャンス。近々に備えてって話だったけど…こんなに早く来るとは思わなかったな」
麗奈は右の口元を吊り上げ、にやっと笑った。
「このチャンス、逃しはしない。絶対に謝らせてやる。もう二度とこんなことしないようにね」
麗奈はそう言って踵を返した。
「どこ行くんだよ、レイ!」
「ここに来たのは、あんたがこれを書いたんじゃないって言う確認のためよ。これから私、ちょっとやらなきゃいけないことがあるから!」
「なんだよ、やらなきゃいけないことって!」
「……協力者収集?」
「は?」
一夜がワケがわからないといった口調で言う。だが麗奈はそれをいに介すこともせず、また微笑を漏らしたのだった。
「ま、頑張るよ。……私はもう、1人じゃないから」
「…っ」
「あ、そうだ!一夜!」
屋上のドアに手をかけようとした麗奈が突然一夜の名を呼んだ。
そしてなぜか憮然としている一夜に向けて、言った。
「この前は、助けてくれてありがとう!かっこよかったよ、一夜!!」
「……え?」
「んじゃね」
麗奈はそれだけ言い残すと、屋上を後にした。
残された清乃は少し不安げな色を残していたものの、なぜか麗奈を追いかけようとはしなかった。
対する一夜はなぜ礼を言われたのかわからなない様子で小さく頭を抱えていた。
「……どういうこった。いつの話だ?」
「この前。上田に絡まれたときだよ。一夜君、助けてくれたじゃない」
清乃の言葉に、やっと一夜は理解したようで少しだけ顔を上げた。しかし、その顔はなぜか釈然としなかった。
「一夜君?」
「……結局、最終的に頼るのは俺じゃないくせに…」
「え?何か言った?」
「何も言ってねぇよ。てかお前、あいつ追いかけなくていいのか?」
一夜の言葉に、清乃はぽりぽりと頬をかいた。
「追いかけたいのは山々だけど…でも、これには首突っ込むなって言われたから」
「突っ込むな?」
「うん。さっき言ってたでしょ?協力者ができたって。それに…ここ最近、徐々に麗奈がまた自然に笑ってくれるようになった。もしかしたら、それってその『協力者』さんのおかげなんじゃないかなって、思ったから…」
清乃は少しだけ照れたように笑った。
「もしそうなら…麗奈が今1番頼りたいのは、きっとあたしじゃないから。だから、今回のは…『協力者』さんに任せようって思ったの」
清乃の言葉に、一夜は麗奈の去って行った屋上のドアを見つめる。
――私はもう、1人じゃないから。
そういったとき、麗奈は確かに笑っていた。
しかしそれは、作られた笑顔でもなく、だからと言ってただの笑顔でもなかった。
あの時確かに麗奈は―――――。
自然と、愛おしげな笑顔を浮かべていたのだ。
その脳裏に誰が浮かんでいるのか、その協力者が誰なのか、一夜には全てわかっている。だからこそ、すごく釈然としないのだ。
親友よりも、会ってそこそこの人間を頼ること。
8年もずっと…ずっと一緒だった一夜を、助けてくれてありがとうと言ったくせに、それでも頼るのは、あいつなんだ――――。
「……納得いかねぇつってんだろうが」
「一夜君?」
清乃がその名を呼ぶ前に、一夜は駆け出していた。
「ちょっと、どこ行くの!?」
清乃の声ももう耳には届いていない。少し悪いとは思いながらも、でも一夜の視線の先にはもう、とっくの昔から彼女しか映ってないのだから。
だからこそ、追いかけたいのだ、全力で。
ずっとずっと見つめ続けてきたその背を、その隣を、その笑顔を、見知らぬ男には渡さない。
大事な初恋の少女の笑顔は、俺が守るんだよっ!!!




