お前のせいだ
片手に買い物袋を提げて、いつもの通りを歩く。
きっと自分が家に帰ってしばらくたつと、麗奈が帰って来ることだろう。
(だいぶ慣れてきたな、この時間配分にも)
麗奈は最近、部活を休みがちだったから早めに帰って来ることが多かったが、最近はまた少しずつゆっくりと帰って来るようになっていた。
最近はその時間のペースを掴んでくるようになってきたため、時間を考えて夕飯を作ることができるようになってきている雅だった。
近くの角を曲がり、あとは一本道を歩くだけで家につく。最初はなれなかったこの道にもだいぶ慣れてきた雅は、少しだけ清々しい気持ちだった。
もうそろそろ、曲がり角に差し掛かる。そう思った瞬間、雅はあることに気が付いた。
曲がり角のその一角に、1人の少年が壁にもたれて立っていた。
それ自体はあまり気にするべきところではないし、別に興味があったわけでもない。ただ一瞬だけ雅の目を惹いたものがあったというだけだ。
(あの男の子…麗奈と同じ中学の制服だ)
いつも見慣れた麗奈の制服。それを男子生徒用にしただけのもの。一目でわかった。
(でも…前に麗奈言ってたよな?この辺住んでる友達いないからこの辺は1人だって)
じゃあなぜ、ここに麗奈と同じ中学の制服をきた男子がいるのかということ。まさか麗奈を待っているのだろうか?
(ま、麗奈可愛いしね)
それと言って問題はないだろう。そう思った雅は何も気にせずその前を通ることにした。
曲がり角に差し掛かり、いつも通りその角を曲がる。
と、その瞬間――――。
「全く、いいご身分だぜ」
「………」
思わず、足が止まった。
ゆっくりと振り返ってみると、案の定。その男子生徒は雅の事を見つめていた。
少しばかり目つきの悪い少年だな、何て事を思っていると、少年は口も悪かった。
「買い物帰りの主婦かあんたは。身の回りに起こってる大変なことに目を向ける余裕ってもんはないのかね。それよか、あまり先を見る目を持ってないってことか?」
「……ごめん。俺君に喧嘩売ったことあったっけ?」
どうもこう見知らぬ少年にここまで言われると、逆にどうして良いかわからない。てかまず初対面だろうに、一体この少年は自分のことをいつ知って…いつ、こんなに敵対心もたれたんだろう。
「君、麗奈と同じ中学だよね?」
「あぁ。そうだけど?」
「麗奈から俺の話聞いてたわけ?」
「…いや。そうではないな。最も、俺から知りたいと思ったこともなかったけどね」
少年は不適に笑う。どうやら完全に目の仇にされているようだ。
雅は思わず頭をかく。
「俺さ…君になんかした?」
「した。しょっちゅうしてる」
「いやいや…しょっちゅうって…まず俺と君初対面じゃん」
「まぁな。こうやって正面から相対したいと思ったことはなかったけどね」
じゃあ何でここにいたんだよ。何てことは言わない。大人だから。
「……別に、俺のこと嫌おうと何しようといいけどさぁ…そういうの気にしないし」
「あんたのこと、心のそこから嫌いだなんて誰も言ってない。まぁ嫌いだけど」
「性格悪いな、君」
「よく言われるぜ」
なぜ誇らしげに言う。
「…てことは、ここにいたって言うのは、麗奈じゃなくて俺に用があったわけ?」
「当たり前だろ?レイは毎日学校で会ってんだから」
レイ。麗奈のことか…。聞きなれないフレーズに少し戸惑ったものの、すぐに体勢を立て直す。
「…じゃあ、手っ取り早く終わらせてくんない?俺早く帰らないといけないし…」
「レイのためだろ?」
「……そこまで知ってんだね」
「当たり前だろ。お前のことなんかどうでもいいが、そこにレイが関わるなら放っておきはしないさ」
その瞬間、雅の意識が覚醒した。
(……なるほど)
今になってやっとわかった気がする。この少年が、自分を目の仇にする理由が。
(でも、それって…)
「あんたさ、レイの何?」
「何って言われても…。友達?仕事仲間?…居候」
「んじゃ質問かえるよ。あんたにとって、レイって何?」
その言葉に、思わず口が止まった。
(俺にとって…?)
雅に取っての麗奈。あまり、考えたことがなかったかもしれない。
いやでも…だからこそ不思議だ。
どうしてこう簡単に、頭の中に答えが浮かんだのか。
「俺にとってね。俺のとっての麗奈は…」
雅はにっこりと、柔らかな笑みを浮かべた。脳裏に掠めた麗奈の笑顔を見た瞬間、自然と言葉が漏れた。
「何よりも大事な、『宝物』」
その言葉に、少年は目を見開いた。
「それだけだよ。麗奈が俺のことどう思ってるかは、知らないけどね」
雅はそれだけ言って、ふっと息を吐く。ここで初めて、少年の瞳を真っ直ぐ見つめた。
目つき悪いけど……案外こうやって見ると。
怖くはない。
「最も、君が麗奈をどう思ってるかは…言動だけでわかったけどね」
「…っ!」
「用事、それだけなら俺帰るね。夕飯の支度あるからさ」
雅はそう言って少年に背を向けようとした。
その瞬間――――――。
「……その物腰が、気にいらねぇっつってんだろうがっ!!」
驚いた雅の胸倉を強く掴み、少年は言った。
「お前がレイの何を知ってるんだよっ!俺なんかずっと…ずっとレイと、8年も一緒にいたのに!!たった1年程度しか一緒にいないお前に何がわかるんだよっ!!わかった振りして、自分が頑張ってるふりして、偽善者ぶったお前が大嫌いだ!!」
「ちょっと…っ!」
「レイの笑顔取り戻したのがお前なことは認めてやる。でもな、それが完璧だなんて思うなよっ!!お前は知らないんだ!!強がったあとのレイが、どれだけ脆いのかを!!」
少年の瞳が、いやに真剣になっていた。
が、それ以前に、この少年が何を言っているのか。何を意味する事を言っているのかがわからなかった。
いや、それ以前に。
……君の物腰も気に入らないよ。
「…要点を絞って言え。感情をぶつけるだけなら誰でもできるだろ」
雅はさいほどよりも一段階低い声で言う。少年は少し驚いたが、それでも雅を睨む視線だけは絶対に外さなかった。
すると少年は、掴んでいた雅の胸倉を突然離した。握り締めた拳が震えているのがわかった。何か言いたげな少年は、一度口を開いて再度閉じる。しかし、少しだけ待つと、重そうにその口を開いた。
「……今日、学校でレイが倒れた」
「……はっ?」
告げられた言葉が、雅に強い衝撃を与えた。
「倒、れた…っ!?」
「…スポーツ雑誌の編集者だかなんだか知らねぇけど、変なおっさん来て。レイの両親が事故に遭った日のことを執拗に攻めて来たんだ。そのせいで多分、あのときのこと思い出したんだろうな。そのあと倒れた」
雅は開いた口が塞がらなかった。そんなこと、何も知らなかった。家に帰ってきていないということは、多分そのまま学校にいたのだろう。
倒れた人が、そのまま授業に出て大丈夫なのか?そもそもなぜ連絡をよこさなかった。そんなことがあって、麗奈は――――――。
「おっておくが、レイは1回も泣かなかったぜ。それどころか、午後から普通に授業復帰しやがった」
「え…?」
「…あんたならわかるんじゃねぇの?麗奈がそんな行動取った理由」
「……あぁ。さっきぴんと来たね」
雅はあいた手で、自分の頭をくしゃっと撫でた。
―――俺のせいか。
「だから、気に食わねぇんだよ」
「え…?」
「レイのこと助けてる気になって、結局レイを追い詰めたのはあんただ」
その一言に、雅は強い衝撃を覚えた。
「あんたはレイの笑顔を取り戻した矢先、あいつから涙を奪った。お前に気を使わせることを覚えた。あんたもレイを苦しめてる一人だっ!!」
少年の言葉に、雅は瞳が震えるのがわかった。心臓が、打ち抜かれたように痛む。
言葉が、刃となり、雅の心を貫いた。
「レイの事を助けたいと思うのが自分だけだと思うな。レイを助けたのが自分だけだと思うな。レイを助けられるのは、自分だけだなんて思うなよ」
少年はそれだけ言い残すと、雅の前から去って行った。
雅は少年の背を追う事も、少年に言い返すこともなく、しばらく、その場に立ち尽くしていた。




