悪魔のささやき
麗奈は大きく目を見開いた。
「安東さんとの試合。あれに勝てたら県大会なんてもう手の中にあったようなものだった。でも君はあの日、あの大事な試合を自ら棄権したよね?怪我してるわけでもなさそうなのに…一体どうして、あの日君は棄権したんだ?その理由を教えてくれないか?」
徐々に、手が震えだす。掴まれたてに力がこもっていて逃げられない。
心が冷たくなっていく。体が芯から冷えていく。
やめて。やめて…。
「ちょっと!麗奈が嫌がってる!その手離して!!」
麗奈の異変に気が付いたのか、清乃が上田の手を引き離そうとする。が、上田はその手を離さない。
「ねぇ、1つだけならいいんでしょう?お願い!そのことについて記事書けたらきっといいのができるんだ!」
「いいから先に離してよ!麗奈が嫌がってるじゃない!!」
上田はもう麗奈しか見ていなかった。麗奈の瞳を真っ直ぐに見ている。
表向きに見えるあのキラキラした眼差し。しかし、麗奈はとっくに気が付いている。上田の瞳のその奥にある、輝かないものを。
背筋を撫でる悪寒。這い上がってくる寒気、吐き気。
これは、まずい…!
「麗奈ちゃん!真相は?」
「いい加減にしてよ!麗奈嫌がってるのわからないの!?」
清乃が逆に上田の手を掴む。が、それを意に介されることはなかった。これには清乃も驚いた。恐ろしいほどの執着心だ。
「答えてくれ、麗奈ちゃん!話を聞けば、安東さんも君と試合できる事を楽しみにしていたらしいんだよ!だからすごく残念がっていたんだ!もしかしたら変に誤解されているかもしれない!理由を話せばきっとまた再戦できるよ!だから俺が君を代弁して彼女に説明してあげる!いい記事も書ける!誤解も解ける!一石二鳥だよ!!」
「…だ、離、せ…っ!」
「答えてくれればすぐ離すから!ね!?」
「…う、るさい…っ。も、やめて…っ!」
上田の瞳が怖い。怖い。
息が苦しくなる。胸が痛い。目がかすむ。
これ以上踏み込むな。私の領域に踏み込むな。
思い、出させるな…!!
上田の目を見ないようにと、麗奈が瞳を閉じると、瞼の裏に、まるで走馬灯のように何かが流れ出す。
みんなの顔が、見えた。
試合を棄権した理由は?
――うるさい。黙れ…っ!
君との試合を楽しみにしていたんだ!
――関係ない!いい加減にして!
答えてくれ。なぜ棄権したんだ
――いえるわけないでしょ!?
家族が事故にあっただなんて!
「いい加減にしな、変態」
「…っ!!」
突然、掴まれていた腕が上田の手を抜ける。が、同時、誰か違う人に掴まれる。
麗奈がはっとして顔を上げると――――。
「人の入ってほしくない領域に踏み込むとか、性格わるいぜ?変態オジサン?」
「君は誰だ?」
上田が困惑していた。いつの間にか上田の手は麗奈から離れ、代わりに麗奈の手をつかんでいたのは…。
「一、夜…」
「人がいいたくないこと、何でお前に言わなきゃいけないわけ?ふざけんな。他人の過去に踏み込むのはルール違反だぜ」
「は…?」
「じゃあな。行くぞ。お前も来いよ」
「あ、うん!」
一夜は上田に有無を言わさず、その場から離れる。麗奈の手を引く一夜のあとを清乃も付いてくる。後ろから、上田が追いかけてくることはなかったため、それは不幸中の幸いかもしれない。
「あ、ありがとう、一夜君」
「ったく、何やってんだよ。引っかかる前に早く逃げろっての」
「そうなんだけど…とにかく助かった!ありがとう!」
「いいよ、別に」
ぶっきらぼうに答えるものの、一夜がいてくれて本当に助かった。それは事実だ。
だが、ほかの事はもう、全てなすすべはなかった。
「おいレイ。しっかり歩け…」
一夜がそう言った瞬間に言葉を止めた。清乃がどうしたのかと思った瞬間―――。
2人の前に、黒い影がかかった。
(……ごめん)
限界だった。麗奈は腕を掴まれたまま、その場に倒れこむ。
「麗奈っ!?」
「レイっ!」
いち早く気が付いた一夜がその肩を支えるが、乗せられている温かみは一切感じなかった。
体が震え、芯から冷たくなっていく気がした。
胸を押さえるが、痛みは一向に引かない。苦しい。痛い…。助けて…。
「レイ!!おい、レイ!!」
「麗奈!麗奈ぁ!」
2人の声が遠ざかる。でももう、どうしようもない。
恐ろしいほどの吐き気と頭痛に見舞われる中、麗奈はその場で気を失った。




