引きずり出された闇
「おはよー麗奈!」
「あ、おはよ。清乃」
教室で清乃が声をかけてくる。
「あれー?麗奈どうしたの?心なしかハイテンション?」
「うん。よくわかったね。今日は機嫌がいいの」
「ふふっ。よかった。麗奈が元気になって」
清乃の笑顔に、麗奈も微笑を返す。
(最近は、ちゃんと笑ってくれるようになったな。麗奈も…)
久しぶりに学校へ来たときの麗奈の顔を思い出すとまだ心が痛む。あんな無理はしてほしくなかったから、今の麗奈がいてくれることが本当に嬉しかった。
するとふと、清乃はある事を思い出す。
「そういえば麗奈さ…」
「え?何?」
「ちょっと前、一夜君とどっか言ったよね?ほら、昼休憩に一夜君が麗奈引っ張って行ったことあったでしょ?あれって結局どうなったの?」
「う…っ」
その言葉が麗奈の心を貫いた。
――いいか、レイ。あいつはやめとけ。
ついこの間のことのように鮮明に思い出される記憶が、また麗奈の心を貫く。
「麗奈?」
「ごめん、清乃。あんまそれ思い出したくないの。結果が最悪だったから」
「そうなの?…って、また一夜君なんか言ったの!?またひどいこと言った!?」
清乃の言うまた、とは麗奈が久しぶりに教室に現れた時の事を言っているのだろう。だが…。
(私的には、あれよりひどかったけどね)
「ううん。そうじゃないんだけど。ちょっと一夜ともめたの。だから、ね…」
「そう、だったんだ…ごめんね、麗奈」
「いいのよ。知らなかったんだもん。仕方ないじゃん?」
麗奈の言葉に、清乃は少し控えめに笑った。
「でも、珍しいね。一夜君と完璧にもめるとか」
「…そう、だっけ?」
「うん。だって麗奈ってば、何言われてもほぼ平常心で、言い返すことも怒ることもしなかったから、結局一方的に一夜君がからんでおしまいだったじゃん?」
「そうだったっけ?」
本人に自覚はなかった。そこ事実に清乃は思わず笑えてきたが、抑える。
「一夜君ってさ、何かと麗奈にからむよねー」
「…何か聞こえ変だから、やめよ?ね?」
「ホントのことじゃん。だって、麗奈は一夜君に思いっきり言い返したこととかある?」
清乃にそういわれて…麗奈は初めてあることに気が付いた。
(…確かに、あんな風に言い返したの…初めてだったかも)
――雅のこと知りもしないくせに、勝手なこと言わないでっ!!
(まぁ、あれは仕方ないだろ…一夜が悪いんだもん)
自分だって怒るときはある。あれは完璧に一夜の自業自得。自分がどうこうの話ではない。
「ま…いいんだけどさ。とりあえず、何も言われてないならよかった」
「うん。心配してくれてありがと、清乃」
「いいっていいって!ほら!一時限目移動教室でしょ!行こう!」
「うん!」
一時限目の化学の教室へ移動するべく清乃と麗奈は教室を後にした。だがこのとき、麗奈のその背をずっと、見守っている瞳があったことを、麗奈が知る由もなかった。
職員室の前を通って行くのが化学室への1番最短のルートである。清乃と麗奈はいつも通りその道を通って教室を移動した。
職員室の前に差し掛かったとき、清乃があることに気が付いた。
「あれー?ねぇ、麗奈。今職員室の前にいる人ってさ、誰だろ?」
「え…?」
2人の視線の先には、1人の男性が立っていた。誰かと話していたようだが、今は待たされている感じか?首からカメラを提げて、手元には手帳のようなものを持っている。
「なんだろう…。なんかの取材かな!?」
「ではないと思うけど」
まぁ顔見知りでもなんでもない。あまり関わることはないだろう。
そう思い、また2人は話しながら職員室の前を通る。男性の後ろを通って、化学室へ向かう。
と、次の瞬間――――――――。
「ね、ねぇ!!君!そこの君!!」
『え?』
麗奈と清乃は同時に振り返った。案の定、男性は麗奈たちのほうを見ていた。
「…私たち、かな?」
清乃が困惑気味につぶやくと、男性はいきなりこちらに走ってきた。そして真っ直ぐ――麗奈のもとへかけてきた。
「ねぇ君!もしかして、漆崎麗奈ちゃんじゃないかい!?」
「……え?なんで、私の名前…」
「やっぱり!やっぱりそうだったんだね!」
男性は歓喜に満ちた声を上げる。が、当の麗奈も隣の清乃もただ困り果てていた。見知らぬ男性が麗奈の名前を知っているだけで最もやばい状況である。
「れ、麗奈…行こう」
「う、うん…」
「あ、待って!おれが悪かった!これ!はいこれ!!」
そう言って男性が麗奈の前に突き出してきたのは小さな紙切れ。麗奈がおずおずとそれを受け取り見てみると、名前が書いてあった。どうやら名刺だ。
「え、っと…。上田光圀、さん…『少年少女スポーツ雑誌編集者』?」
「え?『少年少女スポーツ雑誌』って、今小学生から高校生までを中心に、将来のスポーツ選手になりそうな人取材したりしてるあの雑誌?」
「おぉ、よく知ってくれてるね!嬉しいよ!」
清乃の表情が和らいだのがわかった。麗奈にはよくわからなかったが、とにかく変な人ではなかったことに安心する。
「でも、何でそんなとこの編集者さんがいるんですか?」
「もちろん!取材しに来たのさ!将来のスポーツ選手と呼ばれそうな人を!」
「…いたっけ、この学校?」
「いるじゃないか!すぐ目の前に!!」
上田の言葉に清乃はゆっくりと視線を泳がせる。そこには―――。
驚いた顔をした、親友がいた。
「ま、さか…麗奈、のこと?」
「当たり前じゃないか!漆崎麗奈ちゃん!あの最強バドミントン選手安東さんを倒せるのは君しかいない!とまで騒がれてたくらいだからね!」
その言葉に、麗奈の胸がズキリと痛んだ。その言葉は、あまり言ってほしくなかった。
「だから、ぜひ1度取材させてほしかったんだよ!」
「あ、の…取材していただけるようなことは、何もありません。申し訳ないのですが、お引取り願います」
あの事についてはもう、誰にも触れてほしくないのだ。
これ以上先へ、踏み込んでこないで―――。
「授業、あるんで。失礼します」
「あ、待って!!せめて1つだけ聞かせてくれないかい!?」
清乃と共に歩き出そうとしている手を、いきなり掴まれる。
「あ、あの!離して…っ!」
「お願い!1つだけで良いから聞かせてほしいんだ!!」
「…っ!なんですか、聞きたいことって!」
麗奈はやっけになって啖呵を切った。
それが、こんな結果を招くなんて、思ってなかったんだもの…。
麗奈の答えに、上田は微笑んだ。
いや、嗤った…?
「じゃあ、1つだけ質問ね」
上田はそう言って、優しげな声色で言った。
「県大会をかけたあの大一番、君はどうして安東さんと試合を棄権なんてしたんだい?」
―――――――――――え?




