これが答えだよ
「ただいまー」
夕方近く、唯夏と別れた麗奈は直行で家に帰る。家の中からはとてもいい匂いが漂ってきた。リビングのドアを開けると、案の定の光景が広がっていた。
「お帰り、麗奈」
リビングの机に夕食を並べた雅が笑顔で振り返る。
「唯夏とのデート、楽しかった?」
「言い方どうかと思うけど…楽しかったよ!……いろいろあったけど」
最後の一言は、本当につぶやくようにしか言わなかったため雅は全く気にしなかった。
「ま、ちょうど良かった。食べようぜ」
「…うんっ」
麗奈は持っていたカバンをソファに置くと、2人で食卓を囲んだ。
最近になって、やっとこさ慣れ始めたこの空間。雅と2人でいると、少し前まで大人数で囲んでいたこの食卓も、すごく物寂しく思う。にぎやかだったはずなのに、今は2人。少し、寂しい。
こうしている間、表には出さないものの、たまにひどく焦燥感に駆られることがある。雅がいてくれるからまだいいものの、これが1人だったら確実に泣いているかもしれない。
(雅がいてくれるから、か…)
少しずつ日常化してきた目の前の現実。雅のいてくれる当たり前の生活。寂しくないようにと、配慮された生活。それがあるからこそ、麗奈は泣き出さず、前を向いていくことができる。だが――――――――。
(……雅は、どうしていたんだろう…)
親が働いて、よく1人で留守番していた。その間、当たり前だが1人のはずだ。
(寂しかった、よね…)
その時雅は何を思ったのだろう…その時何を感じて、何を考えて、どうしたくて―――。
「麗奈?」
「…え?」
「いや、何かぼーっとしてたから」
「…あ、そう?ごめんごめん」
うっかり考えに浸りすぎていたようで、周りが見えなくなっていた。
「大丈夫、なんでもないの。ごめんね」
「……麗奈、そろそろ自覚しような」
「さて、何のことかしら…」
「お前、思ってること顔に出過ぎだって」
「う…っ」
今一瞬、心に何か刺さった。
「ホント、正直だよなぁ」
「だから、何の話…」
「今日、唯夏と話したこと。全部唯夏から聞いてんだ」
「……なんですとっ!?」
麗奈は思わず箸を落としかけた。すると雅はにっこりと笑った。
「あいつから電話あったんだけどさ、あいつの第一声、なんてだったと思う?『ごめん。雅の昔話したよ。あはは』…だぜ?」
「…唯夏さん、らしいんじゃないのかな。うん」
さらっと正直に言ったな…。いや、隠すより良いとは思うけど…あの人にオブラートという言葉はないのだろうか。
「……あえて聞くけど、全部聞いたんだよね?」
「あぁ。何を話したかも、何を話し合ったかも。…麗奈が殴るって言ったことも」
「やっぱそこも聞いてたかああああぁぁ!!」
なんとなく、予想は付いてたんだけどね。
「うぅ…。あ、あの時はあの時だったから…」
「今は殴らない?」
「…雅の、心情によるかな」
麗奈は少しだけ、おずおずとした様子で言った。
「唯夏さんから聞いたなら、わかってるはずだよね」
「あぁ。わかってるよ」
そう言った雅は、なぜか微笑を漏らしていた。
「…なんで笑ってるの?」
「ん?麗奈って面白いなぁと思って」
「ナグラレル、カクゴハ、アリマスカ?」
「いや待て!俺が悪かった!話を聞け!拳を納めるんだ!!」
必死に説得された。麗奈は黙って顔まで上げかけた手を下ろす。
「いや、面白いって言ったのは、麗奈の意見が、かな?」
「…私は雅じゃない、ってヤツ?」
「そう…。今まで、そんなこと言われたことなかった。だからちょっとびっくり」
雅はゆっくりと息を吐いた。そして、肩肘を突き、少しだけ遠くを見つめる。
「麗奈のいう通りかもしれないな。誰かのために、誰かのためにって人のことばっかり考えて…肝心な俺は、ずっとどっかで止まりっぱなしだったのかもしれない。それこそ、自分は進んでる気になって、その人の隣を走ってる気になってたのかもな」
「かもじゃなくて、実際そうでしょ?」
「ズバッと言うなぁ…」
「でも、それが雅の優しさだよね?」
その言葉に、雅は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「俺の…?」
「うん。雅は確かにそこで止まってるかもしれない。でも、雅がそこにいるから押せる背中がある。そうでしょ?」
麗奈はそう言って、そっと―――――――。
そっと、微笑を漏らした。
「麗奈…」
「…雅がそこにいてくれたから、私は前に進めたよ。だから、今度は私が引っ張ってあげる」
「え…?」
「雅が背中を押してくれるなら、私は押してくれた手を掴んで雅を引っ張ってあげる。そうやって…徐々にでも、進んでいけたら、いいんじゃないかな…。ゆっくりでいい。そう言ってくれたのは、雅でしょ?」
――雅のこと、支えてあげて。
唯夏に言われた言葉が脳裏を過ぎる。あれから麗奈は、少し考えたのだ。
支えてあげるって、具体的にはどうしたらいいのだろう、と。
今まで支えられてきた立場だから、支えてあげるということがどんなことなのかわからなかったのだ。けれど、麗奈なりに考えた。
その答えが、これだ。
「支えてあげるってことが、結局どんなことなのか、私にはまだわからない。でも、自分なりに見つけえてみた。その結果が、これなのよ」
――一緒に進みたい。
押されるだけじゃダメだ。支えるだけじゃダメだ。優しくして、元気付けてあげたその先―――共に押し合いながら進みたい。
「きっとさ、そのほうが1人でいるよりも、ずっと心強いだろうし…。1人で突っ走っていくよりは、いいんじゃないかって、思、って…」
少しだけ下げていた視線を上げた麗奈は、徐々に言葉を失った。
目の前に座っている雅が―――――すごく驚いた表情をしていた。それでいて、その瞳の奥は無邪気な子どものように爛々と輝いていた。
「み、雅…?」
何か言っただろうかと麗奈が不安と期待を抱えていると、雅が少しだけ下を向く。
そして―――――――。
「…く…っ。はは…っ」
「みや、び…?」
「すげぇ…。やっぱすげぇな!麗奈!!」
雅はばっと顔を上げたかと思うと、すごく、それはすごく晴れやかで眩しい笑顔を浮かべていた。
「…っ!」
無邪気すぎるその顔に、心臓が高鳴った。
「唯夏が言ってたんだ。『麗奈思うより侮りがたし』って。その意味がわかった気がする」
「そ、それは褒めてるのか!?けなしてるのか!?」
「もちろん褒めてんだよ。やっぱ…麗奈ってすげぇ…」
雅はすっと目を細めて、優しげな面持ちで麗奈を見つめてきた。
「な…っ」
「…んなこと言ってもらったの、初めてだ…」
「え…?」
「俺の事情知ってるやつはいつも、大丈夫かとか、そういう労いの言葉は多くかけてくれた。でも…やっぱ、麗奈みたいに一緒にって言ってくれるヤツは…いなかった。そうやって言ってくれるのが、俺は何より嬉しいんだけどな」
雅は最初、少しだけ寂しげな面持ちになっていたが、徐々に表情を晴れやかにさせる。
「だから、麗奈がそう言ってくれて、すげぇ嬉しい!」
少しだけ高揚した頬を見た瞬間―――――――。
胸が詰まるほど、息が一瞬苦しくなった。つられてこちらまで高揚する。
(な、何だこれ…っ)
変にドキドキする。心臓痛い。息が苦しい。でも…陽智やみんなのことを思い出したときのような苦しさとは明らかに違う。
(これって―――――)
「だから、ありがとな。麗奈」
「あ、いや!そんな…っ」
自分の考えに浸っていたせいで反応が遅れた。が、雅はそれを気に留めてはいなかったようだ。そのことに少しだけホッとする。
すると突然、目の前に雅の手が伸びてきた。何かと思うと、雅は微笑んだまま言った。
「だから、これからも。よろしくな」
「……うんっ。こちらこそ。これからも…ね」
麗奈はちょっとだけ目を細めて微笑み、雅の手をそっと握り返した。




