向き合わなきゃ
「一発雅をぶん殴る!」
麗奈は徐に、そんな事を言い出した。
これに焦ったのは唯夏だった。思わぬ返答にどうしていいかわからなくなる。
「ちょちょちょ!?待って!落ち着け麗奈!」
さっき殴るって言った時、目がマジだった。これ本気だ。
「一体どうした!いきなりどうしたの!?」
「だって、納得いかないんですもん!」
「納得…?」
「私は…っ!」
麗奈は開いていた手を握り締める。そして、唯夏に向けて言い放った。
「私は、雅じゃないっ!!!」
「――――え?」
「確かに、境遇とか似てるかもしれなくて…多分、私のことを誰よりもわかってくれてると思う。それでも、私は私!雅は雅なんです!誰かに自分と同じ想いをしてほしくないからって、自分を重ねて、優しくして!…そんなの、余計に雅が苦しいだけなのに…っ!雅が誰かと自分を重ねるってことは…!雅はずっと、目の前で過去の自分と向き合い続けてるってことだもん!!」
その言葉に、唯夏は大きく目を見開いた。
「雅は、誰かを先に進ませることしか考えず、自分はそこで立ち止まったままなんだ!過去の自分をそこにおいて、勝手に行く手を阻ませてる!それで人を助ける立場に立ってたって、説得力ないっつーの!!」
麗奈は窓の外へ向けて牙をむき出した。
「大体同情って何だ!私は自分が可哀想だなんて思ったことないぞっ!一緒に進もうつったのどこのどいつだ!お前が止まってんだろうがあああああああ!」
「ちょ、ストップ…っ!もう無理…っ!」
やっとのことで正気を取り戻した麗奈が視線を戻すと、唯夏がうつむいていた。
肩が小刻みに震えている。…笑っている。
「唯夏さん?」
「もーギブ!笑えて仕方ない!確かに、麗奈の言うとおりだ!やばい、傑作…っ!」
唯夏が何に対して笑っているのかよくわからず、麗奈は首をかしげた。
やっと唯夏が落ち着くと、唯夏は笑いすぎで目元に浮かんだ涙を拭う。
「…確かに、麗奈の言うとおりだと思う。見逃してた…。そういう考えもあったか」
「そういう?」
「私さ、過去の自分と向き合うことって、人の強さに繋がってると思ってたの」
「え…?」
麗奈の驚きの声に、唯夏は微笑で答えた。
「過去を戒める、って言うのかな。昔あったつらいことを忘れず、同じ局面に出会った人を助けてあげられればいいなって思ってたの。だから雅はすごいって、正直ずっと思ってた。でも…麗奈の考え聞いたら、ちょっと思想が変わったよ」
――私は雅じゃない!!!
「確かに麗奈は麗奈だよ。雅じゃない。それに…言われて見れば、雅は人を優先させすぎて、自分がずっと立ち止まりっぱなしかもしれないわね」
「…自分も、そうではないかと、でも…強さの一面についても、賛同しますよ?」
「あら、そう?」
「はい。過去を忘れないことは大事だと思いますけど…。その場合、過去を過去と見ないことが、大事なんじゃないでしょうか」
唯夏は小さく首をかしげ、その先を促した。
「過去を過去として、戒めの対象として心の片隅にしまっておくのではなく、過去に起こったという現実として、向き合うことが大事なんじゃないかと思います。過去と向き合って、話し合って、和解したら…きっとその人は、強くなれるんじゃないですか?心の戒めでしまっておけば、いつまで立っても話し合うことも、対面することもできないですから」
「へぇ…」
「開かなきゃダメなんですよ、そのパンドラの箱を。嫌でも、向き合えばきっと、何かが変わる」
麗奈は窓の外に移る青空を見上げていた。
「ずっともやもやした気持ち抱えて、ずっと泣き出しそうな顔してるよりも…1回でもすごい勢いで泣いて、スッキリしたほうがいいじゃないですか」
「…そうね。私もそう思うわ」
唯夏も麗奈にならって空を見上げる。今日は晴天だった。
「私、ちょっと麗奈のこと侮ってたわ」
「あな…っ!?」
「麗奈さ、雅に言ったんでしょ?強くなりたいって」
「…あぁ、言った気がします…」
「麗奈は、じぶんのことちょっと低評価しすぎよ。もう少し、胸張ってもいいと思うわ」
その単語には、いやというほどの聞き覚えがあった。
――胸張れ。
「麗奈はきっと、自分で思ってる以上に強い子よ」
「そう…ですかね?」
唯夏は返事の変わりに、優しげな微笑を漏らした。
「ねぇ、麗奈。ちょっとお願いがあるんだけど」
「え?なんですか?」
「……雅のこと、支えてあげて?」
「え…?」
思わぬ一言が漏れた。
――自分が、支えて…?
「でも私…」
「言ったでしょ?あいつは、人を支えてあげてるけど、まだ支えてくれる人が見つかってないんだって。それがこれから先、どんな結果を招くかはわからないけど…私はきっと、相性いいと思うんだよな、麗奈と雅」
「そ、そう、でしょうか…」
相性がいいだなんていわれると、少し照れてしまう。唯夏はそんな麗奈を見て、楽しそうに、愛おしそうに目を細めた。
「私たちは雅の境遇を知ってる。知っていながらずっとつるんできたわ。でも…麗奈は雅と同じ境遇を味わってる。同じ感情を持つことができる。私たちが感じることのできない思いまで、きっと麗奈ならわかってやれる。あいつが自分で立ち上がれないくらいの壁にぶち当たった時…きっと心の支えになってやれるのは、そういう人なんだと思うの」
「唯夏さん…?」
「あいつ、馬鹿だから。突っ走らないように、止めてあげて。麗奈が今1番、雅の近くにいるから」
「は、ぁ…」
なぜ、今唯夏にこんな事を頼まれたのかはわからなかった。
でも、その名を託されたというだけですごく…なぜかすごく、嬉しかった。
「ありがとうね、麗奈」
曖昧な返答であったにも関わらず、唯夏は微笑を浮かべたのだった。




