深い傷
「ふぅ…」
麗奈は大きく息を吐いた。
夕方、6人で食事を済ませたあと身の回りの事を少し手伝ってもらい、雅たちは帰っていった。
現時刻夜の7時。まだまだ色々と時間がある。
麗奈はしばらくリビングで携帯をいじっていた。学校の友達や部活の先輩から来た多くのメールに目を通し、さらさらと返信を打つ。
気が付くとすでに30分が過ぎていた。が…たかが30分だ。
かなり、やることがない。静かだ。実に静かだ。
チクタクと時を一定の間隔で刻む秒針を見つめながら、麗奈はふとあることを思い出した。
(そうだ、メンテナンス…)
ここ最近それどころじゃなくて何もできなかった。
ちょうどやることもなかたのだからと思い、麗奈は地下へと向かう。
いつもと同じ景色の階段をおり、地下にある部屋のドアを開ける――――。
中をのぞいた瞬間、麗奈は何もできなくなった。
部屋の中は数日前と変わらない風貌だった。
麗奈のかけていたタオルケットは無造作に置かれたままだし、機械の電源は切れている。マイクスタンドもひっそりと佇んでいた。
何も変わらない。見える景色は何も変わらない。
でも、ここにはもう、誰もいない。
愛用のタオルケット…いつも突然寝る麗奈はタオルケットをかけたりしない。
いつも……様子を見に来た陽智がかけてくれるタオルケット。
――麗奈!?ったく、また寝て…。もぉ…仕方ない…。
ちょっとした愚痴を漏らしながらも優しくかけてくれた。決して麗奈を起こさないように、細心の注意を払いながら――――。
「…っ!」
部屋の中を見ていると、突然涙が溢れ出した。胸が締め付けられ、息が苦しくなる。
そうだ。もう誰もいないんだ。
ここでタオルケットをかけてくれる人も、晩御飯だと声をかけにきてくれる人も、わからないことを教えてくれる人も…もうここにはいないんだっ。
麗奈はその場にしゃがみこむ。息ができない。
(息って…どうやって吸うんだっけ…)
わからなくなってきた。もう何もわからなくなってきた。頭がぼーとする。
誰、か――――――。
「ほら、ゆっくり、息吸って」
「…っ!?」
突然、背後から声が聞こえた。
麗奈が驚いて振り向くと、何となく予想していた人影が見えた。
「雅…っ!?げほっ!」
「ほら、深呼吸だよ。ゆっくりでいいから。ちゃんと息すって」
雅の言葉が耳元で聞こえる。ぼーっとしていた頭が鮮明になってくる。それと同時、麗奈は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。ひやっとした空気が肺いっぱいに溜り、麗奈はほっと息をつく。
「は…っはぁ…はぁ…っ」
「大丈夫?麗奈」
「雅、なんで…」
澪たちと一緒に帰ったはずなのに…てか家、鍵ちゃんとかけてたし。
すると雅はにこっと笑って、ポケットからあるものを取り出した。
「……それって」
「この家のスペアキー」
「なんだとおおおおっ!?」
「いやー。前に陽智さんがおさめてるの見ちゃったからさー。今日帰る前に拝借しました」
「1つ行っておこう。不法侵入だからな?通常なら訴えられてるんだからな?わかってるのか?ん?てかまずそれ。鍵返せ」
「……ヤダ」
「何で!?」
雅は黙ってスペアキーをポケットにしまうと、麗奈の前にしゃがみこんだ。
「だって、今見たいなことがあったとき、困るでしょ?」
「う…っ」
「……ねぇ、麗奈。これから先何をするにも、麗奈の意思で動いていいんだからね?」
雅の言葉に、麗奈は首を傾げる。
すると正面から麗奈を見つめていた雅の瞳の色が一瞬翳った。
「…つらいんじゃない?この部屋に来ることが」
「……」
麗奈は何も言えず、うつむいた。理由はわかってる。…事実だからだ。
「麗奈、今日…ちゃんと笑えてなかった。ここへ来て、息が詰まる思いをした。そんな状態なのに…俺は麗奈にプロデューサー続けてほしいだなんて言えないよ…」
「雅…」
「麗奈がつらいなら、もっとほかの方法探すから。もう俺……麗奈のつらそうな顔、見たくない…」
麗奈はそっと目を見開いた。
そっと顔を上げると、悲しげな双眸を目が合う。
(雅は…)
雅は、苦しんでいる麗奈を見て、自分も苦しんでいるんだ。同じように、思いを受け止めてくれている…。
「ねぇ、麗奈…。麗奈は、どうしたい?正直に答えていいんだよ?麗奈の気持ちを教えて。言いたいこと全部、吐き出していいから」
先を促すように、そっと呼びかけるように雅は言う。その瞳、声色、表情。全てが優しかった。正面から見つめていると、本当に眩しいくらいに、優しい色をしている。
「麗奈はどうしたい?どうしてほしい?」
麗奈はぎゅっと、拳を握り締めた。
「………つらい」
「うん…」
「つらいよ…雅…っ。誰も、いないよ…っ。こんなの…やだよ…っ!寂しいよぉ…っ!」
「…わかってるよ」
「何しても…みんなのこと思い出して…っ!!でもそのたびに、胸が痛くて、苦しくて…っ!みんなが笑ってくれるのに、私…っわ、笑い方が…わからなくなって…っ!そんなのじゃ、みんなに、申し訳なくて…っ。でも何も、できなくて…っ!!」
麗奈は両手で顔を覆った。
みんなが自分のために、良かれと思っていろいろな事をしてくれる。笑ってくれる。助けてくれる。でも…麗奈は徐々に、追い詰められていた。焦っていた。
「でも、私…っ!みんなと一緒にいたいんだもん…っ!これ以上、1人になるのは嫌だから…っ!プロデューサーもしたい!音楽を続けたい!」
「…うん」
「もう痛いのやだよ!苦しいのも嫌!でも、みんなのことずっと忘れたくない!忘れられない!もう…泣きたくないよ…っ。強くなりたい…っ。お願い……っ!助けて…っ」
「……わかったよ」
雅はそういうと、麗奈のことをぎゅっと抱きしめた。
「みやび…」
「麗奈、1つ聞いてほしいことがある」
「え…?」
雅は麗奈を抱きしめたまま、そっと自分の口を麗奈の耳元まで持っていく。
そして、そっと。ある事を囁いた。
その言葉に麗奈は、大きく目を見開いた―――――――。




