翳った笑顔
……まず、聞きたい。
「あ、麗奈おはよー」
「おはよー麗奈」
「はよっすー」
「おはよー」
「おはよ、麗奈」
――――どうなったの?これ。
ちょうど5分ほど前、麗奈はふと目を覚ました。
起き上がってみると、そこは自分のベッドだった。ぽりぽりと頭を掻く。
(……夢?)
そう思ったのだが、目元が妙にはれぼったく、少し痛い。泣きはらしてしまったからだ。それが変に、麗奈に現実を突きつけてくる。
痛む胸を押さえるが、それと同時にもう1つの鮮明な記憶が蘇る。
―――麗奈は、俺が守るよ。
―――みんなと一緒に…いたいよ…っ!
(……てことは、あれも、夢じゃないのか)
改めて色々と考えてみる。
……なかなかに、爆弾発言してないか?雅。
(や、ちょっと…頭混乱してきた)
そもそもまずなぜ自分がここにいる?何で普通に寝てる?カーテンは閉まっているが、多分朝。そして今日…平日だよな。いつもは学校に行かなきゃいけない…ってまず、今何時だ。
麗奈は机の上においてある時計を見てぎょっとした。現時刻午前11時過ぎ。完全に色々とアウトだ。
麗奈はそっと頭を抱えた。ここまできたらまぁ仕方がないのだが…。
(あれから、どれくらい時間たったんだろう…雅たちは、一体…)
そう思った瞬間、麗奈ははっとした。部屋の中を見回しても、通学カバンがない。
(リビングかな…)
あの通学カバンには携帯電話を入れておいた。雅たちと連絡を取ろうと思って気が付いた。
(思い出してよかった…)
ほっと息を吐き、ベッドから出る。
すると突然、眩暈のようなものに襲われ思わずベッドに手を付く。
「…っ」
(ここ最近…ろくに何も食べてないや…)
いろんなことがありすぎて、そんな気分じゃなかった。
だって朝はいつも…志帆の手料理で…。
じわっと涙が溢れてくる。もう、嫌だ。
麗奈は痛む目元を無理矢理擦り、涙を拭く。痛みのおかげで少し目が覚めた。
麗奈は息をついて、リビングへと続くドアを開けて――――――。
で、ここから冒頭部分に戻るわけだ、うん。
結果からいうと、リビングに、しかもこんな昼間っから、見慣れた面子の顔があった。
澪と唯夏は窓を拭いていて、真一はフローリング床の雑巾がけ。拓斗は食器洗い。そして雅は――――。
「麗奈、ちょっと遅いけど、朝食食べる?」
朝食を作っていた。いや、もう昼だろ。朝より昼だろ。いや待て、そうじゃなくて…。
「……現状の、説明を願う…」
「わかってるって。驚かせて悪かったな」
「いや、大丈夫、だけど…」
「とりあえず、食べれるだけ食べとけ。きっと最近、ろくに食ってないだろ?ちょっと痩せたぜ、麗奈」
雅の指摘とその優しさに溢れた声、両方にドキッとした。雅は相変わらず優しげな笑みを浮かべている。
麗奈は少しどぎまぎしながらリビングの指定されている自分の席に座った。
すると、ぞろぞろと掃除を終わらせた人から麗奈の側に寄る。
「麗奈、目痛い?保冷材いる?」
「あ、いや。大丈夫です…」
「そ?でもだいぶ腫れたね…。明日までに治るといいんだけどな」
澪はそう言って手を洗った際に冷えた自分の手を麗奈の目元に当てる。ひんやりとしていて気持ちがいい。
「…ていうか、ごめんなさい。掃除やらせたみたいで…」
「あぁ、いいのよ。これはただの好意。よき行いとして受け取って」
「はぁ…」
なかなか現状が受け入れられない。何だこの状況。
(どー…すれば、いいんだろうなぁ…)
何もできないまま、とりあえず麗奈は机の上においてあったお茶を飲み干した。
数分後、全員が集まったため、現状報告。
「昨日、あのまま麗奈疲れて寝ちゃってさ。雅が家まで運んだの」
「あ、ありがと…」
「どーいたしまして」
「それで、早速なんだけど…雅の言った事を、実行しようって話になったの」
澪の言葉に麗奈は思考をめぐらせる。そして、ある結論にたどり着いた。
――どうか…2人の『宝物』。預からせてください。
あの事、だろうか…。
「麗奈の身の回りのことで、手伝えることはできるだけ手伝うよ。麗奈が学校に行ってる間とか、家のことは任せてくれないかな?」
「そんな…悪いです。そんなの…」
「麗奈は何も、遠慮なんて要らないんだよ?麗奈はずっと頑張って…頑張ってたじゃない」
ふと、澪の言葉の語尾に陰りが見えた。だが麗奈が首を傾げるよりも先に、唯夏の言葉が割ってはいる。
「麗奈は学校、部活、それから仕事。やること多すぎでしょ?そんなこと全部やってたら、絶対大変だし休む時間なくなるから。それでなくても、今はまだ休んでてほしい時なのに」
「いやでも…」
「麗奈。1人で抱えるのは許さないよ」
「え…?」
突然の唯夏の言葉に麗奈は目を丸くした。唯夏はそっと、麗奈の肩を叩く。
「…今が大事な時期よ。立ち直るか、このまま崩れていくかは麗奈次第。麗奈が崩れないように、せめて、柱役くらいさせてよ。私たちに支えさせて、麗奈」
「唯夏さん…」
「そー言うことだよ、麗奈」
麗奈の前に座っていた真一と拓斗が白い歯を見せて笑った。
「ちょっとくらい、誰かに甘えることを覚えたほうがいいよ、麗奈は」
「大船に乗ったつもりでいてくれていいんだよ。同じ仕事仲間だし、助けたいんだし」
「真一さん、拓斗さん……」
みんなの心遣いがそっと、心の中を満たしていく。
さっきまでズキズキと痛んでいた胸の痛みが、みんなの言葉で、みんなの想いで、みんなの笑顔で、徐々に和らいでいくのがわかった。傷を完全に癒すことができなくても、そのせいで倒れかかっても、支えてくれる人がいる。
麗奈は、今しかとそれを思い知った。
だからこそ、小さくうなずいた。
「……よろしく、お願いします」
『こちらこそっ!』
みんなが晴れやかに笑ってくれたため、麗奈も――――――。
「……」
「ん?どうしたの?麗奈」
「…いいえ、何でもありません」
麗奈はそう言って息を吐いた。その表情は、どこか引きつっているようにも見える。
「麗奈、やっぱ無理してない?」
「そう見えますか?」
「何か、表情が…」
「あー…。ちょっと、目痛いからかな…」
「後でしっかり冷やしておかなきゃね」
「はい」
澪と唯夏の言葉に促され、うなずいた麗奈。
それに真一たちも加え、なにやらわいわいと話し出す5人。
その光景を、ただそっと見つめていた雅は、人知れずそっと、目を細めた。




