悲劇の交響曲(オラトリオ)
新鮮な空気を胸いっぱいに吸う。清々しい空気を肺いっぱいにためると少し心が落ち着く。が、早鐘を打つ心臓を止めることはできなかった。
ドキドキという音が耳元で響く。
麗奈はもう一度深呼吸をした。
今日は、県大会をかけた大事な試合。その試合に、麗奈はこれから臨もうとしているのだが、どうにも緊張してしまって仕方がない。
(どうしようか…)
「漆崎さん」
「あ、はい!!」
「頑張って!ここ抜けたら県大だから!!」
「はい!」
先輩からの激励の言葉に、威勢よく返すものの正直から元気にもほどがある。でかいのは声だけだ。自信も何もあったもんじゃない。
(こういう局面でど緊張する癖…何とかしたいなぁ…)
とは言うものの、どうしようもならないと言うのが結論。麗奈は大きくため息をついた。
すると突然、背後から聞きなれた声がした。
「そんな大きいため息ついてると、幸せ逃げるよ~?」
「……え?」
ばっと後ろを振り帰って、麗奈は思わず声を上げかけた。
そこには、見慣れた面面があった。
「雅…っ!みなさんまで!?何でここに…」
雅を初めとする、歌い手5人組がそこにいた。
「いやぁ、今日仕事もないしさ、暇だしさ。だったらちょっと応援行こうかーってなって」
「バドミントンの観戦なんで初めてなの。楽しみだわ」
「それ余計プレッシャーかけてねぇ?」
唯夏は真面目に突っ込まれて、少しだけ頬を膨らます。最近wかったのだが、唯夏はたまに子どもっぽくなる。まぁ、そこが可愛い。
「で、志帆さんに場所聞いて、来たってわけ」
「…またお母さん余計なことを…」
「来ちゃダメだった?」
「ダメなんてことはないですけど…今もうど緊張してて…もう心臓壊れそうで…」
「県大会かかってるんだもんね。そりゃ緊張するか」
澪が何度かうなずいた。
「でもさ、こういうときに1番いいのって、何よりも自分の好きな事と準えて考えるといいらしいよ?」
「好きなことと…準える?」
「そそ。好きなことやってる時と、同じ感覚でやると、1番いいらしい」
「へぇ…」
楽観的だが、確かにそうかもしれない。頭真っ白になるよりかは、楽しい事を思い浮かべてやるほうがいいだろう。
(楽しいことね…)
麗奈は少し考えた。自分にとって1番楽しいこと…楽しいこと…。
「……うん。まあ考えるまでもなかったかな」
結果はすぐに出た。
その事を頭の隅に置き、もう一度深く深呼吸した。
(…なんだろう。さっきより楽)
痛いほどの鼓動が少しだけ収まった気がする。
(みなさんと話したからかな…)
「あ、ちょっとだけ吹っ切れた顔してんな」
「あ、わかる?」
「わかりやすい」
雅はそう言ってにっと笑った。それに麗奈は思わず照れ笑いを浮かべた。
「でもま、吹っ切れた顔してる!しっかりやって来い!!」
「おぉし!!任せろ!!」
麗奈はそう言って勢いづいた。澪、唯夏、真一、拓斗、そして雅の順に麗奈はみなとハイタッチをし、一足先に会場へと向かっていった。
その背か見えなくなるまでしっかりと見送った雅たちは、その後そそくさと会場へと入っていった。
会場は超満員。座るところが見つからなかったが、前のほうに立てる位置を見つけたためそこに陣取る。ざわつく場内からもれる声の中に、こんな声があった。
「今年はどうなるんだろうねぇ。誰が県大会いけるのかな?」
「やっぱさ、丘桜高校の漆崎さんじゃない?」
「あぁ、去年惜しかったんだっけ?でも市総体準優勝でしょ?すごいよねぇ」
「絶対王者とか言われてる山峰高校の安東さん倒すのは、丘桜の漆崎!って言われてるくらいだもんね」
ちらほらと聞こえてくる麗奈の名。雅たちは顔を見合わせる。
「……麗奈ってさ」
「…思ってた以上に、すげぇの?」
「…市総体準優勝…。まじか…」
何となくその部分に触れてこなかったからwからなかったが、ここまで来て初めて知った。麗奈は、かなり強い。
「ホント、麗奈って何でもできるんだねぇ…」
「羨ましいか?」
「まぁね。でも、一緒に歌ってればそんなこと気にしてる暇ないし。特別だろうと麗奈は麗奈だもん」
「御もっとも」
真一は澪の言葉にふっと微笑を漏らした。
その時、場内にアナウンスが響き渡る。
『これより、試合を開始します。コールされた選手は速やかにコートへ移動してください』
「お、始まったな」
アナウンスが響いてくると、ざわつきのあった場内が違った形でざわつき始める。
会話やおしゃべりが全て、応援に変わる。
『第1コート丘桜高校、漆崎麗奈さん。高山高校、真島瑞穂さん』
「麗奈来たー」
場内を見渡すと、動きやすい服装に着替え、いつも無造作に下ろしている髪を高く結った麗奈の後ろ姿が目に入った。麗奈の側には付き添いの教師と先輩らしき人がいた。
するとふと、何の前触れもなく麗奈がこちらを向いた。
麗奈はすぐに雅たちを見つけると、口パクで何かを伝えていった。
「な、何で言ってるの?」
一言一言、かみ締めるように麗奈は言うと、にっこり笑ってコートへ入っていく。
「もう!何て言ったかわかんなかった!!」
「…『いってきます』だろ」
「え?雅わかったの?」
「何となくな。この状況であいつが言うのはそういう言葉だろ」
雅は手すりにもたれかかって、麗奈の後姿を見つめた。
(がんばれよ、麗奈)
心のそこで言った言葉だが、自然と麗奈には伝わっているような気がした。
この言葉が、どうか麗奈の支えになりますように――――――。
試合はほとんど圧倒的なスピードで進んでいった。
初戦から順調に勝ち上がっていった麗奈。気が付けばすでにもう3位決定戦となっていた。ルールも何もわからないが、ただ1ついえること。
『麗奈強ぇ…』
「ここまでセット1つ落としてない。これ本当に県大かかった試合か?」
「圧倒的だわ」
「でも…麗奈の次の相手って、あの安東とか言う人でしょ?」
澪の言葉にはっとした。さっき観客の誰かが言っていた。
「強敵現るだな」
「大丈夫かな、麗奈…」
『ご来場の皆様にご案内申し上げます。これより3位決定戦を行いますが、その前に休憩を入れたいと思います。選手の皆さんは十分に水分を取り―――』
「休憩か」
ずっと試合を見続けていたため、こちらも少し緊張していたのかもしれない。休憩という言葉を聞くと少し息を漏らしてしまう。
「どうする?」
「そりゃ決まってるでしょ」
5人は顔を見合わせて微笑んだ。
1階のロビーで休んでいた麗奈は大きく息を吐く。
(ここまでペースは順調。リズムにものれてる。いい感じ。このまま進めるのがベストだけど…)
次の相手は強敵。今までと同じようにはいかないか…。
(でも…)
今まで見たいな不安はない。緊張があっても、自然と顔は綻んでいる。
(楽しいな…)
澪の言った一言で、麗奈は大いに救われた。
――何よりも自分の好きなことと準えて考えるといいらしいよ?
麗奈の好きなこと。好きなもの。それすなわち―――。
(音…音色…リズム…テンポ…声…)
音楽にまつわること。その全てが、麗奈にとっての楽しみ。
1つの音から音楽を生み出し、リズムと共に息を吐く。
そういった事をしていると、自然といいテンポができてきたのだ。
(こりゃ、澪さんには何かして上げないとな…)
いいアドバイスをもらったものだ。こわばっていた筋肉も、音の力により自然と和む。緊張していた麗奈の心は、いつの間にかほわっとした暖かい空気に触れているような感覚に陥っていた。
不思議なものだ。簡単にこんなことができてしまうなんて。
麗奈は人知れず笑みをこぼしていた。
すると、突然なにやらあたりがざわつく。前方方向には各校の教師、顧問の先生などの控え室があるのだが、どうにも騒ぎはそこかららしい。
どうしたのだろうと考えていると、突然誰かに肩を叩かれた。
「きゃ…っ!」
「あ、ごめん。驚かした?」
麗奈が後ろを振り返ると、にっこりとした笑顔を浮かべた澪がいた。その後ろから残りの4人も向かってくる。
「みなさんおそろいで。どうかしたんですか?」
「麗奈さ、次当たる人強いんでしょ?大丈夫?」
「やるっきゃないのはわかってますから!それに、澪さんのアドバイスすごい効いてるみたいで、調子いいんです!」
「ホント!?よかった」
澪が笑顔を浮かべ、とても嬉しそうなのを見て、麗奈も釣られて笑顔になる。
「がんばってね!麗奈」
「最後まで応援してるからな!」
「叩き潰せ!」
「期待してるわ」
「がんばれよ、麗奈」
「うん!頑張る!!」
麗奈は強く拳を握った。
簡単に勝てないのはわかっているけど、こうやって応援してくれる人がいることが何よりもの支えだ。緊張の半面、嬉しい気持ちのほうが強い。
(頑張らなきゃ…っ!!)
「…そういえばさ、次の試合っていつからなの?」
「えっと、次は1時30分からで―――」
そういいながら時計を見上げてた麗奈は驚いた。
現時刻は1時40分。試合開始時間を10分もオーバーしていた。
「何で!?アナウンスかかってないのに…っ!」
「30分からなの?でもフロアまだ誰もスタンバイしてなかったわよ?」
唯夏の言葉に麗奈は顔をしかめた。
「一体どうなって―――――」
「漆崎さんっ!!!」
「え…っ?」
麗奈はいきなりや以後から呼ばれ驚く。
振り返ると、なぜか血相を抱えた麗奈の学校の顧問がいた。
「先生、一体どうし―――――」
麗奈がそこまで言うと、顧問の教師は突然麗奈の両肩を掴んだ。
「せ―――」
「漆崎さん…っ!!心して、聞いて頂戴…っ!」
教師の言葉に、この場にいた誰もが息を潜め、息を呑んだ。
何だろう。嫌な予感がする。
「どう、したんですか……」
やっとの思いでそう聞くと、教師は麗奈の瞳を真っ直ぐ見つめる。
そして―――――
――ご家族のみなさんが、事故に遭われたらしいの
「――――――ぇ…?」
かすれた息が漏れた。
「今すぐ病院にいきなさい!大きな事故だったらしいわ!こっちは何とかするから!!あなたは早く―――」
教師はなにやら長々としゃべっていたが、麗奈にその声は届いていない。
ところどころ、雅たちが声をかけてきたことも耳は認識している。が、何かを行動に移すことはできなかった。
――事、故…?お父さんたちが?みんなが…?
頭がその言葉を認識しなかった。
だってそれは噓だと思ったから。
だって朝、笑顔だったもん。黒い服に身を包んでいたけど、でも麗奈をしっかり見送ってくれた。頑張れって言ってくれた。いってらっしゃいって、お母さんたちもねって…私、頑張って…県大会進むからって…そう、言って……。
ぐるぐると巡る思考はやがて、麗奈の心や体までも停止させた。
(噓だよね…お父さん、お母さん…)
何も考えられなくなった麗奈が最後に思ったことは、そんなことだった。
そして数時間後。麗奈は――――――。




