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きみが星をほどくまで  作者: さくらつむぎ


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9/22

1-8 孤立と転入

(8)生徒会長の観察眼

放課後、生徒会室。

生徒会室は校舎中央棟の最上階にあり、学院内でも比較的人の出入りが制限された場所だった。とはいえ静寂とは程遠い。提出書類の束、各方面から上がってくる予算申請、演習場使用許可、貴族生徒同士の揉め事の仲裁依頼――新学期初日の生徒会は、例年通り忙しかった。


その中心で、会長の席に座っているアレン・アルシェリアは一枚の書類へ視線を落としていた。


「転入生ですか?」


書類整理をしていた副会長のセシル・アークライトが顔を上げる。


「珍しいですね。殿下がわざわざ個人書類を見るなんて」


「転入生は目立つからね。一応確認だけ」


穏やかに返しながら、アレンは書類を閉じる。

メイ・マーガレット、地方都市出身。二年編入。

経歴に不自然な空白はない。成績も“優秀寄り”程度へ綺麗に調整されている。提出内容だけ見れば、むしろ地味な生徒だった。

だからこそ逆に、引っ掛かった。


昼休みのあの態度。刺客か、否か。はたまた王に送られてきた新しい護衛か、否か。


「……妙なんだよね」

「妙、ですか」

「この書類違和感がない」


セシルが怪訝そうに眉を寄せる。アレンは小さく笑った。


「綺麗に作られすぎた経歴って、逆に浮くんだよ」


本当に自然な人間の履歴には、多少の偏りや粗がある。得意不得意。感情による選択。人間関係。

メイ・マーガレットの提出書類には、それが妙に少なかった。均整が取れすぎている。

まるで、“普通”を模倣したみたいに。


「考えすぎでは?」

「かもね」


アレンは否定しなかった。

昼休みに食堂で見た転入生の姿が、まだ頭のどこかへ残っている。


暗い髪。そしてあの目。自分に対して向けられる目は大体2つに分かれる。好意的かそうでないか。

マーガレット嬢の目はそのどちらでもない、むしろ自分に対して興味がないとまで言いたげな目をしていた。

地方だから僕の立場についてあまり知らないのかとも思ったが、はっきり"殿下"と言っていた。


「……」


窓際へ視線を向ける。


普通の生徒ではない。

少なくとも、“ただの地方出身者”ではない。それだけは確信に近かった。一体何者なんだ、


「殿下?」

「いや」


呼ばれて、アレンは思考を切り替えるように笑みを浮かべた。


「少し面白そうだと思っただけ」


生徒会長として、王子として、人を見ることには慣れている。相手が何を隠しているのか。

どんな距離を望むのか。どこまで踏み込めば壊れるのか。

そういうものを観察する癖が、幼い頃から抜けない。

そしてメイ・マーガレットは、明らかに“隠している側”の人間だった。

何故か不思議と、不快感はない。むしろ、どこか似ている気がした。

そもそも僕に興味がないという目をしておきながら、上辺では適当なことをつらつらと並べていた。

なんなんだ、一体。


「……」


無意識に、自分の指先へ視線を落とす。


誰かに期待されること、常にゆとりがあり笑顔で、みなの"理想の王子"で居続けること。

それは自分の周りから与えられた存在価値で、今さら窮屈とも思わない。

思わない、はずなのに。

昼休みのあの少女だけは、自分を見た瞬間、あの一瞬だけ、“王子”ではなく、“人間”として警戒していた。

それが少しだけ、印象に残っていた。


夕暮れ。

空はまだ僅かに青を残しているのに、学院の灯りはもう一つ、また一つと点き始めていた。

授業を終えた生徒たちが寮へ戻り、各々の時間を過ごしていた。

壁の向こうでは笑い声が弾み、扉の開閉音。階段を駆け上がる足音。

昼間の学院とは違う。

張り詰めた空気がほどけて、“学生生活”というものが一番色濃く出る時間だった。

その喧騒を遠く聞きながら、ミシェルは自室の椅子へ深く身体を沈める。


「……疲れた」


心底、という声だった。


制服のリボンを解き、机へ突っ伏しかける。


“普通の人間らしく振る舞う”ことに疲れる。

笑うタイミング。返事の温度。視線を合わせる長さ。術式より難しい。

山奥で術式だけ解いていた頃の方が遥かに楽だった。


「初日でそれ言ってたら先が思いやられるぞ」


ベッドへ転がっていたノアが呆れた声を出す。


「もう帰りたい」

「初日で逃亡か」

「……」

「まあ、いいんじゃね」

「よくないでしょ」


ミシェルは机へ視線を落とした。

まだ解けていない未完成の演算式が目に入り、思考が切り替わると、ミシェルは無意識にペンを手に取る。

基礎式自体は簡単だ。ただこの術式構造は古い。

この固定座標式へ別位相演算を噛ませれば、昨日解けなかったあの構築陣の誤差補正に使えるかもしれない。


さらさら、と。

紙の上へ追加式が流れ始める。


星力循環の再定義。補助演算の多重化。いや、違う。

これだと位相干渉が起きる。

なら術式核を分離して――


「また始まったよ…」


ノアが半笑いになる。


「人間関係で死にかけてた奴とは思えねぇ集中力」


聞こえていない。

ミシェルの意識は完全に術式へ沈み始めていた。


あと少し、あと一箇所、そこを書き換えれば――


視界の端に、金色が映り、ペン先が止まる。


ミシェルはゆっくり顔を上げた。


窓の外、寮裏の中庭。

夕暮れの薄明かりへ沈みかけた石畳の中央に、一人の男子生徒が座っていた。

金色の髪。膝の上へ開かれた本を静かにページを捲る指先。アレン・アルシェリアだった。

ミシェルは無意識に眉を寄せる。


……あんなところで何を?もうすぐ日が暮れるというのに、本?

生徒たちの動線から微妙に外れた位置。

護衛もいなければ、人気も薄く、王族が一人でいるには不用心すぎる場所。


…なんであの位置に?

背後の死角。周囲の視認範囲。逃げ道。

全部が妙に整いすぎている。無防備に見えて、無防備じゃない。


「あれ“待ってる”な」


ノアが低く呟く。

ミシェルも同じことを思っていた。


誰か、あるいは、“何か”を誘き出すみたいな佇まい。

その瞬間、ミシェルの表情が消えた。


ーーまずい!!


学院に着いた際に念のために学院外周へ張っていた広域結界。その西側へ微細な干渉。

それと同時に昼間、生徒たちへ紛れ込ませていた紙の一体が、鋭く警鐘を鳴らした。


――敵意検知。対象。アレン・アルシェリア。


ミシェルは慌てて立ち上がり、椅子が大きな音を立てて倒れる。


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