1-7 孤立と転入
(7) 約束の昼休み
生徒たちの視線が、一方向へ自然に集まっていた。
金色の髪。整いすぎるほど整った笑顔。
人混みの中心にいながら、好奇にさらされながら、それでも周囲全員へ気を配っているのが分かる立ち振る舞い。
まるで“人に見られること”へ最適化された存在だった。
好意に混じって、嫉妬も、敵意も、値踏みもある。
それでもアレンは、誰ひとり取りこぼさないみたいに視線を返していた。
ミシェルは思わず足を止める。
隙がない。
「護衛対象はっけーん」
探す前に現れてくれるのは好都合だ。
敵意を向けている生徒には術式を組ませた簡易的なアラート付き探査機の紙をつけておこう。
ミシェルが小さな紙片を取り出し、指先で術式を書く。紙が透明になるとふっと飛んでいく。
殿下に対して悪意ある行動をした時、そのアラートはかなり大きな音で鳴り響くようになっている。ただしこのアラートは取り憑いた人間にしか聞こえない。
一応護衛用のものを殿下にも飛ばしておくか。
その時、アレンの視線がこちらへ向いた。
人混み越しに、まっすぐ。
…バレたか、いやそんなはずはないな。
一瞬だけ、視線が合ったので、愛想笑いを返すとアレンもそれに応えた。
その笑みは、驚くほど自然だ。
作り物めいているのに、不思議と不快感がない。周囲へ向ける柔らかな空気も、視線の流し方も、相手を緊張させない距離感も、すべてが洗練されている。
だからこそ逆に、ミシェルは少しだけ警戒した。
「絶対腹黒い。あいつ、絶対真っ黒だ」
ノアが即座に断定する。同感だった。
もっとも、その失礼な感想を表へ出すほどミシェルも愚かではない。視線だけを静かに逸らし、そのままリリィの後ろへ続く。
「……?」
不意に、背後の空気がわずかに近付いた気がした。
「こんにちは。君が転入生のメイ・マーガレット嬢かな?」
穏やかな声。距離感がおかしい。
ミシェルが振り返ると、さっきまで廊下の向こう側にいたはずの第二皇子――アレン・アルシェリアが、すぐ近くまで来ていた。
近くで見ると、余計に完成度が高い。
光を受ける金髪も、整った顔立ちもそうだが、一番厄介なのは空気だった。
王族特有の圧を消しながら、それでも周囲が自然に道を開けてしまう。
立っているだけで、“人の中心”になる人間。
リリィがぱっと表情を明るくする。
とりあえずスカートを軽く持ち上げて一礼しておこう。
「アレン殿下!」
「やあ、リリィ。新しいお友達?」
「はい! 今日転入してきたメイちゃんです」
勝手に紹介が進んでいく。ミシェルは内心だけで小さく遠い目をした。
こんなに早く護衛対象と接触するとは。
「いやー、相変わらず不味そう」
うるさい。そもそも護衛対象を駆逐対象にするな。
アレンの視線が静かにこちらへ向く。
その瞳は笑っているのに、どこか妙に観察的だった。
「メイ・マーガレット嬢?」
「…はい。お目にかかり光栄です。メイ・マーガレットと申します」
式典で何度か会ってはいるが、直接話すのは初めてだ。
「緊張してる?」
「はい」
色んな意味で。
咄嗟に返した言葉は、思ったより自然だった。
アレンは小さく笑う。
「安心して。うちの学院、見た目ほど堅苦しくないから」
“うちの学院”。
その言い方が妙に板についていた。
まるで学院そのものを自分の庭みたいに扱う声音。実際、名字が学院の名前に入っているのだから、それだけの立場なのだろう。
「ありがとうございます、"殿下"」
先ほど同様にスカートを軽く持ち上げて一礼する。
「敬語じゃなくてもいいよ。同じ学院の生徒同士だし」
無理があるだろ。誰が皇子にタメ口で話せるんだよ。リリィでさえ敬語だっただろ。
心の中で即座に突っ込む。
王族相手へ気軽に話せる人間の方が少ない。
だがアレン本人は、それを理解した上で距離を詰めている気配があった。
相手を緊張させないための会話運び。視線の置き方。声の温度。全部が上手い。
「メイも勉強しろよ」
「……」
「今ちょっと参考にしようとしたろ」
してない。多分。
アレンはそんな内心など知らないまま、穏やかに笑みを浮かべる。
「困ったことがあったら、生徒会室に来るといい。転入直後って意外と大変だからね」
「お心遣い痛み入ります」
その返答を聞いて、アレンは満足そうに目を細めた。
「うん。じゃあ、良い昼休みを」
それだけ言い残し、生徒たちの輪の中へ戻っていく。
去った後も、周囲にはどこか華やいだ空気だけが残っていた。
リリィが小さく息を漏らす。
「やっぱりアレン殿下ってすごいよねぇ」
「人気あるんだね」
「うん。本当に優しくて、親身になって話を聞いてくれるし、アドバイスも的確なんだよね」
ミシェルはアレンの背中をぼんやり見つめる。
違和感は消えるどころか確信へと変わっていく。
あの人は、多分。
“優しい顔"の仮面が外せないんだろうな。
鳥籠の中で育った鳥は、空を知らない。自由を奪われたことに気づきながら、それでも自分へ向けられた期待にだけは漏れなく応えるように、綺麗に羽を整え続けている。
――なんとなく、ほんの少しだけ、似ていると思った。




