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きみが星をほどくまで  作者: さくらつむぎ


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8/22

1-7 孤立と転入

(7) 約束の昼休み

生徒たちの視線が、一方向へ自然に集まっていた。

金色の髪。整いすぎるほど整った笑顔。

人混みの中心にいながら、好奇にさらされながら、それでも周囲全員へ気を配っているのが分かる立ち振る舞い。

まるで“人に見られること”へ最適化された存在だった。

好意に混じって、嫉妬も、敵意も、値踏みもある。

それでもアレンは、誰ひとり取りこぼさないみたいに視線を返していた。

ミシェルは思わず足を止める。


隙がない。


「護衛対象はっけーん」


探す前に現れてくれるのは好都合だ。

敵意を向けている生徒には術式を組ませた簡易的なアラート付き探査機の紙をつけておこう。

ミシェルが小さな紙片を取り出し、指先で術式を書く。紙が透明になるとふっと飛んでいく。

殿下に対して悪意ある行動をした時、そのアラートはかなり大きな音で鳴り響くようになっている。ただしこのアラートは取り憑いた人間にしか聞こえない。

一応護衛用のものを殿下にも飛ばしておくか。

その時、アレンの視線がこちらへ向いた。

人混み越しに、まっすぐ。


…バレたか、いやそんなはずはないな。


一瞬だけ、視線が合ったので、愛想笑いを返すとアレンもそれに応えた。

その笑みは、驚くほど自然だ。

作り物めいているのに、不思議と不快感がない。周囲へ向ける柔らかな空気も、視線の流し方も、相手を緊張させない距離感も、すべてが洗練されている。

だからこそ逆に、ミシェルは少しだけ警戒した。


「絶対腹黒い。あいつ、絶対真っ黒だ」


ノアが即座に断定する。同感だった。

もっとも、その失礼な感想を表へ出すほどミシェルも愚かではない。視線だけを静かに逸らし、そのままリリィの後ろへ続く。


「……?」


不意に、背後の空気がわずかに近付いた気がした。


「こんにちは。君が転入生のメイ・マーガレット嬢かな?」


穏やかな声。距離感がおかしい。

ミシェルが振り返ると、さっきまで廊下の向こう側にいたはずの第二皇子――アレン・アルシェリアが、すぐ近くまで来ていた。

近くで見ると、余計に完成度が高い。

光を受ける金髪も、整った顔立ちもそうだが、一番厄介なのは空気だった。

王族特有の圧を消しながら、それでも周囲が自然に道を開けてしまう。

立っているだけで、“人の中心”になる人間。


リリィがぱっと表情を明るくする。

とりあえずスカートを軽く持ち上げて一礼しておこう。


「アレン殿下!」

「やあ、リリィ。新しいお友達?」

「はい! 今日転入してきたメイちゃんです」


勝手に紹介が進んでいく。ミシェルは内心だけで小さく遠い目をした。

こんなに早く護衛対象と接触するとは。


「いやー、相変わらず不味そう」


うるさい。そもそも護衛対象を駆逐対象にするな。

アレンの視線が静かにこちらへ向く。

その瞳は笑っているのに、どこか妙に観察的だった。


「メイ・マーガレット嬢?」

「…はい。お目にかかり光栄です。メイ・マーガレットと申します」


式典で何度か会ってはいるが、直接話すのは初めてだ。


「緊張してる?」

「はい」


色んな意味で。

咄嗟に返した言葉は、思ったより自然だった。

アレンは小さく笑う。


「安心して。うちの学院、見た目ほど堅苦しくないから」


“うちの学院”。

その言い方が妙に板についていた。

まるで学院そのものを自分の庭みたいに扱う声音。実際、名字が学院の名前に入っているのだから、それだけの立場なのだろう。


「ありがとうございます、"殿下"」


先ほど同様にスカートを軽く持ち上げて一礼する。


「敬語じゃなくてもいいよ。同じ学院の生徒同士だし」

無理があるだろ。誰が皇子にタメ口で話せるんだよ。リリィでさえ敬語だっただろ。

心の中で即座に突っ込む。

王族相手へ気軽に話せる人間の方が少ない。

だがアレン本人は、それを理解した上で距離を詰めている気配があった。

相手を緊張させないための会話運び。視線の置き方。声の温度。全部が上手い。


「メイも勉強しろよ」

「……」

「今ちょっと参考にしようとしたろ」


してない。多分。

アレンはそんな内心など知らないまま、穏やかに笑みを浮かべる。


「困ったことがあったら、生徒会室に来るといい。転入直後って意外と大変だからね」

「お心遣い痛み入ります」


その返答を聞いて、アレンは満足そうに目を細めた。


「うん。じゃあ、良い昼休みを」


それだけ言い残し、生徒たちの輪の中へ戻っていく。

去った後も、周囲にはどこか華やいだ空気だけが残っていた。

リリィが小さく息を漏らす。


「やっぱりアレン殿下ってすごいよねぇ」

「人気あるんだね」

「うん。本当に優しくて、親身になって話を聞いてくれるし、アドバイスも的確なんだよね」


ミシェルはアレンの背中をぼんやり見つめる。

違和感は消えるどころか確信へと変わっていく。

あの人は、多分。

“優しい顔"の仮面が外せないんだろうな。

鳥籠の中で育った鳥は、空を知らない。自由を奪われたことに気づきながら、それでも自分へ向けられた期待にだけは漏れなく応えるように、綺麗に羽を整え続けている。


――なんとなく、ほんの少しだけ、似ていると思った。



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