1-9 孤立と転入
(9)監視者
窓際へ歩み寄るがカーテンに隠れながら、星力感知で位置を捉える。
渡り廊下の影、柱の死角。
一人の男子生徒が、昼間に仕掛けた術式の紙が反応する中、周囲を気にしながらも震える指で術式を構築していた。
未熟で構築速度がかなり遅く星力圧縮も甘いが、向けられている先だけは明確だった。
アレン。
「っ、ぅ……!」
男子生徒は歯を食いしばり、恐怖で顔を青ざめさせながら、それでも無理やり術式を維持しようとする。
焦りで星力配列が歪み、崩れる。組み直す。
執着だけで繋いでいるような術式だった。
ミシェルは冷めた目でそれを見下ろす。
……下手だなぁ。
敵意を向けながら実行に移さない人間が大多数だと、それも王族相手ならなおさらそうだと思っていたが、その考えは甘かったようだ。
さて、どうするか。彼の術式が完成する道筋は既に絶ったが、諦める様子はない、か。
ミシェルは静かに別の星力を流し、思念伝達を試みる。
男子生徒の意識へ、“声”を直接落とす。
『――やめろ』
「ッ!!?」
術式が大きく乱れた。
男子生徒が周囲を見回す。
誰もいないし、気配もないのに、頭の中へ直接声だけが響く。
『次はない』
呼吸が止まる。
『これ以上殿下へ敵意を向けるな』
「だ、れだ……っ」
『お前には届かない』
ぞわり、と。男子生徒の全身から血の気が引く、それはまるで背後へ刃物を突き付けられているみたいな感覚。
どこから見られているのかも分からず、逃げ場がない。
『次、第二王子へ術式を向けた瞬間』
『お前の星力回路を全て断つ』
「ぁ……」
術式が完全に崩壊し、恐怖で制御が切れている。
男子生徒はそのまま半ば転ぶように走り去った。
静寂。
夕風だけが木々を揺らす。
ミシェルはゆっくり息を吐き、結界を整え、倒れた椅子を戻し、再び術式へ向き合う。
視界の隅に入る第二王子の姿は、先ほど去っていた男子生徒がいる柱を見ていた。
あの王子が、殺気に気付かないはずがない。
殿下に護衛用の術式の紙を貼ろうとしたがすぐに何事もなかったかのように燃やされてしまったのだから。
自分を囮に使い、何かを誘き出そうとしていたのだろうか。
もしくは殿下は星術に優れ、大抵の敵は倒せてしまうのだろうか。
自分の手で自分に殺意を向けた人間を片付けたかったのだろうか。
いや、自分の手を汚したい人間はいないか。いくら殿下でも…それは。
あの男を現行犯で捕まえ処分したかった…ぐらいならあり得る話だな。
済んだからもういいや…早く研究の続きを…。
日が落ちるのは早かった。
学院の広大な敷地を囲う結界が空の光を僅かに屈折させるせいか、日が落ち始めると景色は一気に色を失っていく。
寮の窓にも外の灯りが反射していた。
外からは貴族子息令嬢たちの談笑の声、遠くから聞こえる弦楽器の音が聞こえている。
この学院で暮らす大半の人間にとっては、平和に過ごせているらしい。
ミシェルは窓際へ頬杖をつきながら、無言で夜の学院を眺めていた。
いつのまにか第二王子のアレンの姿も裏庭にはなかった。
机の上には未完成の術式。
「…はぁ」
先ほどから既に三度、自分で張った結界が揺れた。
移動した殿下の先々で起こっているのか、全部場所が違っていた。
一度目は軽い敵意。二度目は監視。三度目は、実行未遂。
「なんだ、この学院は」
どれも稚拙で、生徒特有の未熟な星力制御。感情だけ先走った構築式。殺意というより、“憎悪の真似事”に近い。
回数が多すぎる。敵意があったとしても、なぜこんなにも無計画のように攻撃しようとするのだろうか。この国の貴族はどうなっているのか。
相手はこの国の王になるかもしれない人物だぞ。
ベッドの上で丸くなっていたノアが、珍しく低い声を出す。
「あまりにも多いな」
「星力を制御しながら感知して対応するのってかなり…」
「俺が行って消してこようか」
「うん、ダメだよね」
昼間まではもっと限定的でそれが今回の任務の基準になるのだと思っていた。
第二王子という立場上、敵対派閥が存在するのは当然だとしても、実際に学院内部へ入り込んでみると、空気は想像以上に濁っていた。
敵意そのものが、そこら中へ沈殿している。
表面上圧倒的な人気者が、どうしてこんな数の敵意を?
水面下で"アレン・アルシェリアを失脚させたい人間”が存在するというのは、あり得る話だろう。
失脚と言えばまだ言葉に重みがないかもしれない。存在自体を狙っている人間がこの学院内にいる。なぜ王子相手にここまで牙を向けられるのか不思議でならない。
ミシェルは小さく息を吐き、覚悟を決めたのか、机の端へ置いていた星盤へ指先を触れさせる。
先ほどの襲撃後に未完成の術式より優先し、複数の術式を組みこませた。
星盤からは薄い光が広がる。
学院全域へ張り巡らせた感知式。昼間に放った術式の紙たち。外周結界。
複数の術式が、静かに夜を監視している。
ミシェルは、それを当たり前みたいに制御していた。
「あのさぁ」
ノアが呆れたように尾を揺らす。
「普通、広域結界と索敵式って別術者が管理するもんなんだぞ」
「知ってる、だから星盤に落とし込んだでしょ」
「知っててやってんのが怖ぇんだよ」
ミシェルは返事をしなかった。
――ぴし
結界の一角へ、微細な亀裂音みたいな感覚が走る。
ミシェルの目が細くなる。
さっきまでの生徒たちとは違う。
星力圧縮が滑らかで、術式構築の癖も、無駄がない。ここの生徒じゃない。
外部だ。
同時に、学院西側の林付近で空間座標が僅かに歪む。
侵入術式。それも、かなり慣れている。
「西だ!急ぐぞ!」
ここからでは制御した力では届かない。近づくしかーー
ミシェルは立ち上がり、ローブを羽織り、顔が見えないようにフードをかぶり、ノアと共に学院の西の裏口付近に向かう。
窓の外では、空の青は消え、学院の灯りだけが浮かび上がっている。




