1-5 孤立と転入
(5)メイ・マーガレット
新学期初日というだけで朝の鐘が鳴るより早く登校してくる生徒たちの声が、廊下へ絶え間なく反響している。久しぶりの再会を喜ぶ声。新しいクラス分けに一喜一憂する声。休暇中の出来事を語り合う声。
教室に入るあと一歩が、足枷がつけられたかのように重い。
無数の声が重なるだけで、思考の輪郭が少しずつ削られていく。今日から偽りの日々が始まる。ミシェル・レイフィールはここに存在しない。
「ミシェルなら大丈夫だよ。だって、ほら、たまに街に降りた時とかもさ、別人みたいだったし」
透明化した小型犬ぐらいのサイズになっているノア。
「どうしたら任務期間終わるんだろ」
「やっぱ学院ごと消すか」
「国家反逆罪で永久追放だわ」
後方から自分について言われている小さな声が聞こえる。ミシェルは聞こえないふりをした。
今日からはこんな視線にも、第二皇子のような完璧な笑顔を見せなければならない。
ミシェルはやっと決心がついたのか、静かに扉へ手を掛ける。
開いた瞬間、教室の空気がわずかに止まった。
教室中の意識が、ほんの一瞬で“転入生”へ集中していた。今のところ昨日のような魔力感知はない。
……帰りたい。
着慣れない制服の裾をぐっと掴む。
白を基調にした上質な生地へ、銀糸で紋章が刺繍されている。防護魔術まで編み込まれているあたり、金のかけ方が完全に貴族社会だった。
周囲の生徒たちはその制服を当たり前のように着こなしている。
「はいはーい、席着けよー」
間延びした声と共に、教壇へ立っていた男性教師が軽く手を叩く。
二十代後半ほどだろうか。赤茶の髪を後ろで束ね、教師にしては少し気怠げな空気を纏っている。
「今日からこのクラスに新しく入るメイ・マーガレット嬢だ。いじめ禁止、詮索禁止、以上」
雑。
ミシェルは少しだけ目を瞬かせた。
その軽さのおかげで教室の空気も必要以上に重くならず、生徒たちの視線が少しだけ散っていく。
「席、一番後ろ空いてるからそこに。じゃ、HRは以上」
ありがたい。非常にありがたい。
ミシェルは内心だけで教師へ感謝しながら、窓際最後列の席へ向かった。
「勝ったな」
「何に」
「席運」
ノアの声を聞き流しながら椅子へ座る。
窓の外では春の風に木々が揺れていた。教室のざわめきが少しずつ戻っていく。
これなら大丈夫かもしれない。
誰とも深く関わらず、静かに過ごして、任務だけ終わらせればいい。なんなら第二皇子と同じクラスに入れてくれたらよかったのに。
そう思った、その時だった。
「ねぇ」
隣の席から、不意に声が落ちてくる。
ミシェルが視線を向ける。
そこには、小柄な少女が座っていた。ふわりとしたパステルピンクの髪。春の若葉みたいな緑色の瞳。そして、人懐っこい笑顔。
「メイちゃん、って呼んでいい?」
まるで最初から友達へ話しかけるみたいな声だった。




