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きみが星をほどくまで  作者: さくらつむぎ


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19/22

3-1 近すぎる嘘

(1)日常の均衡

学院という場所は、不思議な均衡の上に成り立っている。

身分。家格。成績。才能。

本来であれば衝突するはずのものが、規律と慣習によって辛うじて同じ空間へ押し込められている。

だから一度騒ぎが起きても、時間が経てば何事もなかったように元へ戻る。

あるいは戻ったように見えるだけかもしれない。教師による不正もそうだった。

学院内部では調査が行われ、関係者は処分された。

噂は数日ほど食堂を賑わせたが、それも今では別の話題へ置き換わっている。

生徒たちは忙しい。

他人の不祥事を長く覚えているほど暇ではないらしかった。ミシェルにとっては、その方が都合が良かった。目立ちたくない。

本気でそう思っている、思っているのだが。


「マーガレット嬢」


朝一番、教室へ入った瞬間に聞き覚えのある声に呼び止められた。

なぜここにいる。三年はもう一つ上の階だろう。

振り返る前から嫌な予感がする。悪いものほど予感は大抵当たる。嫌な予感とはそういうものだ。


「おはようございます、殿下」

「おはよう」


アレンは爽やかに微笑んだ。

その笑顔だけで周囲の空気が少し変わる。

王族というものは存在そのものが目立つ。

本人が望んでいるかどうかは関係ない。


「放課後、少し時間を貰えるかな」

「嫌です」


即答だった。アレンが小さく笑う。


「まだ何も言ってないんだけど」

「大体予想がついてますので」

「そう?」

「生徒会ですね」

「正解」


当たってほしくない予想ほど当たる。

ミシェルは小さく息を吐いた。

事件解決後も、生徒会室への呼び出しは続いていた。

最初は帳簿の件に関する確認だった。

次は資料整理。その次は予算確認。

さらに次は行事計画書。

気付けば定期的に仕事を振られている。

意味が分からない。


「そういえばマーガレット嬢の転入手続きの書類に不備が見つかってね」

「いつの話をなさってますか?」

「…んー、では、これはどうだろう」


どうだろう、と言ってしまってますが、とは言えない。


「君を頼りにしてるんだ、これは本当だよ」

「本当だよって…やっぱりさっきのは嘘だったんですね」


指摘をすると殿下は面白かったのかいつもとは違う笑い方だった。


「うん、そう、ごめんね?」


アレンは楽しそうだ。

全然謝ってる感じはしないですけど。

ミシェルは楽しくない。全然楽しくない。


「じゃ、放課後待ってるよ」


アレンはミシェルの返事を待たずに満足そうに去っていく。

周囲の生徒たちの視線が集まる。


…最悪だ。

今日こそ部屋に引き篭もれると思って、机の上に未完成の術式を置いたままにしてきたのに。

こっちに来てからというものの、自分の研究が全然進んでいない。もう結界も戻ったし、平和になったし、最悪クロムを置いていけば、山奥に帰ってもいいのでは?

もう十分護衛任務を務めたと思う。一度牙を剥いた人間は二度はないと釘を刺しているし、うん、いいんじゃないかな?いいよね?!


『ダメだろ』

『もう限界…せめて演算式を解かせて…』

「仲良しね」


隣の席へ腰を下ろしたリリィが笑う。

一瞬ノアかと思ったが、ノアは誰にも見えていない。ミシェルは教科書を取り出しながら首を振った。


「違うよ」

「そうかなぁ」

「こき使われてるだけだから」

「こき使われてるって…」


リリィが笑う。


リリィと過ごす時間は少しずつ増えていた。昼食。授業。図書室。何気ない会話。

最初はただ隣の席だっただけのはずなのに、気付けば自然に隣へいる。

不思議なことだった。

リリィは気付けば話しかけてくるし、気付けば隣へいるし、なんならそれを自然だと思い始めている自分がいた。少しだけ困る。


「今日も生徒会?」

「まだ春休みの分が終わってないんだよね」

「大変だね」

「そう思うなら助けて」

「無理だよ。私にはちんぷんかんぷんだもん」


即答だった。

リリィがくすくす笑い、ミシェルも少しだけ笑った。

そのまま授業開始の鐘が鳴る。

教室が静かになり、窓から差し込む朝の光が机の上へ広がる。

平和だった。

少なくとも今は。

この穏やかな均衡が、少しずつ形を変え始めていることに。

そしてミシェル自身もまた、気付いていなかった。

メイ・マーガレットとして過ごす時間が、思っていた以上に心地良くなり始めていることに。



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