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第3話 もう一度、君の隣で

視界が白く染まった後、私は桜の花びらが舞う高校の校門前に立っていた。


周囲では新入生たちが少し緊張した顔で談笑している。


スマホの画面に表示された日付は、紛れもなく一年前の入学式の日。


「……本当に、戻ってきたんだ」


私は深く息を吸い込んだ。


胸の奥で、情熱的な赤と力強い橙の色が、再び燃え始めたのを感じた。


私は迷わず校舎に向かって走った。

今度こそ、すべてを変える。


入学式が終わった後のクラス発表会場で、私はすぐに桃華を見つけた。


窓際の席に座り、少し緊張した様子で周りを見回している。


長い黒髪に、水色のリボン。淡いピンクの頰。


まだ私と出会っていない、初めての桃華だった。


私はまっすぐに彼女の元へ歩み寄った。


「桃華!」


「……え?」


桃華が驚いた顔でこちらを見上げる。


「突然ごめん。同じクラスになったね。


 私は朱音。よろしく!」


私は明るく笑って手を差し出した。


桃華は少し戸惑いながらも、その手をそっと握り返してくれた。


「私は桃華です……。あの、知り合い……?」


「これから、めっちゃ仲良くなるよ。絶対に後悔させないから」


その言葉に、桃華の頰が淡いピンクに染まった。


その笑顔を見た瞬間、胸が熱くなった。


去年、失ったはずの大切な光が、再びここにある。


今度こそ、絶対に守る。


それからの日々は、以前よりもずっと濃密で輝いていた。


文化祭の準備が始まると、私はまた迷わず美術部の力仕事に手を挙げた。


重い木材を運び、脚立に登って桃華が描く大きなキャンバスを支える。


作業の合間に交わす会話は、自然と深くなっていった。


放課後も、よく二人でストーバックスへ行った。


「朱音、今日もブラックコーヒー? カッコいいね」


「桃華は相変わらず甘党だな。そのフラペチーノ、ピンクと紫のクリームが君にすごく似合ってるよ」


桃華が照れたように笑う。


その笑顔が、私の原動力だった。


私は同時に、大きな決断をしていた。


空手を始めること。


学校近くの本格的な空手道場に通い始めた。


最初は基礎稽古の繰り返しだったが、スポーツで培った運動神経と、去年の後悔が私の背中を押した。


毎日、部活が終わった後に道場へ直行し、汗だくになって打ち込んだ。


ある日、稽古後に桃華が心配そうに聞いてきた。


「朱音、最近疲れてない? 無理してない?」


「大丈夫。ちょっと新しいことに挑戦してるだけ。

 ……桃華を守れるくらい、強くなりたいんだ」


「守る……?」


桃華が首を傾げる。

まだ彼女は何も知らない。


でも、私は本気だった。情熱的な赤い炎を胸に、毎日を全力で生きることにした。


日々は幸せに満ちていた。


美術室で桃華が絵を描いている横で宿題をする時間。

放課後に並んで帰る道。


週末に二人で街をぶらつく時間。


私は以前よりも積極的に桃華と関わった。


桃華も私のことを「特別な存在」として、心を開いてくれていた。


ただ、一つだけ気がかりがあった。


あの美術講師の男。


桃華が本格的に外部レッスンへ通い始めたのは、夏休みに入る少し前だった。


全国コンクール常連の講師らしく、美術部の先生も「かなり有名な人だ」と話していた。



最初、桃華は純粋に嬉しそうだった。


「先生、本当に絵が上手なの。光の使い方とか、色彩感覚とか……見てるだけで勉強になるんだ」


ストーバックスの窓際席で、桃華は目を輝かせながら話していた。


水色のストローを指でくるくる回しながら、楽しそうに語る姿は、いつもの桃華そのものだった。


「へえ、そんなにすごいんだ」


私はブラックコーヒーを飲みながら、できるだけ自然に返した。


「うん。元々は格闘技の選手だったらしいんだけど、怪我で引退してから美術の道に入ったんだって。

 なんだか珍しいよね」


その瞬間。


私の胸の奥が、わずかにざわついた。


元格闘家。


その言葉が妙に引っかかった。


「……どんな人?」


なるべく軽い調子で聞く。


桃華は少し考え込むように視線を落とした。


「最初は怖い人かなって思ったけど……

 でも、教え方はすごく熱心だよ。

 私の絵、ちゃんと見てくれるし」


「ふーん」


私は頷きながらも、心の中では妙な違和感が膨らんでいた。


桃華は基本的に、人の悪口を言わない。


嫌なことがあっても、


「大丈夫」と言って笑うタイプだ。


だからこそ、小さな違和感ほど危ない。


私はストローを指で弄びながら、さりげなく聞いた。


「その先生さ……変なことしてこない?」


桃華の指先が、ぴたりと止まった。


その一瞬を、私は見逃さなかった。


「……え?」


「いや、なんとなく」


桃華は視線を逸らし、フラペチーノのクリームを小さく掬った。


「……熱心なのは、本当なんだけどね」


少しだけ、声が曇る。


店内に流れるジャズの音が、妙に遠く感じた。


「最近、ちょっと距離が近い時があって……」


胸の奥が冷える。


私は表情を変えないよう必死に耐えた。


「距離って?」


「……肩に触ってきたり。

後ろから手を添えてきたり。

“才能がある” って、すごく褒めてくれるんだけど…」


桃華は困ったように笑った。


「でも、指導として必要なのかなって思って……」


必要なわけあるか。


喉元まで出かかった言葉を、私は無理やり飲み込んだ。


怒りが、静かに煮え始める。


真っ赤な炎。


去年、何もできなかった自分を焼き続けた後悔の炎。


私は拳を膝の下で強く握った。


「桃華」


できるだけ優しく呼ぶ。


「嫌だったら、ちゃんと言えよ」


桃華は少し驚いたように目を瞬かせた。


「……うん」


「無理して笑わなくていいから。

 桃華、嫌なことあるとすぐ我慢するし」


「そんなこと……」


「ある」


私は真っ直ぐ桃華を見た。


「私、結構わかるんだからな」


桃華は数秒黙った後、小さく笑った。


「……朱音って、変なところで鋭いよね」


でも、その笑顔は少しだけ弱かった。


その瞬間、私は確信した。


あの男は危ない。


去年の記憶が脳裏をよぎる。


血。


悲鳴。


赤く染まった路地裏。


私は奥歯を強く噛み締めた。


(今度こそ)


絶対に、同じ未来にはしない。


それから私は、空手の稽古をさらに激しくした。


放課後になると、私は真っ直ぐ道場へ向かう。


木の床に響く足音。


汗の匂い。


乾いた打撃音。


「もっと腰を落とせ!」


「はいっ!!」


私は叫ぶように返事をした。


拳を打ち込む。


何度も。


何度も。


サンドバッグが鈍い音を立てて揺れる。


汗が頬を流れ落ちる。


腕が痛い。


脚も重い。


それでも止まらなかった。


守れなかった記憶が、私を立たせ続ける。


「最近すごいな、朱音」


道場の先生が驚いたように言った。


「前より動きに迷いがない。何かあったのか?」


私は息を整えながら、小さく笑った。


「……守りたい人がいるんです」


先生は少しだけ目を細めた。


「なるほどな」


それ以上は聞かなかった。


私は再び構える。


拳を握る。


去年の私は、何もできなかった。


怖かった。


動けなかった。


でも、今は違う。


私は変わる。


桃華を守るために。


その想いだけが、私の胸の中で赤く、強く燃え続けていた。

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