第2話 灰色に染まる世界
その夜、私は家に帰ってからも桃華の笑顔が頭から離れなかった。
街灯の下で手を振っていた、淡いピンクに染まったような彼女の頰。
水色のカーディガンが風に揺れていた姿。
なんだか胸がざわついて、なかなか眠れなかった。
翌日の放課後、私はいつものように桃華を迎えに行った。
しかし、彼女は来なかった。
スマホに何度もメッセージを送ったが、既読にならない。
電話をかけても、呼び出し音が虚しく響くだけだった。
胸騒ぎが大きくなり、私は桃華の家に向かって走り出した。
夕陽が赤く空を染め、私の茜色のジャージが風を切る。
——そして、事件を知った。
路地裏で、桃華が襲われた。
相手は彼女が通っていた外部の美術講師、元格闘家の男だった。
異常な執着からストーカー行為を繰り返し、その日ついに刃を向けた。
警察が駆けつけた時、すでに遅かった。
桃華は胸を刺され、血だまりの中で倒れていた。
淡いピンクの血が、アスファルトに広がっていく。
彼女の水色のカーディガンは、赤黒く染まっていた。
私は警察の制止を振り切り、桃華の元へ駆け寄った。
「桃華……! 桃華っ!!」
彼女の冷たくなり始めた体を抱きしめた。
いつもの優しい笑顔はなく、瞳は静かに閉じられていた。
最後に見た、あの街灯の下の笑顔が脳裏に焼きついて離れない。
「ごめん……ごめんね、桃華……
私が、もっと早く気づいていれば……」
私の声は震え、涙が止まらなかった。
橙色の夕陽が、血の赤と混ざり合って世界を歪めた。
桃華の葬儀は、冷たい雨の中で行われた。
白い棺の中で、彼女は穏やかな顔をしていた。
美術部の仲間たちが描いた絵がたくさん飾られ、淡いピンクと紫の花が囲んでいた。
私はその前で立ち尽くし、ただ涙を流すことしかできなかった。
男は逮捕された。
しかし、そんなことはもうどうでもよかった。
桃華は戻らない。
それからの私は、壊れた。
バスケ部も陸上も即座に辞めた。
部活の仲間たちが心配して連絡をくれても、ほとんど無視した。
学校にもほとんど行かず、部屋に閉じこもり、天井を見つめる日々。
食事も喉を通らず、みるみる痩せていった。
夜になると、夢の中で桃華が血を流して倒れる。
毎回同じ場面で目が覚め、枕を涙で濡らした。
「桃華……ごめん……
私が強かったら、守れたのに……」
世界は灰色に染まった。
朱音らしい情熱的な赤も、力強い橙も、どこかへ消えてしまった。
残ったのは、冷たい黒と虚無だけだった。
あの日から、ちょうど一年後。
私はいつもの神社にいた。
桜の季節が再び巡ってきた。
鳥居をくぐり、石段を上り、本殿の前に立つ。
賽銭を入れ、鈴を鳴らし、深く手を合わせた。
「桃華……もう一度でいい。君と一緒に過ごしたい。
ストバで笑いながらフラッペ飲んで、くだらない話をして、文化祭の準備をして……
あの淡いピンクの笑顔を、もう一度見たい……」
声が震える。
涙が頰を伝って落ちる。
「お願い……もう一度、君の隣にいたい……」
その瞬間——
鳥居の方向から、眩い白い光が溢れ出した。
温かく、優しい、光。
体が包まれ、世界がゆっくりと溶けていく。
「え……?」
視界が真っ白になる。
目が覚めた時、私は桜の花びらが舞う校門の前に立っていた。
新入生たちが周りを歩いている。
スマホで日付を確認した。
——高校入学式の日。一年前。
「……本当に、戻ってきた」
私は拳を強く握りしめた。
胸の奥に、情熱的な赤と橙の色が、再び灯り始めた。
今度こそ、絶対に守る。
私は桜の花びらを踏みしめ、校舎に向かって駆け出した。




