1-6 『かすれた追憶』
ちょっと長くなり過ぎたので2つに分けます。
◇
違和感があった。
「(初めに合ったよりも軽く感じる)」
背中に背負ったフギンが少し軽く感じているのだ。零とフギンはあのときーーグラシルに入る前に荷台で寝ていた事はまだ記憶に新しい。その時、フギンは何故か僕の上で寝ていたのだ。荷台は荷物が少なく、2人が大の字で寝れるほどに十分なスペースが合ったのに、なぜか頑なに上で寝たいとゴネたのだ。……そういえばだが、疲れが取れなかったのは、上でフギンが寝ていたからじゃ……
まあその事は流しておくとして、その時より明らかに軽く感じる。しかし、それだけならいろいろな要因が考えられるだろう。少なくとも、それだけでは誰が原因かを判明できることではない。
「(さっきの戦いだってそうだ。いつもだったら初手で圧倒されていた)」
こちらは刀を、相手は酩酊していたとはいえ、あそこまで圧倒的な力量差を覆すのは、昔の自分なら想像すらできないものである。素手で刀を折ってくる相手の攻撃を刀で弾き返すなんて、現実的に考えて不可能だ。
「ファンタジーに現実持ち込んだって意味はない、とは言えないんだよな。ここだって一つの現実なんだし」
「ん?なんか言ったか?」
アライグマの獣人は首を傾げる。先程の虎の獣人もそうだけど、全体的に身長や体格が大きい人が多い。目視で測っても190はある……やっぱりデカいなぁ。
「いえ、なんでも……やっぱり、質問があります」
「言ってみろ」
「『うちの工房』と言ってましたけど、鍛冶師をやっていらっしゃるんですか?」
「……ああ、まぁ、そうだな」
顔をそらし、言葉には歯切れの悪さを感じる。バツが悪いように、まるで言ってはいけないことを言ったかのような……
「とにかく、入ってもらった方が早いな」
「……!もしかして、ここが言っていた」
「工房【シグルド】小さい場所だが、まぁ、入ってくれ」
ギィ……と、重く鈍い扉の音が響く。
「おじゃまします」
中を見ようとするが、一切見えない。
「ちぃと待て。炉に火を入れるから……」
現在は深夜、部屋を灯す明かりが一切ないため物の輪郭すら見えない状況だ。そのため、獣人の姿が闇に包まれ一切見えなかった。
さて、普通なら炉に火をつける時、まずは火をつけるための火種を作り、炉の中に火種を入れて火を付けるだろう。しかし、彼が行ったのは普通ではない方法だった。
それは、何もない空中に『赤い線』を描くことから始まった。その赤い線は彼の人差し指の爪から出ていた。まるで指先が線を描くペンかのように、一切のブレなく完璧な弧を描き赤い円を作り上げる。円が完成すると、突如発光し始めてーー
「ーー火が、点いた?」
「……よし。まだみっともないが、じきに大きくなる。それまでそこの客用の席に座ってくれ」
今のは……もしかして
「【魔法】……??」
その単語を聞いた老人の獣人は目を丸くし、話し始める
「【魔法】?仰々しい事を言うなぁ。これは【魔術】だぞ」
「……?……???」
「なんだなんだ。まるで『魔法と魔術の違いがわかりません』みたいな顔して」
そこまで分かりやすかったか?それはそれとして事実なので、首を縦に振る。
「本当に知らねぇんだな……まぁ、簡単に言うなら、別のモノで代用できるのが魔術。出来ねぇのが魔法ってところだ。厳密にいうなら違うんだが……細けぇことは自分で調べな。ここから2、30分ほど歩けば大きな書庫がある。」
書庫か、そこに行けばグラシルに関する事も知ることが出来るのかな。それに……あれ
「どうした、急に黙りこくって。何か思い出したりでもしたか?」
「いえ、その逆で……何か、大切なことを忘れている気がするんです。そのためにここに来たようなものだったのに……」
その時、一瞬だけだったが会話が止まった。そこにあったのは疑問や驚きなどではない。”同感”だった。
「実はな……おっちゃんもそうなんや」
「そうって、まさか……」
「長い間生きていていると、昔を思い出せないなんてことはよくあるもんだと思ってる。あんたも子供の頃を思い出すことはできんやろ?そういうもんや」
その視線は、僕を見ているはずなのに違和感を感じる。まるで別の場所を、遠い昔を視るかのような目だった。
「ただ、物事には何にでも例外というものがあるもんだ。例えば、大切な約束とかな」
声が少しづつ小さく、そして弱弱しくなる。これは本音なのだろう、ならなぜ僕なんかに言うのだろうか。
「大昔、年すらも忘れるほどに過去の出来事で。長年それを綱にして生きていたはずだった」
「忘れているならなぜ、『大切な約束』だと分かるんですか?」
なぜか、視界がぼやけてくる。
「時々、夢を見る。一本の大きな木の下で、誰かと約束している夢を。それを見てると、まるで心にぽっかりと穴が開いているかのような……って、何であんたが泣いてるんや?」
手のひらに涙がある。そうか、泣いていたのか。
「いや、なんというか……聞いてると悲しくなっちゃって」
「ーー共感する力が強いんやな。聞いてくれてあんがとさん」
老人は安らかな笑顔を作り、僕の頭をわしゃわしゃとしてくる。それは彼なりの親しみを込めたコミュニケーションなのだろう。そう思うと、なぜだか暖かい気持ちがあふれてきて、自然と自分も笑顔になる。
「さて、火もしっかり点いた。これから刀を直そうじゃないか!」
その思いは本物で、その感情は純真で、でも、何も無い。
残されたのは、一振りの刀と穴の開いた心だった。




