83.~創世神話~ オルテックス事変⑥
リィィィン──
リィィィン──
幾重にも、鈴の鳴るような音が木霊する。
『カスヴァル・アウレウム歌劇場』1階、出演者用エレベーターホール。
…そこは今、炎の決闘場と化していた。
鈴の音を鳴らしていた銀色の高速飛翔体が、空中に静止する。
北欧神話の戦乙女を思わせる、美しい姿──
…だがその兜の下で、エリシア・フロストレインは苛立ちに顔を歪めていた。
『…くそっ、忌々しい炎めっ!!貴様、いつまでこうしているつもりだ!?』
彼女を中心にして逆巻く炎の渦…その間で、衛星の様に付き従うのは──
…紅蓮の化身にして、焦土の支配者。
『…なんだ?あれだけデカい口を利いておいて、もう降参か?ホラホラ、【反発結界】とやらで何とかして見せろよ?』
…。
…いや、ただのウザいクソガキかもしれない。
『おのれ…!ならば【光翼】で直接落とすまでよ!』
アグニに向かって構えたエリシアの背中から生えるように、光り輝く巨大な翼が現れた。
エリシアの魔道兵装【セレスティア・ペイル】の魔法スキル【光翼】である。
大きく羽ばたいた翼から、無数の光の羽が嵐のように降り注ぐ!
…アグニの身体が、火花の様に粉々に千切れ、宙を舞う。
『…ああ、それか。』
…そして、何事も無かったかのように元の姿へと巻き戻った。
『コレを受けるのも二度目か?…相変わらず、湯取のいびき程度には鬱陶しいな。』
『…馬鹿な…貴様、実体が無いのか…?い、いや!何処かにコアのような物が──』
無傷のアグニを見て、流石に動揺するエリシア。
その様子にほくそ笑みながらも、辛辣な口調でアグニが言う。
『そんな物は無い。我はプラズマ疑似生命体…「意志持つ炎」だぞ?貴様ら程度の科学技術で理屈が通る存在と考えるのがそもそもの間違いだ。』
そう言いながら、エリシアからどんどん離れていくアグニ。
そうして、自らが作り出した炎の防壁…その手前でピタリと止まった。
『…飽いたな。貴様にかける時間も、もう勿体無い。』
アグニの姿が、炎の壁の中へとゆっくり消えて行く。
…いいや、違う。
エリシアを取り囲む炎の輪が縮小し始めたのだ。
その様子を黙って見ていたエリシアが、小馬鹿にする様に鼻を鳴らす。
『フン、もう忘れたのか?【反発結界】はどんな能力も──』
『弾かれるんだろう?直接触れれば、な。』
炎の輪はさらに縮小していき…直径3m程のサイズで止まった。
エリシアの身体をぐるりと囲む炎は、手を伸ばしても決して触れることの無い距離を保っている。
『…何のつもりだ?』
『【反発結界】持ちへの対策…ましてや貴様への対策など、とっくに構築済みだ。…触れれば弾かれるなら、触れさせなければ良い。』
エリシアを取り囲んだの輪が、徐々に回転を始める。
始めはゆっくり…そして段々と加速していき──
やがて綺麗に同じ軌道で回転していたソレが、乱れ始める。
僅かなブレは次第に大きくなっていき、いつしか軌道は円から球へ…エリシアを包み込む球体を描き始めた。
『そして…「直火」が駄目なら「遠火」だ。』
回転する炎の球体は、グングンとその温度を上げていく。
『ぐっ…!?』
『貴様…【反発結界】に守られているからと、本体の防御が甘すぎるだろう。体の改造は最低限、全身鎧は軽量化重視で銃撃等の物理特化型…想定が甘い。』
エリシアの全身鎧…A.R.K.空挺兵装コンバットアーマーの隙間から白い煙が上がる。
…これは、エリシアに施された改造…人体に埋め込まれた機械が上げた物では無い。
超高温により、人体そのものから立ち上る水蒸気だ。
『あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっ!!!!』
両手で頭を押さえつけ、声にならない悲鳴を上げるエリシア。
『このまま続ければ球体内の酸素も尽き、肺まで焼け、その内その無様な悲鳴も失せるだろう…が、まぁ…命までは盗らんでやろう。…主を待たせているからな。』
そう言うと、アグニはもう興味を失ったようにエリシアから視線を外し、アリババ達が進んだ通路を辿って行ってしまった。
エレベーターホールにはしばらくの間絶叫が響いていたが…やがて炎の球体も完全に消失し、何かが地面に叩きつけられる音を最後に、静けさを取り戻した。
…ふむ、あっけないものですね。
これで、こちらは片付きましたか。
…やはり、アグニのAIは少々粗さが目立ちますね。
敵を打ち倒した時点で、完全に興味を失ってしまう。
本来ならば、ちゃんと最後まで…無力化を確認するまで、警戒を解いてはいけません。
いかなる不測の事態が、マスターの妨げになるか分からないのですから。
…まぁそれはともかく、劇場内に小型監視ドローンを侵入させておいて正解でした。
おかげで、マスター達の現状も正確に把握することができました。
…さて、私は如何に状況が転ぼうと対応できるように、色々下準備を進めておきましょう…。
~ ~ ~ ~
四方八方から迫りくる金属の百足…A.R.K.地上殲滅部隊隊長ダリオ・ブラッドノートの魔道兵装【ヘカトンケイル】の猛攻を、カーリストラは四本の腕に搭載された【三連砲】でいなし続ける。
噂には聞いていたけれど…全身サイボーグ化済みの強化人間、ブラッドノート…本当に厄介な相手ね。
状況は…若干押され気味。
手数の違いは仕方が無い。こっちは四本、あっちは…何本あるのよ?
腕四本×三連砲で手数が足りないとか…想定外なんですけど?
時折【三連砲】を搔い潜った【ヘカトンケイル】がカーリストラ本体に攻撃を加えそうになるけれど、それは【反発結界】でなんとか防ぐ。
戦っていて気付いたのだけれど…隊長クラスの魔道兵装にしては珍しく、ブラッドノートの【ヘカトンケイル】には【反発結界】が付与されていないらしい。
これには正直助かった。【反発結界】同士は打ち消し合い、無効化するらしいけれど…カーリストラの【反発結界】はエネルギー消費が激しいから、そうなったら先にエネルギー切れを起こしていただろう。
…いや、それにしても…。
「…ううっ…マジでキッモいわねコイツ…!!」
『心拍数低下、嘔吐反応有…これが「キッモイ」って感情かぁ…面白いね!』
「面白くないわよっ!」
カーリストラはあっけらかんとしているけれど…本当駄目、無理、有り得ないっ!!
あの魔道兵装をデザインした奴の気が知れないわ!
…いや、もしかすると相手に与える生理的嫌悪感まで込みでデザインされてるの?
…だとしたら性格悪っ!
…とにかく、長期戦に持ち込まれるとアタシの精神が持たないっ!!
「カーリストラ…速攻で勝負をつけるわよ…!!」
『任せてマリー!』
~ ~ ~ ~
「…あっれ~?もうそろそろ追い付いてもいいと思うんだけど…アリババ先輩達、どこかで迷子にでもなってるんスかね…?」




