71.カスヴァル共和国主催『闇オークション』①
俺達四人は案内役の男に導かれ、闇オークション会場の内部に入った。
扉の向こうは、石造りの長い通路だった。
…エントランスでは無いらしいな。
もしかして、正規の入口じゃ無いのか?
進路上の床は複雑な模様が描かれたタイル貼り、そして壁には美しいガラス細工の照明が等間隔に並んでいる。
俺達が歩く靴音が、通路にこだまの様に反響する…こりゃあ、天井も相当高そうだな。
「『カスヴァル・アウレウム歌劇場』…それが、ここの正式な名称よ。闇オークション開催時以外は、富裕層向けにオペラやコンサートに使用されているそうよ。」
俺が相当物珍し気にしていたのか、beeがそう教えてくれた。
歌劇場…ああ、よく見れば外壁側の壁…だと思っていたのは、大きな窓ガラスだ。
普段は全面で光を取り入れる形なんだろうが、今はその外側を厚い防護壁が覆っているようだった。
通路の両側には物々しい装備の警備がウロウロ…。
横を通り過ぎる時、俺達の事を鋭い眼つきで睨みつけていく。
肩にはアサルトライフル…表の警備より重装備だな。
…それだけ、ここには重要なモノが集まってるってコトなんだろう。
人も、アノマリーも。
「…なんか、歓迎されてる感じじゃ無いっスね。」
湯取のつぶやきにbeeが応える。
「…ま、当然よ。本来なら「招待状」を持った、身分のハッキリした人間だけが入れる場所に、裏ルートとはいえ現金叩きつけて無理矢理入場してるんだから。…警戒しない方がどうかしてるわ。」
武器の類はNGってことで、一応入場時にボディチェックはされたんだがな。
…でもさ、よく考えたらアレって、一部のアノマリーはスルー出来ちゃうよな?
俺の【錬金術師の驚異の部屋】とか、湯取の【憤怒のピアス】とか…。
そう考えたら結構ザルなのか?…なんか不安になってきたな…。
そんなことを考えていると、案内役の男は一度立ち止まり、こちらを振り返る。
『…お客様方、オークションの参加者にはこちらをお渡ししております。』
そう言って手渡されたのは…仮面?
マスカレイドマスクと「オペラ座の怪人」って感じのハーフマスクが、それぞれ二個。
…これは、女性用と男性用ってコトか?
【秘匿のマスク】ランク:D
装着した者の印象を曖昧にする効果がある。
…【偽装の眼鏡】の方がランクは上だな。
あぁコレ、印象を曖昧にする効果はあるけど、マスク自体が目立つもんな。
日常使い出来ない品物ってコトか。
…普通に恥ずかしいんだけど、マジでつけんのコレ?
…仕方が無い、郷に入っては郷に従えってヤツだ。
俺達が【秘匿のマスク】を装着すると、案内役は再び歩き出した。
通路の先…突き当りに、再び大きな扉が現れる。
今度の扉は重厚な両開き扉。
入口の物より装飾が豪華で、金の細工で左に女神、右には…死神が描かれている。
劇場だけあって何だかストーリーを感じさせる。
…これからオークションに挑む俺達からすると、意味深に感じちまうけど。
俺達に微笑むのは女神か、死神か…なんてな。
男が静かに扉を押し開ける。
そして、俺達の目に飛び込んで来た光景は――
「うわぁ…こりゃぁ…圧倒されるっスね…。」
湯取の口から感嘆の声が漏れる。
俺も同じ感想だった。
そこに広がっていたのは――巨大な劇場だった。
赤い絨毯が敷かれた円形に部屋に、丸いテーブルと椅子が幾席も並び、まるで結婚式か晩餐会のような配置になっている。
既にほとんどのテーブルにはマスクを着けた人々が付いており、開催はまだかと談笑している。
よく見れば床に違和感…ああこれ、普段は椅子が列になって並んでるんだろうな。
催し事に配置が変えられるようになってるみたいだ。
正面には広い舞台。
柱や舞台袖…いたる所に施された装飾が格式の高さを物語っている。
…今は赤いベルベットの緞帳が下りていて、舞台上の様子は伺えない。
さらに、左右を見渡せば――数段のバルコニーにVIP席が並ぶ。
こちらを見下ろす人々は…こころなしかマスクが豪華に見えるのは、俺の勘繰り過ぎか?
そして、俺達が入って来た扉の真上。
その、ひときわ目立つ場所に――
四本の柱に支えられた、天幕の張られた空間があった。
金糸で装飾された紫色の豪奢な天幕。
内部の様子は伺い知れない、が…
――ランプの光に照らされて、巨大な人影がゆらりと揺れる。
beeが小さく息を飲んだ。
「あれが…」
「…だろうな。」
事前にbeeから話だけは聞いていた。
カスヴァル共和国の裏社会――その頂点に立つ男。
ハリード・アル=カスヴァリ。
この国の政府も、軍も、警察も。
そのすべてを裏から操ると言われる――真の支配者。
…beeに言われた言葉が頭によぎる。
『この国…カスヴァルで絶対とされる「三つの力」――「金」、「神」、そして…「ハリード・アル=カスヴァリ」よ。』
影は劇場全体を見下ろすように、ただ揺らめいている。
…天幕越しだってのに、なんてプレッシャーだ。
この前会ったレオン・オルテックスといい勝負だ。
流石、一国を裏で牛耳る男っ…てか。
部屋後方の空きテーブルへと案内され、そのまま席に着く。
一息つくと、俺は改めて辺りを見回した。
皆一様に【秘匿のマスク】をつけ、素性を隠してはいるが――
俺の【鑑定】の前では丸裸同然だ。
試しに近くのテーブルに座る三人組…二人の護衛とその護衛対象と思われる男に【鑑定】をかけてみる。
【アレハンドロ・バルデス】55歳
メキシコカルテル「黒い家族」の首領。別名:死の物流王
――
「アレハンドロ・バルデス…死の物流王って…物騒だな。」
「…誰が誰だか分かるの?」
「俺の【鑑定】、認識阻害ぐらいなら無視できるからな。」
「…そうだった、【偽装の眼鏡】をかけたアタシの正体も見破ったんだものね。」
あまり大きな声でできる会話じゃないので、小声でbeeと情報交換をする。
「あっちの葉巻くわえてる白スーツはドミトリ・ゾロトフ、隣のテーブルにいる軍服のジジイはディーター・ヴァイスマンだとさ。」
「ドミトリ・ゾロトフは…人身売買市場を独占する奴隷商圏の支配者、ディーター・ヴァイスマンは“宗教”で国民を統治する神権国家の国王兼教祖…流石、大物揃いね。」
「…うっわ、何スかそのメンツ…裏社会のボスラッシュじゃないっスか…。」
隣で聞き耳を立てていた湯取が口を挟む。
「もっとこう…可愛らしい犯罪者とかはいないんスか?」
「…なんじゃそりゃ?」
「アレっスよ、『月泥棒』とか…『パンどろぼう』とか?」
「あら可愛い。…少なくとも、この会場には居ないんじゃないかしら?」
『真面目に答えんでいいぞ、この馬鹿には。』
流石湯取、緊張していた空気が裸足で逃げて行ったぜ。
…真面目なシーンだと結構重宝するんだよな、コイツ…。
…しかし、そんな超大物がテーブル席って…じゃあバルコニーのVIP席はどんな大物が座ってるんだよ。
一~二階の席は多少見えるけど、三階以上は流石に良く見えねぇな。
…ん?
俺達のテーブルから近い二階席…なんか見覚えのある顔が…。
『…なぁなぁアステリオス、まだ始まんないの?昨日ワクワクして寝れなかったから今になって眠いんだけど…。』
『…母さん、流石にその…もう少しちゃんと出来ないか?あと名前を呼ぶのも…』
『お前はお堅いなぁ…どうせ仮面アノマリーの効果で誰が誰かなぞ分かりはしないし、そもそもカスヴァルは中立地帯…お前が心配するような事は万が一にも起こらんよ。』
…。
…いや、気のせいだったわ。
…流石にこんな場所で、あのテンションは空気読めなすぎだろ。
絡まれても迷惑だから、気付いてないフリしとこう。
…あ、後で【弩龍の卵】は取り返しておかなくちゃな…。
そんな事を考えていた、その時。
劇場の照明がゆっくりと落ち始める。
比例するように、会場内は波が引く様に静まっていく。
…どうやら、俺達が最後の客だったみたいだな。
静まり返る客席。
――そして。
天幕の奥から、スピーカー越しと思われる尊大な声が響いた。
『――諸君。』
どこか浮ついていた会場の空気が一瞬で張り詰める。
『今日は我がオークションへようこそ。』
その声は、劇場全体の空気を震わすように響いた。
『――今宵ここには、人類史に残る至宝が集められている。この世に二つと無い逸品が、伝承に語り継がれる遺物が…今宵だけは金で手に入る。どうか存分に争い、競い、楽しんでいってくれたまえ。』
天幕の中の影が、わずかに動く。
右腕が悠然と挙げられ――
『――さあ。』
『オークションの開幕だ。』




