70.盗賊、伏魔殿へ
――夕刻。
空が紫紺へと沈みゆく頃、闇オークションの会場となる建物は夜の帳に浮かび上がっていた。
海から水路を引き込み作られた人口湾。
そこに、シドニーのオペラハウスを思わせるような異形の建造物。
…それは、海原に浮かぶ巨大空母のようであり、はたまた水面に突如として現れた地獄の入口のようにも見える。
近くで見ると、より建物の異常性が際立って見えた。
壁面から柱の一本にいたるまで、H・R・ギーガーがデザインしたかのような奇怪な彫刻が施されている。
…こう言ってしまっては何だが、掃除とか大変そうである。
そんな荘厳さに比例するかのように、周囲を取り囲む警備体制は厳重だった。
正面ゲートには金属探知機と顔認証装置。
ボディアーマーに身を包んだ警備員達は、常に連携して警戒の目を光らせている。
屋上には赤外線センサーが巡らされ、遠目には目立たぬ位置に狙撃対策と思しき配置も見える。
辺りは不自然な程に静かだった。
時折聞こえるのは、水路を辿って屯すようになった海鳥の声くらいだ。
…そんな静寂を破ったのは、車の排気音だった。
会場へ次々と到着する高級車。
艶やかな黒塗りのセダン、欧州製のスーパーカー、重厚なリムジン…。
車両のドアが開くたびに現れるのは、その名を出せば世界が揺らぐような大物達。
政治家、軍需企業の重役、石油王、そして裏社会の大物。
「招待状」を持つ彼等は悠々と受付へと進み、簡単なボディチェックのみで会場へと案内されていく。
彼らは金で世界を動かす人種だ。
そして今夜は、その金で「理の外」に触れようとしている。
幾人かのVIPが入場し、到着したリムジンから降り立った新たなVIPが、飾り立てた女性と共に入場しようとしていたタイミングで、警備員達から僅かな喧騒の声が上がった。
それに気づいたVIPの男が振り返ると、会場前に異様な雰囲気の車両が到着した所だった。
黒の日本製ワンボックスカー…先程までの高級車達に比べると見劣りするのだが、その外見が奇抜だった。
ピカピカのアルミホイールが怪しく反射し、黒のスモークフィルムが貼られた窓からは青白いLEDの光が漏れる。
…日本人が見たなら10人中10人が「ヤン車かな?」と思っただろう。
助手席のドアが開くと、そこから現れたのは燕尾服姿の美女であった。
…何故燕尾服?と皆が思ったが、金持ち連中の中には特殊な趣向を持つ者も多い。
道化師を従える王の様に、自らの従者にコスプレ紛いの恰好をさせる者もいるだろう。
その女性が車体横に付くと、スライドドアが開く。
そこからチラリと見えた車内は…元々あったシートは取り外され、新たに二列のレザー張りソファーシートを配置。
奥には巨大な液晶画面と、冷蔵庫と思われる扉。
中央に据えられたガラステーブルには、今しがたまで飲んでいたと思われる高級シャンパンとグラス。
…日本人が見たなら10人中10人が「キャバクラかな?」と思っただろう。
警備員達が見守る中、スライドドアの奥…闇を裂くように現れたのは、真紅を纏った美の女神だった。
深い赤のドレスは、光を吸い込む様に妖しく艶めく。
肩から背にかけて大胆に開いたラインから覗く白い肌との対比が、異様なほど鮮烈だ。
長い赤髪が夜風に揺れ、鋭い瞳が光の軌跡を残す。
人間離れした美貌…まるで作り物の様な、そんな完璧な美しさ。
エスコートするように差し出された燕尾服の女性の手を鬱陶しげに払うと、太々しくも思える態度で辺りを睨むように一瞥した。
それは…値踏みの視線。
威圧的。
…だが、その態度まで魅力的に感じてしまう。
睨まれた男は、無意識に喉を鳴らしていた。
隣の同伴女性に平手打ちを食らうまで、その視線は外れることはなかった。
彼女はそれを一瞥し、興味を失ったように視線を逸らす。
続いて現れたのは、白。
純白のドレスは、夜の闇の中で淡く光を纏うように見える。
先程の赤とは対照的に露出は控えめだが、その仕立ての良さは一目で分かる。
繊細な刺繍がネオンの光を受けて淡く輝き、長い裾が静かに地面を撫でた。
燕尾服の女性が差し出した手を、彼女は柔らかく取る。
その仕草は優雅そのもの。
歩みは静かで、音すら立てない。
静かに微笑んでいる。
…だが、ふと横目に流した視線は、冷静に周囲を観察している。
並び立った赤と白の美女。
そうすることで、二人の異様さが一段と際立つ。
会場前にいた誰もが直感していた。
――この一団は、先程までのただの金持ち連中ではない、と。
三人目は…サングラスをかけた男。
深紅のジャケットと純白のボトムスに身を包んだ、堅気には見えない若者だ。
まずはその奇抜なファッションに目が行ってしまうが、すぐに男の両手に釘付けになる。
それは一目で特注品と分かる、巨大なアタッシュケース…一つのサイズが、棺桶程もある。
それが、両手に合計四個。
明らかに異常な光景だった。
大型の車両とはいえ、あんな物が四つも乗るスペースがあるのか?
…あるいは、今夜ここで取引される多くの「超常」…その一片を、目の当たりにしているのだろうか?
そして、そんなものをコストコにでも行った帰りかのように持ち運ぶ男に、警備員達は一瞬唖然とし、我に返るとすぐに警戒を強める。
この男が今、暴れ出したら…。
…果たして、この場の戦力で無力化できるだろうか?
そして…四人目。
最後に車から降りて来たのは…髪をオールバックに固め、黒いダブルのスーツ。
ハーフリムの白フレーム眼鏡をかけた男。
…ジャパニーズ、インテリヤクザかな?
オイオイ、勘弁してくれ。
そんな見くびったような雰囲気が一瞬流れる。
――ビシッ――
その場の空気が。
…いや、空間が。
不穏な音をたてて「死んだ」のを、そこに居た全ての人間が感じた。
怒気の伴う熱が…絶対零度の殺意が…得体の知れぬ「未知の何か」が…。
先に下りた三人から吹き荒れる致死量の覇気に、選りすぐりの精鋭警備達が「死」を覚悟した。
そんな鈍重な空気の中、当の本人は飄々とした足取りで歩みを進める。
…様子を伺うに、この男は間違い無くこの一団の中心人物なのであろう。
彼が合流すると、一団はゆっくりと歩き始めた。
~ ~ ~ ~
ここが闇オークション会場か。
流石に警備が厳重だな…なんか俺達を見る視線に怯えを感じるんだが、なんだ?
…あ、もしかして俺のこの恰好のせいか?
プシュパカが「マスターが舐められてはいけません」なんて言うから、おまかせで服やら髪型やらセットしてもらったんだけど…怯えさせちゃったか?見た目、ヤクザそのものだもんなぁ…。
多数の警備員が固める会場入口に到着すると、受付の男が緊張した表情で話しかけてきた。
『…こちらで「招待状」をお預かり致します。』
『ああ、受け取ってくれ。』
俺がそう言うと、湯取が前へと進み出る。
警戒する警備員達の眼前で巨大なアタッシュケースが開かれると――
そこにはビッシリとカスヴァル紙幣が敷き詰められていた。
『なぁっ!?』
『一人100億カダール(10億円)。それが四ケースで、四人分・400億カダールある。…問題無いかな?』
笑顔でそう言う俺に、受付の男は一瞬固まっていた。
…が、すぐに正気を取り戻すと『確認させて頂きます。』と言って通信機で何処かへ指示を出した。
一分もしない内に数人の応援が集まり、アタッシュケースの紙幣を数え始める。
…たっぷり二十分は時間を使い紙幣の確認を終えると、改めて受付の男が頭を下げる。
『確認が終わりました。…間違いなく、カスヴァル紙幣で四十億お預かりいたしました。ご案内いたします。』
良かった、ちゃんと入れるみたいだ。
やっぱり招待状が無いと駄目、なんて言われたらどうしようかと思ったわ。
プシュパカに作ってもらった特注アタッシュケース…アレだけは後で返してもらわんとな。
…一応、アノマリー判定の代物だし。
いやぁ、というのも俺、【錬金術師の驚異の部屋】の裏ワザを発見しちゃったんだわ。
【錬金術師の驚異の部屋】は、アノマリー限定で収納できる…そんでもって、プシュパカが作成する物は異星の技術が使用されていると、【鑑定】で「アノマリー」と判定される。
…そう、プシュパカが作った物は【錬金術師の驚異の部屋】に収納可能なのだ。
なので今回、プシュパカにはカスヴァル紙幣を運搬する為のアタッシュケースを制作してもらった。
【鑑定】を使うと――
【特注アタッシュケース】ランク:D
異星の技術が使われたアタッシュケース。
やたらと丈夫で軽いが、それ以外に特別な機能は特に無い。
…と、特殊能力は無いがランクDアノマリー判定なので、問題無く【錬金術師の驚異の部屋】に収納できた。
おかげで車での移動時も邪魔にならず、湯取の降車時に出して渡すだけでOKだった。
『それでは、私共は会場外の駐車場で待機しております。…くれぐれも、お気をつけて。』
プシュパカはそう言って頭を下げると車へと戻り、そのまま会場を後にする。
残された俺達四人は、案内係の男に連れられて重厚な大扉の前と進み出た。
金属で作られた大扉は、よく見れば表面に無数の人の顔のような物が蠢いて見える…何だこりゃあ?
案内の男が懐から怪しい宝玉を取り出す。
――いや、よく見ればソレは「水晶の髑髏」…即座に【鑑定】すると、大扉と連動した開閉用のアノマリーのようだった。
男が右手に持って一息に呪文を唱えると…断末魔の悲鳴のような音を上げて、ゆっくりと大扉が開いていく。
これは…魔術と呪術の二重のロックがかかってるのか…流石に厳重だな。
…いいね、一層楽しみになってきたぜ。
俺達は遂に…陰謀や欲望の渦巻く「伏魔殿」へと、足を踏み入れた。




