69.盗賊、嵐の前に
一夜明け、闇オークション前日。
街は昨日と変わらぬ賑わいだったが、俺達の周囲には少々不穏な空気が流れていた。
beeが薦めるカスヴァル料理の隠れた名店で朝食を取る。
数種類の豆とスパイスが入ったコロッケのような物と、肉や野菜がふんだんに使われた豪快な見た目の炊き込みご飯…うん、美味いなコレ。
食後に濃厚なコーヒーを頂きながら「よくこんな店知ってたな?」と聞くと、「前に取材でね」との返答。そういえばコイツ、表の顔は記者だったっけ。
アグニとプシュパカはそんな食事の最中、終始周囲を警戒していた。
一息ついた俺は顔色を変えない様にしつつ、「…やっぱり、いるのか?」と尋ねる。
『はい。つかず離れずの距離で囲まれています。』
『…まぁ、今更の話だがな。奴ら、昨夜からずっと見張っているぞ。』
想定していたとはいえ、二人の答えに思わず苦笑いが漏れた。
「…って事は、やっぱ俺達の正体はもうバレてるって事か…。」
…ま、レオンは『次に会うのはオークション会場』って言ってたからな。
それまで逃がさないように監視してるんだろう。
こんな状況だ、いくつか所用を済ませたら今日は大人しくロイヤルスイートに引きこもって、明日のオークションに備えるか。
…ま、別に自重する気は無いがな。
必要とあれば普通に外出はする。
――そこを狙って襲ってくるなら、返り討ちにするだけだ。
部屋に戻った俺達は、【鑑定】を使って各自の最新ステータスチェックを行った。
【馬場 有人】
24歳
職業:盗賊 レベル:99
職業スキル:【スナッチ】【解錠】【直感】【侵入】【鑑定】【換金】
【財宝検知】【盗賊の鼻】【罠感知】【危険察知】…
E:偽装の眼鏡(ランク:C)
E:アルパ・プシュパカ(ランク:B)
E:アヴァロン・レイヤー(ランク:A)
E:常闇の外套(ランク:B)
E:プラズマカッター(ランク:A)
E:虚鉱のジャンビーヤ(ランク:A)
E:錬金術師の驚異の部屋(ランク:S)
【鑑定】…【鑑定】かぁ…。
…実は既知の事実なんだが、俺の【鑑定】にはどうも穴があるらしい。
例えば、以前プシュパカに貰った通訳機能のあるチョーカー…アレ、装備してるのに【鑑定】で表示されて無かったんだ。
前にプシュパカが作った武器は問題無く表示されたのに何故?と思っていたんだが、理由は意外なものだった。
「…そういえばコレ、なんて名前のアノマリーなんだ?」
『?…特に名称はございません。あえて名付けるなら…そうですね、【アルパ・プシュパカ】といった所でしょうか。』
…この会話以降、【鑑定】で表示される様になった。
そう、どうも「名前の無い物」は表示されないらしいのだ。
こんな事今まで無かったので大変驚いた。
――存在を定義するのは、名だ。
そんな事を、長年使ってきた自分のスキルに教えられるとは思わなかったな…。
そして、実は【鑑定】に弾かれたアノマリー(?)はもう一つ存在する。
…まぁ、これに関しては本当によく分からないから、今は置いておこう。
【湯取 晶】
魔人:0歳 レベル:40(+19)
種族スキル:【ブースト】【魔弾】【眷属召喚】【魔眼】【浮遊】【五芒爆撃】
装備スキル:【自動調整】【打撃耐性】【斬撃耐性】【火炎耐性】
【腐食耐性】【反射ダメージ(灼熱)】【グラビトン】
E:偽装の眼鏡(改)(ランク:C)
E:魔人の腕輪(ランク:A)
E:憤怒のピアス(ランク:A)
E:ドラゴンスケイルジャケット(ランク:B)
E:ドラゴンボーンボトムス(ランク:B)
レベル40になった湯取は新たなスキルを複数取得していた。
【浮遊】はその名の通り、空に浮かぶスキル。
魔人だからそのうち飛べるようにはなると思っていたが、羽や翼は生えないらしい。
ただ、このスキル自体には推進力が無いらしく、自由に空を飛ぶには色々工夫が必要なんだそうだ。
具体的には、【魔弾】の要領で微量の魔力を放出して推力を得ているのだそうだ。
そして湯取が言うにはこのスキル、装備スキルの【グラビトン】の影響で生えたスキルのようだ。
…このまま【グラビトン】を使用していけば、そのうち【重力魔法】とか覚えるかもな。
【五芒爆撃】は五芒星の魔法陣を展開し、その範囲内を大爆発させるスキルだそうだ。
これもまた【グラビトン】と相性の良さそうなスキルだな。
【グラビトン】で動きを封じ、そのまま【五芒爆撃】で爆発…綺麗なコンボだ。
ちょっとチャージ時間が必要なんだそうだが、動きを封じてしまえればそれも問題無いしな。
湯取は対多人数にも対応できるアタッカーに育ってきたな。
…明日のオークション会場でも、緊急時には足止めや制圧にも幅広く活躍しそうだ。
うんうん、順調に成長しているようで何よりだ。
【雁木 マリー】
自称:bee 25歳
職業:トレジャーハンター レベル:11
職業スキル:【直感】【幸運】
E:偽装の眼鏡(ランク:C)
E:アサシンスーツ(ランク:C)
E:睡蓮の淑女の七つ道具(ランク:B)
E:黒のチャクラ(ランク:B)
【黒のチャクラ】ってのは、プシュパカが渡した指輪のことだな。
プシュパカは前述した一件から、制作物にはちゃんと名前を付けることにしたらしい。
【睡蓮の淑女の七つ道具】について、どんなアノマリーなのか改めてbeeに確認してみた。
前に【鑑定】した時、詳細については「淑女の秘密♡」なんて表示されて、よく分からなかったんだよな…。
beeによると、七本の装飾鎖の先にアノマリーを含む道具類が付けられるらしい。
取り付けた物は使用時以外は異次元に収納され、重量も無くなるのだそうだ。
七つ限定とはいえ、俺の【錬金術師の驚異の部屋】みたいな運用ができるってことか?咄嗟に取り出しやすい点は俺のより便利かもな。
スキルは現状二つ…レベル11ならこんなもんだろうか?
職業持ちならレベルを上げれば新たなスキルを覚えるだろうし、機会を見てダンジョンにでも連れてってみるか。
…ま、それも都合良くダンジョンが見つかればの話なんだが。
~ ~ ~ ~
私は今、人生で最大のピンチを迎えていた。
ちょっと気になる男子二人と、高級ホテルのロイヤルスイート…なんていう異常な状態に舞い上がっていたのだろう。
冷静を装ってはいたが、とっさの判断でやらかしてしまった。
…調子に乗って、ナイトジャグジー混浴をOKしてしまった…。
水着着用を条件にはしたものの、後で冷静になってから「いやそれって本質的な解決になってなくない?」と気付いて絶望した。
…今更、取り消せない。
なんか湯取きゅん、メチャクチャ嬉しそうにしてたし…ああいう所を見ると、やっぱり男の子だなぁと思うと同時に、話を聞いても顔色一つ変えないアリババに対しては「乙女の自尊心を踏みにじりやがって、ブチ〇すぞコラァ…?」と到底乙女らしくない思考が交差する…。
…ああ駄目だ。
完全にテンパってるわ私、落ち着け。
更衣室で一人そんなコトを考えて頭を抱えている。
…現実逃避だ。
その目をそむけたくなる現実…眼前には、あのプシュパカさんとか言うアンドロイドが用意した数着の水着。
…無難な数着の水着の中に、選んだ者の正気を疑うような破廉恥な水着が一着混入していた。
…なんだコレは?
こんな物で…本当に隠せるの?…色々と。
紐束のようなソレを一度除外し、残った水着の中から着る物を選んでいると――
心の中の「トレジャーハンターbee」が待ったをかけた。
(アナタ…それでいいの?アナタの理想とするトレジャーハンターbeeなら、そっちの一番きわどいモノを選ぶんじゃない…?)
…いやいやいやっ!コレはマジで無いって!痴女だよ痴女っ!
(あのアンドロイドのお嬢さんがコレを用意したのも、アナタならここで「攻める」可能性を考えたんじゃないかしら?…ここで中途半端に無難な水着を選ぶのは、トレジャーハンターbeeの沽券にかかわるんじゃない?)
ぐっ…い、いやっ!そうは言ってもコレ…本当に数センチしか幅が無いの!
申し訳程度にサイド部分にパール状の横紐がついてる位で…コレが無かったらもう水着とすら言えないシロモノなんだって!
(大丈夫…乙女の嗜みとして常日頃から色々と処理は完璧でしょう?…それに、忘れたのかしら?アリババにあそこまで言わせたのを。)
脳内beeに言われて、昨日の夜の出来事を思い出す。
…熱の籠った瞳で私を見つめるアリババ。
「俺はお前が(仲間に)欲しい!お前の事は全力で守るし、必ず後悔はさせない!」
…あんなもん、もうプロポーズじゃん!!
恥ずかしいやら嬉しいやらでその場で身悶える私。
…そうか…そうね。
そこまで求められたら、応えてあげるのが本当の「良い女」よね?
…ねぇ、bee?
(That's a good choice!)
~ ~ ~ ~
辺りはすっかり暗くなり、俺と湯取はジャグジーを楽しみに屋上へとやって来た。
もちろん水着は着用している。フル〇ンでは無い。
広い屋上には、ライトアップされた大型のジャグジー…こりゃあ贅沢だわ。
少し冷えるのでさっさと入浴っと…おお、当たり前だがちゃんと温水だ。
水底から噴き出す泡…キレイなのはもちろんだが、マッサージを受けているようでなんとも心地よい。
こりゃあいいや…これってサイコーじゃない?
プシュパカ子機にお願いして、なんか飲み物でも用意してもらおうかな?
湯取は頭まで水中に沈めてはしゃいでいる…のか、アレは?
アイツのやる事は理解不能だわ…。
「待たせたわね。…へぇ、湯取君の言う通り、中々豪勢な設備じゃない。」
背後から聞こえるbeeの声。
泡立つ水面に映ったシルエットに妙な違和感を覚えつつ振り返り――
…俺は言葉を失った。
闇夜にライトアップされて浮かび上がる、白い肌。
…いや、いやいやいやっ!!
…肌色の面積が多すぎないか?…水着1:肌9位の割合だぞコレ…!?
パールホワイトの極小ワンピース…きっ…際どい…!
下手すりゃ痴女だぞ…普段からクールなbeeだから、なんとかギリギリの所でセクシーで済んでるけど…。
…それはそうと。
…何所がとは言わんが、控えめだな…。
うん、これ以上コメントは控えよう。
「おおおおおおおおっ…!!先輩っアリババ先輩っここが天国っスか!?」
五月蠅ぇのと眩しいので振り返ると、体に魔法陣が浮き出た湯取が興奮して出血していた。鼻から。
「おっ…落ち着け湯取っ!無意識に【ブースト】使うなっ!あと湯舟を鼻血で汚すなよ!?」
「…そんなに見つめられると、流石にちょっと恥ずかしいわ。」
そう言いながらbeeもジャグジーの縁に腰を掛ける。
…いや、恥ずかしいなら入れよ!
…コイツ、まさかわざと見せつけてるのか?
…やっぱ痴女なのかもしれない…!?
それより、このままだと湯取が出血多量で死んでしまう!
助けて誰かっ!アグニッ!プシュパカッ!?
『…皆様、お飲み物をお持ちいたしました。』
そんなことをしていると、プシュパカがカートを押してやってきた。
流石プシュパカ、ちょうど今助けを…って…!?
「なんでお前も水着なんだよ!?」
『TPOに合わせて求められる服装は異なります。ドレスコードはマナーの基本でございます。』
…絶対分かっててやってるな、コイツ。
プシュパカの水着はbeeほど際どくはないが…なんつーか、大迫力だな。
いやいや落ち着け俺っ!…アイツはアンドロイド…所詮は作りもんの体だ…!
『…体温・血圧の異常を感知…マスター、水分補給が必要です。』
「おっ…おう。」
…なんかコイツ、ちょっとニヤケて無いか?
…気のせいだよな?俺の負い目がそう見せているだけ…だよな?
『…必要とあらば、待機させている子機達にも水着を着せて参加させますが?』
「…イヤいらんいらんッ!それこそ成金野郎のパーティーみたいじゃねぇか!」
絵面を想像して少しニヤけそうになるも、それをやったらマジで人として終わると踏みとどまる。
…参加者の半数以上がアンドロイドって、空しすぎるだろ…。
『ハァ…アホか貴様ら。今も監視されてるってのに、半裸で乳繰り合いか?』
いつの間にか居たアグニが呆れ顔で言う。
うるせぇ、全裸のお前が言うな!…今日は流石に飲んでないんだな。
「…これで良いんだよ。『お前等なんか眼中に無いぜ!』って見せつけてるんだから。」
『フン…まぁ、昨日みたいに怖気づいていられるよりはマシか。』
随分な言われようだが…アグニなりに気遣ってくれてるのか?
…こりゃあ、明日は嵐になるかもなぁ…。
あ、湯取はいつだかみたいになんかシワシワになってたんで、ポーション飲ませたらフックラと復活した。
…お前、ソレ持ち芸みたいになってきてんな。…いつか体壊すぞ?




