68.盗賊、覚悟を決める
嵐が過ぎ去った後のバーラウンジ。
…辺りには見知った顔しか居ないってのに、空気は最悪だった。
「……。」
誰も喋ろうとしない。
…仕方が無い。
…それほどまでに、先程の遭遇…エンカウントは、衝撃的だったからな。
「…な…なんだったんスか、さっきの二人は…?」
最初に口を開いたのは、重苦しい雰囲気に耐えかねた湯取だった。
「…自分でも名乗ってただろ?アイツがレオン・オルテックス…オルテックス・インダストリーのTOPだよ。」
「ラスボスじゃないっスか!!なんでそんな大物がココに!?」
「後から現れたのは…マリア・ニェチェリナ。…A.R.K.研究運用部隊の隊長よ。」
俺の言葉にbeeが続けた。
…口調は落ち着いている。
だが、その顔色は明らかに悪かった。
「あの女の子…突然現れましたよ!?な…何かのスキル持ちっスか!?」
「…たぶん、所持している魔道兵装の力だと思うけど…アリババ、どうなの?」
湯取とbeeの疑問に…俺は答えることが出来なかった。
「…すまん、分からん。あいつ…俺の【鑑定】を弾きやがった。」
「えぇっ!?アリババ先輩のスキルを!?」
「…さっきのやり取りは、そういう事だったのね…。」
再び、重苦しい空気が辺りを包んだ。
…いかんな、このままでは。
「とりあえず、一度部屋へ戻ろう。…人に聞かれたくないし、万が一にも戻ってくる可能性だってあるからな。」
◇ ◇ ◇
『おかえりなさいませ、マスター。…何か問題がございましたか?』
部屋へと戻って来た俺達を出迎えたプシュパカが、真剣な表情で聞いてくる。
…どうやら俺達、一目見て分かるほどに疲弊しているらしい。
「…実はな…」
俺はバーラウンジに向かってからの顛末を、プシュパカに話した。
見る見るうちにその顔色を青に赤に変えていくプシュパカ。
…ほんと、表情豊かになったもんだ。
『申し訳ございません!…この度は、私の判断ミスでございます。本来であれば、宿泊施設の勢力調査は最優先で実施すべき事項。敵対勢力と同じ宿を取るなど――完全に私の落ち度です。』
「いやいや、お前のせいじゃないって!…まさかラスボス張本人とこんな所でニアミスするとは、普通は考えつかねぇよ。だから頭を上げろよ!」
土下座しそうな勢いのプシュパカを両手で制し、なんとか落ち着かせる。
…俺も、とりあえず座って一息つきたい気分だった。
ソファーに深く腰を掛け、大きく息を吐く。
湯取とbeeも座っているが…精神的にだいぶやられたみたいだな。
『…マスター、ポケットの中身をお貸しください。』
「ポケット?」
言われて手を突っ込む…あ、そうだった。
俺が差し出した赤い勾玉を受け取ると、プシュパカは深いため息を吐き――
――バチィッ!!
『ぬがっ!?』
プシュパカから電撃の様な衝撃が走ると、勾玉はアグニへと姿を変えた。
『ポンコツ…貴様っ!強制コードを使って無理矢理起こしやがったな!?ぶち壊されたいのか!?』
『黙りなさい、アグニ。』
怒り心頭のアグニに対し、プシュパカの声音は落ち着いている。
…だが目が笑っていない。
『…貴女がいながら、なんという体たらくですか。』
『あぁ…?何の話だ?』
要領を得ない様子のアグニに、淡々と何が起こったのかを説明するプシュパカ。
…そして、話を聞き終わったアグニの赤い瞳が、ゆっくりとこちらを向いた。
『…フン、そんな事か。そもそもが杞憂だ。』
気だるげに言いながら、アグニは頭を掻いた。
『たとえ我が寝ていたとしても――有人に埋め込まれた我との契約の証…【奇御魂】は、契約者である貴様を自動防衛する。』
そう言ってニヤリと笑う。
…そういえば、アグニから無理矢理手の平に埋め込まれたんだったな、この勾玉。
『…守護者たる貴女の台詞とは、到底思えませんね。酔い潰れていたことの言い訳にしか聞こえません。…しかしながらマスター、恐れ入りますが私からも加えて具申致します。』
ふてぶてしい態度のアグニをdisりつつも、プシュパカは補足するように言う。
『マスターの装備している【アヴァロン・レイヤー】には【索敵】機能がございます。例え神出鬼没の敵が相手であろうと――例外はございません。』
プシュパカはそう言うと、黙って俺を見つめる。
…気付けばアグニも、同じようにこっちを見ていた。
湯取も、beeも。
……。
――ああ。
そうか。そうだった。
俺はもう、前世の戦闘能力皆無の盗賊じゃあ無いんだった。
今の俺にはあるじゃないか。
あの頃の俺には無かった、強力なアノマリーと、頼もしい仲間達が。
気づけば俺は、拳を強く握りしめていた。
…何をやってんだ、俺は。
巨大企業オルテックス・インダストリーを敵に回す――
――そんな事、とっくに覚悟してた事じゃねぇか。
今更敵のボスを目の前にして、何を弱気になってやがる?
俺の覚悟ってのは、その程度のモノだったのか?
自慢のアノマリーは、奴等に通用しないようなチャチな代物か?
俺を信じてついてきた仲間は、奴等に劣るような貧弱な力量か?
気付けば、思わず自嘲が漏れていた。
――そうだった。
俺は…決めたんだった。
「今度の人生こそ――一片の後悔もしないって…!!」
――バシィィンッ!!
自ら両の頬を張った乾いた音が、室内に響く。
…そしてゆっくりと、顔を上げる。
「…悪かったな、みんな。いきなりの大物登場で、臆病風にふかれてたみたいだ。…柄じゃ無ぇな。」
なんとなく決まりが悪くて、頭をガシガシ搔きむしる。
「…アリババ先輩……!」
「…ようやく、いつもの顔ね。」
一度、深く息を吸う。
…そして、宣言した。
「…もう、俺は怯まない。盗賊は盗賊らしく、どこまでも放漫に自由に生きてやる。」
なんとか落ち着きを取り戻した俺と仲間達。
…だけど、状況が状況だ。
早急に、確認しておかなければならない事がある。
「…悪いがbee、今決めてくれ。」
唐突な俺の言葉に、首を傾げるbee。
「決めるって、何を?」
「…俺達の仲間になるかを、だ。」
俺は出来るだけ真剣な表情で、beeに告げる。
「これからきっと、オルテックスからの追撃は激しくなるだろう。…俺達の仲間になれば、きっともう後戻りは出来ない。」
beeの顔色が僅かに曇る。
…当然だ、さっきあんなことがあったばかりだからな。
それでも、俺は言葉を続けた。
「…だけど、俺はお前が仲間に欲しい!お前の事は全力で守るし、必ず後悔はさせない!…だから、俺達と…」
「…フフ、心配は無用よ。」
俺の言葉を遮る様に、不敵に微笑むbee。
「忘れたの?アタシ、奴等から【カーリストラ】を盗んだのよ?追われる身なのはどちらにせよ、よ。」
「いや、それはそうだけど…」
言い淀む俺にbeeはグッと顔を近付け、上目遣いでじっと俺の目を見る。
「…それにアタシ、狙った獲物は絶対逃がさない主義なの。…今更、逃がさないわよ?」
そう言って、右手を差し出す。
うぐっ…流石bee、こういう駆け引きは一枚上手か。
…なんとも頼もしいじゃねぇか。
俺は差し出された手を仰々しく握り返し、新たな仲間の誕生を心から喜んだ。
『アリババファミリー正式加入、おめでとうございます。bee様。』
俺達のやり取りを黙って見ていたプシュパカが、横から口を挟んできた。
…ん?なんか今変なコト言ってたな?
「…何だそのアリババファミリーってのは?」
『マスターの勢力も大所帯となってまいりました。そろそろ特定の呼称も必要となりましょう。』
ん~、そんなもんか?
でも「ファミリー」って…マフィアか何かみたいじゃね?
もっと他に…「アリババ一味」とか「アリババ組」とか…
…いや、それじゃあチンピラかヤ〇ザだ…余計に質が悪いか。
…湯取が「アリババファミリー!なんかカッケー!」って喜んでるから、まぁ良いか。
『…ファミリーの一員となった貴女様に、私からささやかながら贈り物がございます。』
そう言って軽く手を叩くと、プシュパカの子機メイドが何かを持って来た。
両手で掲げ持つシルバートレイの上には…黒い小箱。
プシュパカはそれを手に取ると、中身がbeeに見えるようにパカッと開いて見せた。
そこに収められていたのは…
「…指輪?」
そう、それはシンプルなデザインの指輪だった。
本体はステンレスの様な重厚な金属光沢を放ち、中央に小さな赤いランプが点灯している。
…指輪型のウェアラブルデバイス…スマートリングってヤツか?
『こちらの指輪は――』
プシュパカが意気揚々と商品説明を始めるが…何ソレ、チートじゃん。
話を聞いたbeeも、そのぶっ飛んだ性能に半信半疑ながら喜びを隠せないようだった。
「…凄いわね。これがあればアタシも、オルテックスを相手に正面から戦えるわ。…それにしても本当、アナタ達って非常識よね…。」
そう言って、beeは笑っていた。




