67.盗賊、また見つかる
貴重なアノマリーが多数出品されるという闇オークションに参加するため、中東の小国、カスヴァル共和国へとやって来た俺達。
オークションの前哨戦、ブラックマーケット巡りは大満足の結果となり、その祝杯も兼ねてホテルのバーラウンジで飲んでいた所、謎の紳士に話しかけられた。
…で、その相手の正体ってのが…
【レオン・オルテックス】38歳
オルテックス・インダストリー CEO
オルテックス・インダストリー創始者にして、私設軍事組織A.R.K.の実質的TOP。
――――
…俺達が敵対し、追われている組織のリーダー…ラスボスだった。
な…なんでコイツがここに!?
偶然!?…いや、まさか、もうこっちの正体がバレてるのか!?
『…どうしたのかね?私の顔に何か…』
そこまで言い、奴は何かに気付いたようだ。
…そして、貼り付けたような邪悪な笑顔を浮かべた。
『…いや、どうやら私が誰だか気が付いたようだね。』
…ヤバイヤバイヤバイヤバイ、完全に正体バレてるやんけっ!!
どうする!?逃げるべきか!?…いや、逃げきれるのか!?
相手は世界的な企業のCEOで、A.R.K.部隊のTOPだぞ!?
アグニは酔いつぶれてるし、プシュパカは部屋で待機している。
…顔面蒼白のまま、固まっているbee。
そんなbeeを前に、心配そうにしている湯取。
…いっそ俺と湯取、beeの三人でコイツを取り押さえて…いやいやいや、取り押さえてどうするんだよ!しっかりしろ、俺っ!!
…まずは会話で少しでも相手の情報を…
『…いやぁ、有名人の辛い所だねぇ。仕事とはいえテレビに雑誌に…顔が売れすぎていると相手を無駄に緊張させてしまうのが良くない。すまないね。』
…そう言って、苦笑するレオン・オルテックス。
…え?
コレ、もしかしてバレて無い?
『…あ~、レオン・オルテックスさん、ですよね?…オルテックス・インダストリーの…』
『如何にも、私がオルテックス・インダストリー現CEOのレオン・オルテックスだ。…だが、そうかしこまらなくても良いんだ。私はただ、才ある若者達と友諠を交わしたいだけなんだからね。』
…
…セーーーフッ!!
なんかバレて無いっぽいぞ!
…つーか、ちょっと話した感じ良い人っぽい?
『…こんな事を言うと誤解を受けかねないが…私は、才能ある優秀な人間が好きなんだ。』
いつの間に頼んだのか、手に持った琥珀色の液体が入ったグラスを軽く揺らし回すレオン。
『無論、才能の無い人間が嫌いという訳では無い。自分の才を知り、それを伸ばして成功を掴む…それが出来る人間に特別な好感を感じる、というのが正解かな?』
『は…はぁ…。』
『…ま、難しく考えないでくれ。要は未来ある若者と少し話してみたかっただけなんだ。』
…お、おう…。
…つまり、『成功者』であるレオンのオッサンは。
…バーラウンジにいた若造共に、かつての自分の姿を重ねて悦に浸る為に話しかけただけと。
…マジか…。
そんな気まぐれで、まさかのニアミスかよ…。
勘弁してくれよ…心臓が飛び出るかと思ったぜ…。
『見つけた。』
背後から唐突に聞こえた声に、反射的に振り返った。
そこに居たのは、バカ長い銀髪を腰まで伸ばした女…というか、少女?
…若いな。高校生位じゃないのか?
ちょっと不安になる位に線の細い…なんとも存在感が希薄な少女だ。
…いや、いやいやいや!論点はソコじゃ無ぇ!
「…えっ!?い…いつの間にっ!?」
「…突然現れた!?」
湯取とbeeから驚愕の声が上がる。
…コイツ、本当に突然現れやがった。
魔人である湯取と、腕利きのトレジャーハンターbeeの眼前に。
…レベル99の【盗賊】である俺の背後に。
…マジで、何者だコイツ…!?
『…やぁやぁ、ニェチェリナ君。君も一杯どうだい?』
レオンが自分のグラスを掲げるが、銀髪少女は冷たい眼でそれを拒否する。
『…思考回路がバグるから、お酒は飲まない。それより、護衛の目を盗んで部屋を抜け出すのは止めて欲しい。最高警備レベルのVIPルームに泊まっている意味が無い。』
『えぇ~?だってさぁ、オークションがある明後日まで暇だったんだもの。大事な案件だからってスケジュールにたっぷり余裕を持たせたもんだから…いやぁ、数年ぶりに暇って感覚を思い出したよ。』
…レオンのオッサン、酔ってるのか?
…世界的な超重要人物のクセに、酒には弱いのか…なんか以外だな。
それにしても、この少女…レオンはニェチェリナって呼んでたか?
ニェチェリナ…なんか聞き覚えがある名前だな。
…。
…。
…あっ!!
ニェチェリナって…前にA.R.K.空挺魔導部隊の銀ピカ女、エリシア・フロストレインが話してた…!
A.R.K.研究運用部隊隊長のマリア・ニェチェリナ!
戦車型魔道兵装を持ってるっていう危険人物だ!!
…それに、確かbee愛用の【カーリストラ】を造ったのもコイツだって話だ。
…【鑑定】
《(!)ERROR スキル【鑑定】が阻害されました。》
「!?」
【鑑定】が弾かれたっ!?マジかよコイツっ!?
『…今、何かしたな?』
心の底から戦慄するような、絶対零度の視線が俺に突き刺さる。
肌が粟立つ。
【危険察知】が。【直感】が。
脳内で最大級の警戒アラートを鳴らしている。
…くそっ、対応に…完全に失敗した。
まさか俺のスキルに対抗できる奴がいたなんて…!!
『…殺すぞ?』
「くっ…!!」
やるのか…ここで…!?
畜生っ…仕方が無…
『まぁまぁ、落ち着きなさいニェチェリナ君。』
まるで空気が読めない人間の様に、レオンの声がニェチェリナを制止する。
視線すら何処か上の空で、グラスの中の琥珀に口をつけ、グイッと傾ける。
『…ここはカスヴァルだ。皆、それ相応の自衛手段を用意しているものさ。一々反応して目くじら立てていたら、それこそ国ごと滅ぼさないといけなくなる。』
『…私、この国嫌い。臭いし、汚いし、低俗。…いっそ滅べばいい。』
ニェチェリナの人形の様な顔が嫌悪に歪む。
『まぁまぁ…世界には、こういう掃きだめみたいな場所は必要なんだよ?』
『…もういい、分った。…部屋に戻る。』
そう言うと、振り返って出入り口の方へと歩き始めるニェチェリナ。
…先程までの怒気が嘘のように霧散し、もうこちらには一ミリも興味が無い様子だ。
…うへぇ…おっかねぇ女。
こう言ってはアレだけど、なんつーか…癇癪持ちの子供みたいな奴だな。
『…ウチの部下が悪かったね。楽しい席がすっかり白けてしまった。…謝罪の意味も込めて、ここの料金は私が払っておくよ。』
そう言いながら、レオンが席を立つ。
そのままニェチェリナの後を追う様に数歩歩き、思い出したように振り返る。
『…次に会うのは、オークション会場になるかな?今度は例の彼女も一緒だと嬉しいね。紹介してもらえるのを楽しみにしているよ。』
そんな軽口を叩きながら、レオンは颯爽と去って行った。
…酔っていたのは――ブラフか?
…とにかく。
正に嵐の様に現れ、嵐の様に消えて行ったのだった。
◇ ◇ ◇
エレベーターが下へ、下へと降下していく。
そこに居るのは二人、レオン・オルテックスとマリア・ニェチェリナ。
…何も知らない人が見たなら、親子の様に見えるだろう。
実際は世界的大企業のCEOと、その部下なのだが。
《オアシス・グラン=カスヴァル》の地下深く…最下層のB99に『VIPルーム』は存在している。
アリババ達が宿泊している「ロイヤルスイートルーム」は、言ってしまえば「誰でも宿泊できる」…もっとも、途方もない大金を積む必要性はあるのだが。
しかし、この『VIPルーム』は話が別。
経済界・政財界に強いコネクションを持つ極一部の重要人物にのみ、その扉は開かれる。
地下型核シェルター…核爆発や電磁パルス、化学・生物兵器、地震などにも耐える、そこは正に『地下の要塞』である。
『…それで、ニェチェリナ君。』
微かなモーター音だけが響いていた空間に、レオンの声が反響する。
『どうだった?』
主語の無いこの問いかけに、銀髪の少女は…
『…フフッ…』
『…珍しいね。笑っているのかい、ニェチェリナ君?』
先程までの底冷えする様な表情から打って変わり…年相応の少女の様に、楽しそうに笑って答えた。
『…信じられる?さっきまで居たあのバーラウンジ…あの空間の中に、少なくともアノマリー反応が200以上あった…それもドミニオンズ級やスローンズ級… ケルビム級の反応まで!』
『…それは…とんでもないな。ノクス・ミラビリスの総本山…《グラン・ビブリオテカ》の所蔵品レベルじゃあないか。ここが世界中のアノマリーが集まる場所、カスヴァル共和国だということを差し引いても、異常な数だ。』
報告を聞いて少し大げさに驚いて見せたレオンは、何やら思案する表情を見せると言葉を続けた。
『…彼等が「墓荒らし」の一味…いや、彼が「鍵の男」だと思うかい?』
『外見データの一致率は35.5%…だけど、計器反応から何らかのアノマリーによる影響下にあると考えられる。』
『ふむ…恐らく【偽装の眼鏡】だな。今になって思えば、揃いも揃って眼鏡をかけていたからね。』
『ただ――』
『?』
『先日の…空挺魔導部隊の誤出動の件。隊員の証言に齟齬を感じたから、色々と計器にかけて調べた。…その結果、高出力魔力による記憶改ざんの痕跡があった。』
『…その報告は聞いたな。それで?』
レオンに促されたニェチェリナの右手には、何処から取り出したのかカード型のデバイス…「測定器」が握られていた。
『…計器と同じ魔力値の奴がいた。』
そう言うと…ニェチェリナは笑った。
…まるで「新しい玩具を見つけた」と言わんばかりに。
エレベーターは静かに停止し、液晶パネルから合成音声が流れる。
『…お待たせいたしました。本館最下階、VIPフロアでございます。』
到着と共に、扉が開く。
防犯上の対策として、VIPフロアはエレベーター内部側から開くことが出来ず、フロア内部に常駐する係員によってのみ開閉が可能となっていた。
眼前にはA.R.K.セキュリティー部隊が規律正しく並び、レオン達に敬礼する。
『どうする?もう捕える?』
ニェチェリナの問いにレオンは薄い笑顔を浮かべて答えた。
『…いや、まだ良い。逃亡不能な様に監視し、囲いこめ。…大事なオークションが終わるまでは、ね。』
アリババ達の知らぬ内に、その包囲網は確実に狭められていく。




