66.盗賊、邂逅する
「…よし、これで最後っ…と。」
一人リビングを離れ、これまた無駄に広い別室にて本日の成果の確認やら整理やらをしていた俺は、キレイに拭き上げた壺型のアノマリーを【錬金術師の驚異の部屋】に収納した。
…パーティーグッズレベルの品やら微妙に使いどころに迷う品も多いが…うん、まぁ満足した。
自分の顔がにやけていないか確認しながらリビングへと戻ると、ロイヤルスイート探訪に出ていた湯取が戻っておりなんだか盛り上がっている様子。
「…で!サウナとスパのエリアを抜けて、階段あがると屋上にバカデカいジャグジーがあるんスよ!星空と夜景を見ながらナイトプールならぬナイトジャグジーっスよ、ナイトジャグジー!金持ちマジ不潔っス!」
興奮冷めやらぬまま、ハイテンションで見て来たものを報告する湯取。
ミニバーの椅子に腰掛けたbeeは、微笑ましい物を見るかのようにそれを聞いている。
「…へぇ~、そんなものまであるんだ。…後で入ってみようかしら。」
「エッ」
唐突に投下された爆弾に、真顔で硬直する湯取。
「えっ?……ばっ、馬鹿ねっ!!アタシ、一緒に入るなんて言ってないわよ!!」
自分の発言が生んだ誤解に、顔を真っ赤にしながら弁明するbee。
羞恥にまみれた表情…ふ~ん、エッチじゃん。
「あ…あぁ、そりゃそうっスよね!…スンマセン、自分浮かれててちょっと変なコト想像しちゃいました…本当、申し訳ないっス…」
デカい身体を縮こませて、目に見えてションボリする湯取。
…アイツ、なんかbeeに惚れてるみたいだしなぁ。
うっかりでスケベ野郎だと思われたら、そりゃあいたたまれねぇな…。
…ま、完全に自業自得だけどな!
「…。」
カクテルグラスを見つめていたbeeが、無言でそれをグイッと飲み干す。
「……水着」
「…え…?」
「みっ…水着でだったら!…付き合ってあげなくもないわよっ!?…あっ、もちろん皆でねっ!!」
更なる爆弾発言に再び硬直する湯取。
このトレジャーハンター……すけべ過ぎる!!!
…いや、アレってもしかして酔った上での発言か?
つーか、皆でってことは俺も含まれてる?
…ラッキースケベならぬ、おこぼれスケベGET?
…なんかソレはソレで嫌だなぁ。
『おかえりなさい、マスター。何か飲まれますか?』
ミニバーのカウンターに立つプシュパカが俺に気付いて訊ねてきた。
その手にはシェイカー…バーテンダー役やってるのか?
…元々燕尾服みたいな姿だから、中々様になってるな。
「…そうだな、何か作ってもらえるか?…あんまり強くないヤツで頼む。」
『かしこまりました。』
そう返答するとプシュパカはシェイカーを…テーブルの上に置いた。
…いや、ソレ使わんのかい!
代わりにグラスを用意すると氷と酒を注ぎ入れ、なんかやたらと長いスプーンで軽くかき混ぜる。
グラスの縁にカットされたライムを挿して…
『お待たせしました、カリモーチョです。』
へぇ、えらく簡単に作るんだな。
…なんかド〇ターペッパーみたいな見た目だ。
差し出されたグラスを受け取り、一口飲むと…あ、コレって赤ワインとコーラか!
「美味い!それに飲みやすいな!」
『お口に合ったようで幸いです。』
面白がって飲んでいると、落ち着きを取り戻したbeeが話しかけて来た。
「アノマリーの整理、終わったのね。アナタは探索には行かないのかしら?」
「あ?…ああ、よく考えたら俺、10LLDDKKなんていうふざけた物件に住んでるんだ。今更部屋数や調度品程度じゃ驚かねぇよ。あ、でも湯取、面白かったもんは後で教えてくれ。ウチでも取り入れるから。」
そう言うとbeeは苦笑。プシュパカは何やらドヤ顔している。
と、そんな俺達を興味無さそうに見ている視線。
ソファーにだらしなく横たわった怠惰の化身、アグニだ。
「…そんな所でダラけて無いで、アグニもこっち来いよ。」
『…ふん、何故だ?我は貴様等下等種と違って飲み食いの必要が無いからな。こうやって居心地の良い場所で、エネルギー消費の少ない姿勢でいるのが合理的ではないか?』
…なんだコイツ、なんかヘソ曲げてないか?
アレか。
自分が飲食不要だから会話に混ざれないのが不満なのか?
そこはもうお前の仕様なんだから、ヘソ曲げたって仕方が無いだろうに…。
そんなことを考えていると、色々と察したプシュパカが口をはさむ。
『…確かに貴女に食事は不要ですが、アルコールは経口摂取可能なのではないですか?』
『……はぁ?なにを馬鹿なことを言ってるんだ?』
プシュパカの言葉を聞いたアグニは、心底小馬鹿にしたような顔でプシュパカを見やる。
そんな態度も意に介さず、プシュパカは意外そうに問い返す。
『…違うのですか?私のメモリ内に【焔のアヴァターラ】の仕様書はありませんが、貴女の設計思想・仕様から鑑みるに非常事態に備え燃料・アルコール等の経口摂取は可能と推測しますが?』
アグニはランクSアノマリー【焔のアヴァターラ】…意志持つ炎だ。
何をエネルギーにしているのかは知らんが、トラブル時には代替の燃料を経口摂取できる仕様…ってコトか?
…いやいや、でもアグニ本人が否定しているしなぁ。
『……あ』
…なんだ今の「あ」ってのは?
『…待て…マジか…?』
『恐らくですが、食事が不要だからと経口摂取系の機能ツリーを丸ごと無視なさっていたのではないですか?不要な思考は排除する…実に合理的です。』
ショックを受けているアグニをプシュパカがフォローする…いや、ありゃ皮肉か?
…まったく、ウチの人外共はずいぶんと感情豊かになったもんだ。
『…それでは、早速試してみましょう。こちらをどうぞ。』
そう言ってプシュパカが差し出したのは…オレンジジュース?…いつの間に用意してたんだ?
『……。』
無言でグラスを受け取るアグニ。
そのまましばらく、じっ…とグラスを見つめていたが…意を決したように一口。
『……!』
カッと目を見開いたかと思うと、そのまま一気にグラスを傾ける。
そのままグッと一息に飲み干したアグニは、最後に口から一塊の蒸気を吐き出した。
『……なるほど。』
両腕を組み、しばし余韻に浸るかの様に目を瞑る。
『いかがでしたか?』
『…悪くない…いや、良い。良いぞ、コレは。』
そう言って空のグラスを差し出す。
それを受け取ったプシュパカは引き換えにおかわりを渡した。
『ふむ…アルコールならカクテルでも問題無いようですね。不純物は焼却して蒸気と共に排出されたようです。』
「あ、やっぱカクテルだったのか、オレンジジュースじゃ無くて?」
『こちらはスクリュードライバーというカクテルです。ウォッカをベースにオレンジジュースで割ったものなのですが…最も、アグニ様用に氷無し、アルコール度数96%の「スピリタス」をベースに使用しております。』
うげ、アルコール度数96%って…消毒用アルコールかよ。
「…あれっ!?アグニ姐さんがカクテル飲んでるっスよ!?」
「良い飲みっぷりだけれど、ペースは大丈夫?」
騒がしくしていたからか、湯取とbeeがアグニが飲酒しているのに気が付いた。
『問題無い。…それよりお前等、ズルいじゃないか。…こんな愉快な物、自分達だけで楽しんでたなんて。』
そう言うとアグニはグラスの中身を飲み干し…ニヤリと笑った。
『アハハハハ!愉快だ愉快!!』
「ちょ…姐さんベロンベロンじゃないっスか!ってかアノマリーって酔っぱらうんスか!?」
本当だよ…まさかアグニが酒乱だったとは…
普段のキャラを忘れたかのように上機嫌で爆笑してやがる。
…どうすんだコレ?
「…ま、良いんじゃない?誰かに迷惑かけている訳でも無いし。それに、なんだか楽しそうだし。」
…確かに、あの仏頂面の権化であるアグニが笑っているのは貴重な絵面だな。
『ぷしゅぱか!おかわりだ!』
『残念ですがアグニ様、部屋にあったスピリタスの在庫が尽きました。』
『え…なんで…?』
「なんで?」じゃねぇよ、お前が飲んだからだよ!
アルコール度数96%の酒をパカパカ飲みやがって!
『まだまだ我は飲み足りないぞ!なんとかしろ!』
「…それじゃあ、下にあったバーラウンジに行ってみる?あそこなら強いお酒も色々置いてあると思うけれど。」
駄々をこねる酔っ払いに、beeが提案する。
「えぇ…こんな酔っ払い連れて行って大丈夫かぁ?」
「…まぁ、大丈夫じゃないっスか?姐さん、騒がないって約束出来るっスか?」
『大丈夫!約束する!』
…酔っ払いの約束ほど信用ならねぇモンは無ぇんだが…。
…ああもう面倒くさい!
「分かった分かった!アグニが暴れるようなことがあったら湯取、お前が責任もって取り押さえろよ!?」
「えぇ~!?俺っスか!?…姐さん、ホントお願いしますよ!?」
『大丈夫!任せろ!』
…本当に信用ならねぇな…。
あ、そうだ!思い出した!
俺は【錬金術師の驚異の部屋】から、とあるアノマリーを取り出す。
「…すっかり忘れてたわ、おい湯取!コレお前にやるよ!」
「え、なんスか…ってコレ、今日買ってたサングラス?」
「そうそう。…実はコレ、俺やbeeが使ってる【偽装の眼鏡】なんだわ。」
【偽装の眼鏡(改)】ランク:C
着用した者の他人からの印象を操作し、認識を偽装する眼鏡。
実際に体が変化している訳では無いので注意が必要。
魔術師による手が加えられ、外見がサングラス状に変化している。
「お前用の偽装アノマリーがまだだったからな。見た目もグラサンだし、ちょっと洒落てるだろ?」
「おおおおっ!貰っていいんスか!?有難いっス!」
そう言うとイソイソとサングラス…もとい、【偽装の眼鏡(改)】を装着する湯取。
丸型の遮光レンズをかけた瞬間、湯取の顔立ちが少し彫りが深く…西洋人風に変化する。
おお、髪もいつものゆるふわ茶髪から金髪直毛っぽくなって、全然日本人には見えないな。
「どうっスか!?見た目変わりました!?」
「おう、外人みたいでカッコイイぞ!元々装備してたアノマリーと相まって、もう完全に何かのコスプレにしか見えねぇ!」
「尊っ」
「…?beeさん、今何か言いました?」
「…何が?」
『…?おい主、ちょっと目を離したら湯取が居ないぞ?我を「ばーらうんじ」とやらに連れて行くんじゃなかったのか?』
…なんか面倒臭くなってきたな。
さっさと移動しよう。
過去一ノリノリのアグニと連れ立って、俺達は地下一階にあるバーラウンジへとやって来た。
室内は青と白を基調にした落ち着いた雰囲気…床は全面ガラス張りになっていて、足下を海月や熱帯魚…だけでなく、人魚の恰好をした女性まで泳ぎ回っている。
…コスプレ…だよな?まさか本物の人魚…有り得ないとは思うんだが、この世界の裏側を知っちまった今となっては全否定も出来ないんだよなぁ。
ま、それはそれとして。
正に大人の社交場、秘密のクラブみたいな雰囲気が出ててスゲー良い感じだな。
…何故コレが出来て、エントランスやロビーがあんなに悪趣味なんだかなぁ…。
案内されたカウンター席に座り、各々が飲み物と軽くつまめるものを注文する。
俺はさっき覚えたばかりの「カリモーチョ」だ。
…どうせ馬鹿の一つ覚えだよ!
バーテンダーの女性が手際良くカクテルを作り上げ、グラスが差し出される。
皆に飲み物が行きわたったのを確認すると、俺は自分のグラスを右手に持った。
「…そんじゃまあ、改めまして。無事カスヴァル共和国にも入国出来たし、初日の成果も上々だ。明日は各自羽を伸ばしてもらって、翌日の本番…「オークション」に万全の状態で参加出来るよう、備えてくれ。では…おつかれさん、乾杯っ!」
「「『かんぱ~い!!』」」
『……。』
バーラウンジで飲み始めて30分。
…あれだけ騒がしかったアグニが、なんか急に静かになった。
「…おい、アグニ…大丈夫か?」
『…眠い。我は寝る。』
えっ!?と思った次の瞬間、アグニの姿が突然消えた。
ちょっ…お前っ!店の人が居るのに急に消えるなよ!!
ふと違和感を感じ、ジャケットのポケットに手を突っ込むと、そこには熱を放つ勾玉が入っていた。
なんだ…勾玉形態になっただけか。
…幸い、バーテンダーさんは他の客の接客中だったようで、こちらに気付いていなかった。
…つーか、アグニって寝ないんじゃなかったっけ?寝てるじゃねーか!
そんな事を考えながらグラスを傾けていると、空いたアグニの席に男性が座り、俺に話しかけて来た。
『やあやあ…ここ、座っていいかい?離れた席で飲んでいたんだけど、なんだかとても楽しそうだったんでね。私も少し、一緒してもいいかな?』
シルバーブロンドの髪をオールバックにした男性…正に紳士といった風貌。
おそらくは上流階級の人間だろうに、人好きのする笑顔でそんな事を言う。
俺はプシュパカ製の翻訳チョーカーが機能しているのを確認し、返答する。
『ああ…五月蠅くしてしまって申し訳ありませんでした。丁度一人、酔いつぶれて部屋に帰った所です。気にせず座って下さい。』
『…それって、さっきまで居た赤髪の女性かな?そうか…お近づきになれるかと少し期待したんだがね、残念だよ。』
…ああいうタイプが好みなのか?
確かに今日のアグニ、バーで浮かない様に真っ赤なパーティードレスなんか着せたから、見た目だけは目を見張るような美女だったけれど…ベロンベロンで終始爆笑してたんだけど?
…流石上流階級、変わってるな…。
『カスヴァルには観光かい?それとも…何か買い付けに?』
『ええ…色々と珍しい物が集まると聞いて、観光がてら。』
俺の含みのある言い回しに、紳士は顔色一つ変えずに続ける。
『そうかそうか…その若さでここのホテルに宿泊していることからも窺えるが、相当な成功者…もしくは、指折りの実力者なんだろう。…それに、目利きにも自信が有ると見える。いやはや、末恐ろしいね。』
…目の前の男の態度や表情は変わっていない。
…なのに、何だ?
【直感】や【危険察知】スキルの警告にも似たカンジが、背筋にビンビン来てやがる。
「……っ!?」
俺の背後から、息を飲むような声が聞えた。
振り返ってみれば、真っ青な顔をしたbeeがこちらを見たまま硬直している。
視線の先は…俺が話している紳士。
何だ?この男、そんな有名人だったのか?
…【鑑定】しとくか。
【レオン・オルテックス】38歳
オルテックス・インダストリー CEO
オルテックス・インダストリー創始者にして、私設軍事組織A.R.K.の実質的TOP。
…
…あ~、これ駄目なヤツだ。
コイツ、ラスボスじゃねーか。




