65.盗賊、宿泊する
「……お城かな?」
目の前に、「豪華絢爛」という言葉を馬鹿が曲解したような…非現実的な建造物が現れる。
まるで千夜一夜物語…アラビアン・ナイトに登場する白亜の宮殿。
…良く知らんが、きっとナンチャラ様式とか言う名称がつく複雑な装飾が施されたエントランス。
一見すると舞踏会の会場かとでもいうその建物に、違和感バリバリのネオン風照明やレーザーライト、プロジェクションマッピングがあちらこちらで光り輝いている。
《オアシス・グラン=カスヴァル》…ここが、俺達がカスヴァル共和国滞在中の拠点となるホテルらしい、のだが…。
なんかコレ…例えるなら、石油王が作ったラ〇ホだな。
「え…俺、今夜抱かれるっスか?」
「誰にだよ…マハラジャとかか…?」
湯取のアホな発言を一度は否定したものの、俺の中の不信感が「こんな建物に泊まって何もされないなんて事がありえるのか?…いや、ありえない!」みたいな忠告を繰り返してくる。
…こりゃあ、場合によっちゃあ俺も抱かれるのでは…?
「…馬鹿な男どもは放っておいて、さっさと入りましょう?」
『知り合いだと思われるからな、他人のフリした方がいいぞ。』
入り口前でビビっている俺と湯取を尻目に、beeとアグニはエントランスへと入って行ってしまった。
何だよお前等、仲良いのな!
…よし、バカやってたら大分緊張もほぐれてきたな。入ろ。
入口までの傍らに、趣味の悪い金色の獅子像が並んでる。
…純金?いやまさか…メッキだよね?
否が応でも目に飛び込んでくる余計な情報を一旦シャットアウトし、俺はガラスの回転扉を潜った。
「…ほわぁぁ…。」
俺の背後で、湯取の口から過去一アホっぽい奇声が漏れる。
「…ほわぁぁ…。」
二度目の奇声。
あ、こっちは俺の声な。
…いや、それも仕方がなかろう。
恐る恐る入った正面ロビーは吹き抜けになっており…おい、天井が見えねえぞコレ…?
シャンデリアの替わりなのか光り輝く天使像が幾つも吊り下げられ、ロビー全体を幻想的な雰囲気に演出している。
…なんかこのホテル、一々派手だし豪華なんだけど、まるで統一感が無ぇな。
やっぱ金持ちの考えることは理解できねぇわ。
ロビーを見回せばスーツ姿の従業員達が、落ち着いた雰囲気でそれぞれの仕事をこなしている。
流石は接客のプロ、一挙手一投足が一々洗練されているな。
…何故か皆、異常にガタイが良い気がするのは、俺の考えすぎだろうか…?
…いや、絶対ジャケットの下に銃隠してるだろ!腕が不自然に浮いてるし!!
浦沢マンガで育った俺にはお見通しだぞ!
『お待ちしておりました、マスター。』
広いロビーの一角から聞き覚えのある声が聞えた。
目をやると、声の主はこちらに向かって手を振っている。
俺はそいつに歩み寄りながら、小声で話しかけた。
「プシュパカ…お前、よくこんなホテル取れたな。」
「アタシも驚いたわ。《オアシス・グラン=カスヴァル》といえば、カスヴァルでも三本の指に入る有名高級ホテルよ?…まぁ、一部装飾に疑問が残るのは確かなんだけれど。」
あ、beeも思ってた?
クソ高級なのはありありと伝わるんだけれど…やっぱ富裕層の趣味は理解できねぇな!
『その「三本の指」の内で、札束で頬をぶん殴った結果、ご用意できたのがコチラのホテルでございます。』
…気のせいか?今プシュパカの口から、えらく暴力的な表現が聞こえた気がしたんだが…。
…「札束で頬をぶん殴った」って…比喩表現だよな?…な?
「良くも悪くも富裕層向け、ね。…一体いくら使ったんだか…想像もできないわ。」
呆れたようにbeeが呟く。
まぁ、ウチってば資金は無尽蔵だからなぁ…オークション用に、かなり無茶苦茶な金額を用意してきたし。
…いくらココが富裕層向けの超高級ホテルだったとしても、正直屁でも無ぇわな。
「さぁ、皆様お疲れでしょう。ルームキーは既に預かっておりますので、お部屋へご案内致します。」
そう話すプシュパカの手には、三枚のカードキー。
あ、面倒な手続きはもう済んでるんだ?流石はプシュパカ。
初見のホテルマンに案内されるのもおっくうだし、この異色のメンツを見て変に勘繰られるのも面倒だしな。
先導するプシュパカに続き、全面ガラス張りの筒状エレベーターに入る。
プシュパカはノールックで最上階のボタンを押した。
「…おおぅ、アリババ先輩…見て下さいよ…。」
本日何度目かの湯取の奇声に、目を向けると…。
「…ああ、こりゃあ中々の絶景だな。」
上昇していくエレベーターの窓からは、夜のカスヴァル共和国が一望できた。
富裕層向けの施設が集まっている中心街だけあって、煌びやかな夜景が眼下に広がる。
…これには、高い金払った価値があったかもな。
『…ヴィマナから見下ろす夜景の方が、100倍素晴らしいですが?』
貼り付けたような笑顔のプシュパカが何か言っていたが、聞こえないフリでスル―した。
…こういうのは雰囲気なんだよ、雰囲気。
そうこうしているうちにエレベーターはゆるやかに停止し、液晶パネル下部のスピーカーから合成音声が流れる。
『…お待たせいたしました。本館最上階、ロイヤルスイートフロアでございます。』
既にエレベーターは停止しているが、扉は開かない。
…おお?どうした、まさか故障か?
『ロイヤルスイートは最上階フロア全てが貸し切りとなっております。ですのでセキュリティーの為、扉は勝手に開きません。このように…』
プシュパカが液晶画面にカードキーをかざすと、「フォン」と微かな音が鳴り扉が開いた。
降りようと一歩進んだ所で、俺は思わず足を止める。
目の前に広がっていたのは“廊下”ではなかった。
天井の高いホワイエ――もはや小規模な美術館か、貴族の私邸だ。
大理石の床は一切の継ぎ目が見えず、壁には抽象画とも宗教画ともつかない巨大な装飾が等間隔に並んでいる。
左右に部屋の扉は無い。
「…え、ここが全部貸し切り?」
『ご安心くださいマスター。このフロアはすべて、皆様専用でございます。』
「広すぎて不安なんだよ!」
中央のメインリビングに足を踏み入れた瞬間、視界が一気に開けた。
エレベーターと同じく、一面ガラス張りの部屋。
そこから見下ろす夜のカスヴァル共和国は、宝石をばら撒いたような光の海だった。
ソファは五人掛けが二基。
中央のクッソお洒落なデザイナーズ家具のテーブルは半透明の一枚板で、どんな仕組みだか空中に浮いているようなデザイン。何コレ不思議!面白っ!
…でも、下手するとそこらの車より高ぇんだろうな…。
壁際には酒瓶の並んだカウンター…ミニバーまで完備かよ。
…夜景を見下ろしながらお高い酒飲むとか…一部の成功者にだけ許されたアレだわな。
「アリババ先輩っ!探検行きましょう探検っ!」
「…いや、俺はパスで。」
「えぇっ!?どうしたんスか先輩っ!?こんな面白そうな所、探検しなきゃ損っスよ!?」
確かに、俺もロイヤルスイートに興味はある。
普通に生活していたら一生泊まる事は無かっただろうしな。
…ただな。
「俺には今日手に入れたアノマリーを整理する作業が残ってるんでな。面白そうなもん見つけたら後で報告してくれ。」
「…あ、ニヤニヤタイムっスか。了解っス!」
「…待て、何だニヤニヤタイムって。」
部屋を出て行こうとする湯取を制止し、問い詰める。
「え?アリババ先輩が新しいアノマリーを手に入れた日の夜にやってる一人鑑賞会の事っスけど?」
湯取がさらっと問題発言を言い放ちやがった。
…えぇ!?ウソだろっ!?
…俺、そんなにニヤニヤしてたか!?
確認するように視線を向けると、プシュパカに目線を逸らされる。
逆にバッチリ俺と目が合ったアグニは、汚物を見るような表情で言った。
『…ああアレ、メチャクチャ気持ち悪いぞ。主じゃなかったらぶっ殺してるな。』
俺はこの日、心に誓った。
二度と人前で鑑賞会はしないと。




