王の勝算
相変わらずの亀更新ですみません。
拙作を読んでくださる方に、感謝しきりです。
陛下とグランの受難は続く…
そして、レインは暫く放置プレイの予定です…主人公なのに…
さくっと終わらすつもりだった遠征が長引きそうなのでひとつの括りに纏めます。
気長にお付き合い頂ければ幸いです
グランが選択した、時間稼ぎの方法はシンプルだった。
鉄砲水として溢れてきた水を、ここで再度せきとめる。
その為の道具も、ここにはあった。
そして、その道具たる大樹を前に、グランは迷っていた。
今ここでなら、簡単に王を葬ることができる。
もう、忘れかけていた本来の使命。
幼き日に対峙した、ある人の命令を果すまたとない機会だと囁く声を、振り払う。
(…もう無効のはずだ)
一振りの剣であった頃の記憶など。
しかしその迷いが、彼の剣を鈍らせた。
ザンッ…メキッ…
迷いながら入れた太刀筋。
それに従って、不穏な音とともに巨木が傾ぐ。
(しまった…!)
そう気づいたときには、すでに遅く。
僅かにずれた切り口にそって、木は王を目掛けて崖を落ちていった。
その軌跡の先に見えるのは黒衣の姿。
「黒狼王!」
気づいたときには、叫んでいた。
その声に反応して、王は僅差でそれを避けたように見えた。
(間に合った…か?)
グランの肩から力が抜けた。
それを見て、一つきりの赤い瞳が、少しだけ微笑んでいた気がした。
しかし次の瞬間には、その微笑みは消え、有能な指揮官としての指示が飛んでくる。
「ユージィーンの置き土産があるはずだ!下ろしてくれ」
グランの腕前を知りながら、危うく死にかけたことは不問らしい。
(気づかれなかった…のか?)
そんなはずはないのだが。
全て見抜かれて泳がされている、決まり悪さに襲われながら、グランはユージィーンの置き土産らしき袋を見つけた。
中身は、縄ばしごが納められていた。
この主従にとっては、織り込み済みの事態であることを再認識して、グランは改めて戦慄する。
(分かっていて…こんな危ない橋を渡るのか)
とても、一国の宰相と王のやりようとは思えない。
(命がいくつあっても足りないな…)
すでに、巻き込まれた運の悪い自分を省みて、タメ息をついていると。
下ろした縄ばしごに手応えがきて、ピーンと張られる。
グランは慌てて、梯子を支えた。
(いまは考えてる場合じゃないか…)
負傷したものは背負われて、あるいは抱えあげられて、次々と人があがってくる。
最後は、王が最初に気付けを施した屈強な男が、幼げな顔の男を担いで上ってきた。
「後は王様だけだぜ」
男の言葉を受けて、グランは支えていた梯子を男に預け、下を覗いた。
そこには見慣れた黒衣の男が、隻眼を向けて立っていた。
ひとまず、全員を上げて任務を完遂したからか、その赤い瞳は微かに和んでいた。
(なんとか…間に合ったな…)
グランも、ほっと息をつく。
これで王を引き揚げれば終了なのだが。
縄ばしごの下で、王は腕を上げようとして。
やめた。
そして、何故か微笑んだ。
「やっぱりダメだったな。どうやら骨折してるらしいな」
「…は?」
思わず、本気で顎が外れるところだった。
「な…んで先に言わない?!」
じわりじわりと増えた水は、すでにその足首ほどになっている。
大木といえども、水の勢いにはいつまでも耐えられない。
グランが、縄ばしごに足をかけようとしたその時。
「止めとけ。お前の主は俺じゃない」
遠いはずのその声は、不思議と近くで聞こえた。
驚く空色の瞳に、王は隻眼を緩めて、少し微笑んだ。
「これは貸しにしとく」
その言葉にグランは、飛び降りようとした体を戻した。
貸しにする。
それは、未来を約束する言葉だ。
(なんだか分からないが…勝算はあるんだな)
その言葉にかけてみることにした。
「必要なもの…あるか?」
代わりにかけた言葉に、王は少し思案してこたえた。
「梯子が欲しいな。あとのことは…ユージィーンに任せる、と」
即座に切り落とした縄ばしごを手に、王は赤い瞳を面白そうに光らせた。
「じゃあ、行ってくるな」
そんな気軽な挨拶を残して、王は自分を結びつけた大木とともに、流されていった。
(丸太で鉄砲水に乗って川を下る…だと…?)
はっきりいって、自殺行為でしかないそれに、どんな勝算があるのか。
今、答えられるのは一人しか思い付かなかった。
グランは空色の瞳を険しくすると、最後に王に呼ばれた男を探し始めた。




