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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
王の遠征
38/67

ジンジャー・ブレッド

相変わらずの亀更新で申し訳ありません。

気長にお付き合い頂いてる方、ありがとうございます。


「初めまして、エレイン様。当店主人のジンジャーと申しますわ」

くすんだ金髪を一つに(まと)め上げ、かっちりとしたドレスに身を包んだ、ヒルデガルドそっくりの美人は、そう言い切ってから優雅に一礼してみせる。

(は、初めましてって…)

全く笑ってないエメラルドの瞳が怖い。

彼女の言葉が、嘘であることは目眩がなくても分かった気がする。

(これ以上、その名前を出したらただじゃ済まないって目なんだもの…)

確かに、貴族の子女が店のオーナーになるのは、非常に外聞(がいぶん)が悪いことだ。

貴族は働かないものであり、どんなに内証(ないしょう)が苦しかろうと、妻女を働かせることは恥とされていた。

労働とは下賤(げせん)のもの、というのが貴族の考えなのだ。

(ヒルデガルド様は、この国の上級貴族の子女なのだし、隠すのは当然かしら…)

しかし、それなら何故、店主としてこの店にいるのだろう。

表に姿を見せずとも、店をもつこともできただろうに。

新たな疑問に、レインが首をかしげるのには構わず、茉莉花は呑気にジンジャーに声をかけている。

「ジンジャー、まだアップルパイ残ってるかしら?私、あれが楽しみで来たんだけど」

「もちろん、用意してありますわ」

全てを分かった上で、楽しんでるという意味では、より性質の悪い第二側妃を、レインは思わず横目で睨んでしまう。

その視線に気づいてか、茉莉花はふっと微笑む。

「あぁ、忘れるところでしたわ。エレイン様には、例のアレをお願いしますわね?」

何故か、全身に鳥肌がたつ。

この微笑みで、この台詞。

(絶対に良くないことが起こりそう…)

でも、レインが全力で拒否しようとした時には、もうジンジャーの手が二の腕をガッチリとらえていた。

レインのものよりも、手入れも行き届いた淑女の手でありながら、それは予想外に力強かった。

「分かりましたわ。其ではエレイン嬢、ここでは恥ずかしいこともありますでしょうから…」

不穏な台詞とともに、否応ない力で引きずられなからみれば、茉莉花は鮮やかな唇で。

(ガンバッテ)

と呟いていた。

(何をどう頑張るのよ…!)


連れていかれたのは、ハーブが咲き誇る、小さな中庭の東屋だった。

そこには既に、ティーセットが運び込まれ、芳しい匂いを放っていた。

(あ、…この感じ懐かしいな)

咲き乱れるハーブの香りに懐かしさを感じていると、流麗な手つきでジンジャーがお茶を給仕してくれる。

「あ、ありがとうございます…」

未だにどう接していいか分からないジンジャーに、恐る恐る礼を言うと、優美な眉がぐっとしかめられる。

「…もうヒルダでいいわよ。呼びにくいみたいだし」

「あ、ありがとうございます…」

しぶしぶの譲歩ではあったものの。

レインもその方が話しやすいから、助かった。

そこで、一番の疑問をぶつけてみた。

「ヒルダ様は何故、このお店を??」

お金に困るわけのない上級貴族の令嬢。

偽名まで使ってこの店をやるメリットはなにか。

レインの問いかけに、ヒルダはその緑の瞳を煌めかせた。

「もちろん、王妃さまの為に決まってるでしょ」

さも、当然のような回答に、レインはより混乱する。

「そ、それは王妃様が甘いもの好きでいらつしゃるということ…ですか??」

レインの言葉に、ヒルダは首をかしげる。

「普通だと思いますけど?」

「………」

では何故、甘党でもない王妃の為に菓子店を作るのか。

ますますもって謎である。

(あー…後宮に関係する人ってなんでこう、面倒なんだろ…)

考えに詰まって、お茶に手を伸ばせばそれは飲み頃に冷めていて、とても美味しかった。

添えられた菓子は、一口大のパイのようなもので、タワー状につみあげられている。

一番上を手にとって、食べてみれば林檎の酸味とカスタードの甘さが広がった。

「美味しい…」

思わず、呟けば。

目の前の美女が見たことのないほど、嬉しそうな微笑みを讃えてこちらを見ていた。

「そうでしょ?実は全部味が違うのよ。今日は6種類出てるから、なに味か当ててみてね」

弾む口調で菓子を勧める姿は、普段の居丈高な態度は成りをひそめて、無邪気で可愛らしい。

なんとなく抱き締めたくなる位に。

危うく、やりそうになって、レインはすんでで思いとどまる。

(あ、危ないわ…うっかり惚れるとこだったわ)

と、同時にヒルダもハッと気づいた。

「って、違うわよ!こんな話するために、わざわざこんな場所、用意したんじゃないのよ!」

本題から逸れてることに、気づいたらしいが…こっちを睨むのはやめてほしい。

(私のせいじゃないし!)

「貴女、陛下のことが好きなの?嫌いなの??」

存分に、油断したところにきた直球を、レインは避け損なった。

「え?!」

一気に顔が紅潮する。

その顔を見て、ヒルダは何かを納得したように頷いた。

「成る程、嫌いではないわけね?じゃあ!陛下は片想いってわけでもないのね」

にやりとつりあがる唇が恐ろしい。

「そういうことなら…腕がなるわね」

ふふふ、とこぼれる笑みもどこか黒い。

「あ、あの…ヒルデガルドさま…?」

不安そうに尋ねるレインに。

「大丈夫、ジンジャー・ブレッドは凄腕の仲人ってよばれてるんだから…!なかなか評判なんだからね!私はただ、貴女を目一杯磨き上げて、陛下に釘付けになって頂いて、その間に傷心の王妃様をお慰めする役得をとろうとか、ちっとも考えてませんわ!」

「ヒルデガルドさま…後半聞こえちゃいけないとこまで、聞こえてますよ…」

(そんなことだと思ってた…けど!!)

間違いなく本気のヒルデガルドに迫られて、レインは思わずあとじさりする。

(だから美人の真顔、怖すぎる…!)

本気で王を売り付けてくる第一側妃とか。

それを全然止めない第二側妃とか。

(聞いてないことが多すぎる!)

ここにいない、黒髪の隻眼の王に苦情を申し入れながら。

涙ぐんだレインを追い詰めていたヒルデガルドの背中に。

「ヒルデガルド!」

聞き覚えのある声が聞こえた。

「茉莉花さま!!」

思わずすがるように、目を向けてレインは固まった。

茉莉花の顔は見たことがないほど、蒼白だったから。

その様子に、ヒルダも気がつき、その緑の瞳がすっと細くなって、茉莉花にむけられた。

「いま、城から使いがきて…陛下が…視察先で……鉄砲水に巻き込まれて…生死不明、と」

「…え…」

驚きのあまり、レインは自分の口から声が漏れていたことも、気がつかなかった。

(生死不明って…あの…王が…)

なぜ。どうして。

疑問ばかりが渦巻いて、何一つできなかった。

その時。

「ここにいても、埒があかないわ。すぐに城に帰るわよ」

ぴしりと一本筋のとおった声が、レインは背中を打った。

力強く輝くエメラルドが、彼女を見つめている。

(しっかりしなさい)

勇気づけるようなそれに、レインは頭をあげた。

(まだ…確かなことはわからない…)

「忙しくなるわよ…!」

その言葉に含まれる、昂りのようなものに、ようやく茉莉花が微笑むのを感じながら、レインは頷いた。

(今は…心配よりもすべきことを為さなくては…)

大丈夫。

きっとあの王は死んだりしない。

何があっても生き延びているはずだ。

「城へ…帰りましょう」

何があっても、王が戻ってくるだろう場所へ。

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