ジンジャー・ブレッド
相変わらずの亀更新で申し訳ありません。
気長にお付き合い頂いてる方、ありがとうございます。
「初めまして、エレイン様。当店主人のジンジャーと申しますわ」
くすんだ金髪を一つに纏め上げ、かっちりとしたドレスに身を包んだ、ヒルデガルドそっくりの美人は、そう言い切ってから優雅に一礼してみせる。
(は、初めましてって…)
全く笑ってないエメラルドの瞳が怖い。
彼女の言葉が、嘘であることは目眩がなくても分かった気がする。
(これ以上、その名前を出したらただじゃ済まないって目なんだもの…)
確かに、貴族の子女が店のオーナーになるのは、非常に外聞が悪いことだ。
貴族は働かないものであり、どんなに内証が苦しかろうと、妻女を働かせることは恥とされていた。
労働とは下賤のもの、というのが貴族の考えなのだ。
(ヒルデガルド様は、この国の上級貴族の子女なのだし、隠すのは当然かしら…)
しかし、それなら何故、店主としてこの店にいるのだろう。
表に姿を見せずとも、店をもつこともできただろうに。
新たな疑問に、レインが首をかしげるのには構わず、茉莉花は呑気にジンジャーに声をかけている。
「ジンジャー、まだアップルパイ残ってるかしら?私、あれが楽しみで来たんだけど」
「もちろん、用意してありますわ」
全てを分かった上で、楽しんでるという意味では、より性質の悪い第二側妃を、レインは思わず横目で睨んでしまう。
その視線に気づいてか、茉莉花はふっと微笑む。
「あぁ、忘れるところでしたわ。エレイン様には、例のアレをお願いしますわね?」
何故か、全身に鳥肌がたつ。
この微笑みで、この台詞。
(絶対に良くないことが起こりそう…)
でも、レインが全力で拒否しようとした時には、もうジンジャーの手が二の腕をガッチリとらえていた。
レインのものよりも、手入れも行き届いた淑女の手でありながら、それは予想外に力強かった。
「分かりましたわ。其ではエレイン嬢、ここでは恥ずかしいこともありますでしょうから…」
不穏な台詞とともに、否応ない力で引きずられなからみれば、茉莉花は鮮やかな唇で。
(ガンバッテ)
と呟いていた。
(何をどう頑張るのよ…!)
連れていかれたのは、ハーブが咲き誇る、小さな中庭の東屋だった。
そこには既に、ティーセットが運び込まれ、芳しい匂いを放っていた。
(あ、…この感じ懐かしいな)
咲き乱れるハーブの香りに懐かしさを感じていると、流麗な手つきでジンジャーがお茶を給仕してくれる。
「あ、ありがとうございます…」
未だにどう接していいか分からないジンジャーに、恐る恐る礼を言うと、優美な眉がぐっとしかめられる。
「…もうヒルダでいいわよ。呼びにくいみたいだし」
「あ、ありがとうございます…」
しぶしぶの譲歩ではあったものの。
レインもその方が話しやすいから、助かった。
そこで、一番の疑問をぶつけてみた。
「ヒルダ様は何故、このお店を??」
お金に困るわけのない上級貴族の令嬢。
偽名まで使ってこの店をやるメリットはなにか。
レインの問いかけに、ヒルダはその緑の瞳を煌めかせた。
「もちろん、王妃さまの為に決まってるでしょ」
さも、当然のような回答に、レインはより混乱する。
「そ、それは王妃様が甘いもの好きでいらつしゃるということ…ですか??」
レインの言葉に、ヒルダは首をかしげる。
「普通だと思いますけど?」
「………」
では何故、甘党でもない王妃の為に菓子店を作るのか。
ますますもって謎である。
(あー…後宮に関係する人ってなんでこう、面倒なんだろ…)
考えに詰まって、お茶に手を伸ばせばそれは飲み頃に冷めていて、とても美味しかった。
添えられた菓子は、一口大のパイのようなもので、タワー状につみあげられている。
一番上を手にとって、食べてみれば林檎の酸味とカスタードの甘さが広がった。
「美味しい…」
思わず、呟けば。
目の前の美女が見たことのないほど、嬉しそうな微笑みを讃えてこちらを見ていた。
「そうでしょ?実は全部味が違うのよ。今日は6種類出てるから、なに味か当ててみてね」
弾む口調で菓子を勧める姿は、普段の居丈高な態度は成りをひそめて、無邪気で可愛らしい。
なんとなく抱き締めたくなる位に。
危うく、やりそうになって、レインはすんでで思いとどまる。
(あ、危ないわ…うっかり惚れるとこだったわ)
と、同時にヒルダもハッと気づいた。
「って、違うわよ!こんな話するために、わざわざこんな場所、用意したんじゃないのよ!」
本題から逸れてることに、気づいたらしいが…こっちを睨むのはやめてほしい。
(私のせいじゃないし!)
「貴女、陛下のことが好きなの?嫌いなの??」
存分に、油断したところにきた直球を、レインは避け損なった。
「え?!」
一気に顔が紅潮する。
その顔を見て、ヒルダは何かを納得したように頷いた。
「成る程、嫌いではないわけね?じゃあ!陛下は片想いってわけでもないのね」
にやりとつりあがる唇が恐ろしい。
「そういうことなら…腕がなるわね」
ふふふ、とこぼれる笑みもどこか黒い。
「あ、あの…ヒルデガルドさま…?」
不安そうに尋ねるレインに。
「大丈夫、ジンジャー・ブレッドは凄腕の仲人ってよばれてるんだから…!なかなか評判なんだからね!私はただ、貴女を目一杯磨き上げて、陛下に釘付けになって頂いて、その間に傷心の王妃様をお慰めする役得をとろうとか、ちっとも考えてませんわ!」
「ヒルデガルドさま…後半聞こえちゃいけないとこまで、聞こえてますよ…」
(そんなことだと思ってた…けど!!)
間違いなく本気のヒルデガルドに迫られて、レインは思わずあとじさりする。
(だから美人の真顔、怖すぎる…!)
本気で王を売り付けてくる第一側妃とか。
それを全然止めない第二側妃とか。
(聞いてないことが多すぎる!)
ここにいない、黒髪の隻眼の王に苦情を申し入れながら。
涙ぐんだレインを追い詰めていたヒルデガルドの背中に。
「ヒルデガルド!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「茉莉花さま!!」
思わずすがるように、目を向けてレインは固まった。
茉莉花の顔は見たことがないほど、蒼白だったから。
その様子に、ヒルダも気がつき、その緑の瞳がすっと細くなって、茉莉花にむけられた。
「いま、城から使いがきて…陛下が…視察先で……鉄砲水に巻き込まれて…生死不明、と」
「…え…」
驚きのあまり、レインは自分の口から声が漏れていたことも、気がつかなかった。
(生死不明って…あの…王が…)
なぜ。どうして。
疑問ばかりが渦巻いて、何一つできなかった。
その時。
「ここにいても、埒があかないわ。すぐに城に帰るわよ」
ぴしりと一本筋のとおった声が、レインは背中を打った。
力強く輝くエメラルドが、彼女を見つめている。
(しっかりしなさい)
勇気づけるようなそれに、レインは頭をあげた。
(まだ…確かなことはわからない…)
「忙しくなるわよ…!」
その言葉に含まれる、昂りのようなものに、ようやく茉莉花が微笑むのを感じながら、レインは頷いた。
(今は…心配よりもすべきことを為さなくては…)
大丈夫。
きっとあの王は死んだりしない。
何があっても生き延びているはずだ。
「城へ…帰りましょう」
何があっても、王が戻ってくるだろう場所へ。




