留まり
6
車の隣のシートに座っている花は、私にはまるで天国にいるような居心地がするこの草原なのに、すでに見飽きてしまったようだった。
「花ちゃん、せっかく早起きして遠くまで来たのに、もう少し外の景色を見てごらんよ。こんなきれいなところ、めったに来られないのに。ほら、また牛がいたよ」
今日のドライブを、私はもっと花に楽しんでもらいたかった。花がここにきて「すごい、すごい」と喜んでくれることで、ほんとうは私が満足したいのかもしれなかった。
「ねえ、数えてみたら」
私は花に周りにずっと広がるここの姿をもっと見て欲しかったので、草原の中に何頭の牛がいるのか数えてみるように言った。
「1・2・3・4・5・・・。いっぱいいすぎて、わかんない」
緑の続く風景に見飽きてしまっていた花は、草原にいる牛を数えることもまた、つまらないことのようだった。
花と私を乗せた車は、きみどりの壁の上の草原から、さっき展望所から見た壁に囲まれた中の人が住む町に向かって坂道を下りて行った。あたりは木が生い茂り、草原はもうなくなっていた。いくつもの急なカーブが続く壁の中に続く道は、これまでの黄みどり一色の平坦な道に飽きてしまっていた花を喜ばせた。壁の上の草原が見えたり、どんどん近くなる壁の中が見えたり、カーブを曲がるたびに景色が違って見えた。坂道を下りてしまうと田んぼが一面に広がっていた。道の両側に、ぽつぽつと家や店舗、ガソリンスタンドが見え、人がこの場所に生活していることを感じた。田んぼの中をまっすぐに進む道からは、ここを囲む黄みどりの壁が見える。それは壁の上から見た時よりもずっと高い壁だった。
この壁に囲まれた小さな町の中心に、私達がここに来たもう一つの目的のパワースポットがあった。インターネットで見つけたこのパワースポットは、二千年の歴史があるこの地を守る神社だった。壁から降りて来たまっすぐの道から少し入ったところにあるその神社に着くと、私はすぐ隣にある駐車場に車を停めた。車の外に出ると、壁の中の空気はさっきこの展望所で感じたのより、ずっと温かくていつもとあまり変わらないようだった。この壁の中に入ってしまえば、そこは花と私が暮らす町と変わらない気がした。花は、これまで人の姿の見えないところばかりだったので、神社に来て観光客だったりお店だったりがあるのを見てうれしそうだ。花と並んで神社の入り口に向かって歩くと、すぐに神社の入り口の楼門と呼ばれる大きな門があった。私と花はその前にある湧水で、テレビで見た通りの方法で身を清めた。飲むこともできるその湧水はとても冷たくて気持ちがよくて、本当に身が清められるような感じがした。振り返って見上げると、楼門と呼ばれるその建物は二階建てなっていて、神社の名前が書いてある看板のような板は、私の背よりずっと大きかった。私はその楼門の前に花を立たせて写真を撮った。花は早く中へ入りたかったようで不機嫌な顔をしていた。花に催促され、さっそくその楼門の下をくぐり境内に入ると、想像していたよりずっとシンプルな神社の建物があった。まだ、この神社を訪れている人の数はそんなに多くはなかったので、花と私はすぐにお参りをすることができた。花は自分リュックサックからウサギのキャラクターの付いた小さなガマ口のお財布を取り出していた。
「百円入れようかなぁ?」
「花ちゃんのお小遣い減っちゃうよ。五円でいいよ」
「たったの五円?」
花は、ママはケチだねぇ、とでも言いたい様子だった。
「おばあちゃんが、御縁がありますように5円でいいって、言ったもん」
小さい頃、神社にお参りをする時、母が私達にいつもそう言っていた。
「ふぅん、おばあちゃんが言うなら、ほんとうだね」
花は小銭のいっぱい詰まった小さな財布の中から5円玉を探していた。私の財布の中には五円玉が見つからなかったので、
「絶対にいいことがありますように」と、奮発して五十円玉を賽銭箱の中に投げ入れた。花も同じように五円玉を投げると、あまり音のならない鈴をぶんぶん振って、二人でじっくりとお参りをした。私の神様へのお願い事は、もう決まっていた。
「神様、お願いです。花が元気に育ってくれて、ずっと一緒にいれますように。それ以外には何もないと思っていました。でも、さっき気づきました。ほんとうは私も、自分のやりたいことを見つけて頑張りたい。花に未来があるように、私も未来に向かって私の人生を歩いてみたい。私が何かを頑張って前に進めるように、やりたいことが見つかりますように、どうか、どうかよろしくお願いします」
私は神様に本気でお願いをした。あまりにも漠然としいたので、神様の所まで私の願いは届いただろうかと心配までしていた。そして私のお参りが終わって目を開けると、隣にいる花が私を見上げ、おかしそうに笑っていた。
花と私の後ろにはたくさんの人が参拝するための順番を待っていた。本気でお参りをする必死な私の姿を見られていたと思うと急に恥ずかしくなって急いで石段を降りていたら、
「ママは欲張りだね。たくさんお願いしていたでしょ?」
花にもそう思われていたと思うとまた恥ずかしくなった。
「そうよ、ママは花ちゃんがいつも元気でいることができますように。花ちゃんとずっと一緒にいることができますように、ってお願いすることがたくさんあるいの」
花はもうそんな私の言葉なんて聞いていなくて、砂利の上をザクザクと踏みしめながら隣にある小さな鳥居の方へ走っていた。
「ママ、ここにもお参りする所があるよ」
そこには願かけ石と名前のついた岩のように大きな石があった。説明書きには、この石は、二年前にこの神社の大明神がもろもろの願いを込めた当時の岩石の一部で、願い事を心に念じながらこの石をなでるようにと書いてあった。花と私は、さっそくこの願かけの石にお願い事をすることにした。大きな石のざらざらとした感触を確かめながら、
「私のやりたいことを見つかったら、私はそれを頑張ることができますように」
私はこの願かけの石に、そうお願いをした。そして、
「花ちゃん、これこれ。これは絶対はずせないよ」
願い事の石の少し離れたところに松の木が生えていて、その周りをおみくじがたくさん結んである縄が丸く張ってあった。その松の木の前に縁結びと書かれた看板が立っていた。
「花ちゃん、この松の木、縁結びだって」
私はすこし大げさに言った。花は縁結びがよくわからないようだったので、私は縁結びを「素敵な人と出会えること」にしておいた。女の人は右回りに二周、男の人は反対にこの松の木を回らなければならないようだった。私と花は「ママにいい出会いがありますように」とお願いしながら松の木の周りを回った。
黄みどりの壁に囲まれた大きな丸の中で、花と私は縁結びを願う小さな円を二つ描きながら願いが届けばいいと思った。もしかしたら私達は、周りに見ている人から「再婚相手を探しているのね、かわいそうに」なんて思われていたかもしれない。でも、私よりずっと年上に見える人だってまじめにこの松の木を回っていた。私は大きな声で、
「縁結びは若い人だけじゃないもん。人にはそれぞれいろいろあって、私は素敵な人に出会いたいだけじゃなくて、私のこれからの人生を共に生きることができる何かと出逢うためにお願いしているのよ」と言いたいと思った。
花が「おみくじを引いてみたい」と言ったのでおみくじを引いてみることにした。いろんな種類のおみくじがあったので、私達はどれを引こうか迷ってしまった。結局二人とも普通の幸福おみくじを引くことに決めた。おみくじを引く時には迷ってはいけなかった。私はいつも、最初に見つけた、ひらめくようなそれを引くことにしていた。それでも今日は特別にドキドキした。だって今日はいつもとは違って、これから先の私の人生がかかっているような気がしていたから。花が引いたおみくじは吉、私が引いたのは大吉だった。花は、大吉を引いた私をうらやましがって、自分が吉だった事が悔しいみたいだった。私は、すねている花の引いたおみくじを声に出して読みあげた。
「頑張っていることがなかなか現れてきませんが、このまま信じて頑張ればきっと報われます、だって。花ちゃんが宿題とかお留守番を頑張ってくれているから、そのうちいいことがあるからもう少し頑張って続けましょう、って意味だよ」
私なりの説明を付け加えても、花はそれでも満足できないようで、
「ママのおみくじにはなんて書いてあるの?きっといいことが書いてあるんでしょ」
なげやりにそう言うので、花に向かって、私が引いた大吉のおみくじを声に出して読んだ。
「安泰で温かい情景を生み出すことができます。小さく見える出来事にも注意を払う細心さが望まれます」とあった。そして仕事も恋愛も学業も、それぞれに大きな成果が得られると書いてあったので、私はすごくうれしくなった。
「いままで、ずっと止まったままでいた私の中にある何かが動き出すチャンスだよ。これから先、どんな小さな事も見逃さないようにしていたら、私がさっきお願いしたばかりの、私のやりたい何かがきっと見つかるよ、きっと」
私は、そう心の中で呟いていた。
参拝を済ませた花と私は、神社の前を横切る参道を歩いて見て回ることにした。参道から続く門前の商店街にはいたるところに水が湧き出ていて、それぞれに古い民話からとった名前がつけられていた。それは、若返りの水や幸福の水、健康とかいろいろな効果があるようで、自由に飲むことができるようになっていた。私は欲張って全部飲んでみたいと思ったけどできそうになかった。それで、花と私は飲んでみたい水を厳選して飲むことにした。私は幸福と若返り。花は宿題の日記が上手に書けるようにと文豪の水を飲んだ。
門前の商店街にはゴールデンウィークのお出かけの人がたくさんいて、湧き出る水を飲んだりお土産物を選んだりしていた。花と私は、昨日インターネットで見つけた、もう一つの目的の場所へ歩いて向かった。そこは、商店街の外れの竹が生い茂っている分かりにくい場所にあった。茂みの前にある用水路には、透明な水の中に緑の水草とそれの白い小さな花が咲いていた。そして、用水路の上に架かる小さな橋の上に、木の板に白いペンキで控えめに店の名前が書いてある看板が置いてあった。茂みの奥に進むと古い木製の建物が二つ並んでいた。インターネットで見たのには、昔の古い学校の跡とあった。手前の建物は淡いエメラルドグリーンに塗られ、ペンキがところどころ剥げていい感じになっている。建物の入り口の周りには、古い使われなくなった椅子や木箱、じょうろやはしごやなんかのがらくたのような道具がたくさん置いてあった。入口の階段を上がって古い校舎の中に入ると、その建物と同じくらい昔のいろんな道具が並べてあった。ここは、ちょっと昔の日本の家庭にあったような古道具をたくさん置いてあるお店で、それ以外にもオーナーの趣味で選んだ現代作家の焼き物やガラスの器などを扱う、このあたりでは有名な古道具屋さんだった。私は去年、雑誌に載っていたこの古道具屋を見ていつか行ってみたいと思っていたので、このお店がさっき行った神社の近くにあるとインターネットで見つけた時に、今日のお出かけの目的の一つに加えていた。
このお店に置いてあるものは、使用法が分からないようなずっと昔の物もたくさんあるけれど、ずっと昔、私が小さかった頃に住んでいた古い家で一緒に過ごした物たちに似ていた。花柄のポットや、アルミのトレー、虫食いの跡が残る本棚、ラジオや食器、醤油さし、ビニールの子供のおもちゃやなんか、私が小さかった頃はどれもただの古い物だと思っていたものが、今はなんだか魅力的なものに見えてきた。どれを見ても、誰かに大事に使われた時間と、その後忘れ去られて静かに過ごしてきた時間を感じることができるようだった。そして今は、また大事に使ってもらう時をここで待っている。私はここへ来た記念に何か買って帰ろうと、花と一緒に古い校舎の中を欲しいものを見つけて回った。
私が小さいころ住んでいたもう取り壊されてしまった古い家から、新しく建てた家に引っ越す時に古いものは全部捨てられてしまった。ここにあるものは、そんな捨てられてしまった物たちを思い出させ、それらと同じようなものをここで買ってしまうことは処分されてしまった物たちに悪い気がして、私は何も選ぶことができないように思った。そんな事を思いながら、古いものたちがごちゃごちゃと集められている昔の教室や廊下を、ぐるぐると見て回っている花と私に向かって、
「こんにちは」
女の人の元気のよい声が聞こえた。振り向くと、たぶん教室の黒板のあったあたりのカウンターに、ショートカットが可愛い私よりすこし年上に見える女の人が立っていた。私は、たぶんこの古道具屋のオーナーだろうと思い、
「こんにちは、すごく素敵なお店ですね」
私も挨拶をした。その女の人は私達に商品を売り付ける様子はないようだった。そして、えくぼの出る本当にかわいらしい笑顔を浮かべて花と私を見ていた。
「どちらから、いらっしゃったんですか?」
私は、花と私の住む町の名前を言った。
「いい所からいらっしゃったんですね」
優しい響きのある声だった。
「ありがとうございます」
私と花が住む町をいい所と言ってもらったのに少しビックリした。何もない町なのに、本当はここの方がもっと素敵ですと言いたかったけれど、言わないことにした。何も買うつもりがないのに、これ以上この建物の中を見て回るのに気が引けてしまった私は、お店の中を見せてもらったお礼を言い、花を連れて向かいの建物に行った。
二つの建物の間にも湧き水の流れる水路があり、そこを流れる澄んだ水の中には、大きな株に成長したクレソンがたくさん生えていた。その水路を挟んだ反対側にある校舎も、はじめに行った古道具屋と同じ形の建物で、壁の色がこちらは薄いクリーム色で向かいの建物と同じようにペンキがところどころ剥げかかっていた。古い学校の中はカフェになっていた。フランス製のアンティークの雑貨が店の中のたくさん飾ってあり、私は古い校舎とアンティークがよく似合っていると思った。花と私は、窓際の細長い木のカウンターに並んで座った。開け放してある窓から二つの校舎の間に流れる水路が見え、気持ちのいい風がゆっくりと流れているのが感じられた。花をこんなおしゃれなカフェに連れて来たのは初めてだった。私も、花と二人で暮らすようになってどこにも出掛けない暮らしが続いていたので、おしゃれなお店で食事をするのは久しぶりだった。たまに花と二人で出掛けても、小さい子供連れで気兼ねなく入れるファーストフードのお店が多かった。花は、そんなファーストフードのお店でもすごく喜んでくれた。でも、今日は小さな黒板に、文字だけが書かれたメニューを見て好きなものを選ばなければならない。花はカウンターの上に置かれたそのメニューをワクワクして見ていたけれど、しばらくして、
「何にすればいいかわかんない」と言った。
メニューにあるランチには、有機野菜を使ったコロッケとカレー、パスタとガレットの四品があるようだった。
「こんなかわいいカフェに来たんだから、今まで食べたことのないものにしよう」
私は花にメニューを簡単に説明した。
「どれでもいいよ。ママが選んで」
花にはどれも魅力的で、どれにするか決められずにいた。私は花のためにそば粉のガレットを、私はカフェオレを選んだ。
最初に運ばれてきたクレソンのスープは、可愛いらしいガラスのボオルに入っていた。花は初めて食べる薄緑色の液体を、木のスプーンで一口すくい上げると恐る恐るなめてみて、
「おいしい」
びっくりしたように言った。花はスプーンですするようにクレソンのスープを飲み、それを飲み終わる頃には、大きなプレートに有機野菜のサラダとピクルスが添えられたそば粉のガレットが運ばれてきた。ガレットは想像していたものよりも分厚く、真ん中から二つに折りたたんであった。折りたたまれたその中にはたくさんのキノコとハム、チーズそして目玉焼きが入っていた。花はナイフとフォークを両手に持って、その大きなプレートにのっているガレットと格闘していた。どちらの手にナイフを持てばいいか分からないのか、うまく使いこなすことができないようだった。私はナイフとフォークの使い方を教えようとしたけれど、左利きの花に教えているうちに私もよく分からなくなってしまい、ガレットをフォークだけで食べることができるように切り分けてあげた。花は初めてのガレットをスープの時と同じように恐る恐る口にすると、
「あっ、これもおいしいよ」
花はさっきと同じように、やっぱりそう言った。私も食べたことがない、生まれて初めて食べるガレットの味を気に入ってくれたがのうれしかった。
「これね、フランスの有名な食べ物だよ」
「うん。花もフランスみたいって思っていたの。おしゃれだし」
本当にフランスって思ったのか?と疑いたくなるような花の返事がおもしろかった。私のカフェオレはいつまでたっても出て来ないようだったから、花がそのガレットを美味しそうに食べる様子をしばらく眺めていた。
そうやって花がガレットを食べ終える頃になってやっと、まるでどんぶりのようなカフェオレボウルに入った私のカフェオレが運ばれてきた。カフェオレボウルを初めて手にする私は、その大きさに戸惑ってしまっていた。それでも一口飲んでみると、普段飲んでいるのよりはるかにおいしいカフェオレにびっくりした。草原のある街だから、もちろん牛乳は美味しいのはわかるけれど、それだけではないような気がした。たぶんこのカフェオレボウルのおかげなのだ。おおざっぱに描かれた赤いバラと緑の葉が、クリーム色のぽってりとした形の器によく似合っていて、その中のうす茶色の液体をよりおいしそうに見せてくれている。
「花ちゃんすごいでしょう。どんぶりみたいだよ。これもフランス製だよ。カフェオレボオル」
私は最後の一切れになってしまったガレットを大事そうに食べている花に言った。
「かわいいけど、なんか変。大きいお茶碗で飲んでいるみたいだよ」
そんなふうに花が笑うので、私もまるでどんぶりで飲んでいるみたいだと思って、ちょっと恥ずかしくなった。周りを見てみると、ほかのお客さんもこのどんぶりのようなカフェオレボオルを両手でしっかり持って飲んでいた。一人だけいた男の人は、私よりもっと恥ずかしそうにしていた。
私が花とのドライブで立てていた計画は、この壁に囲まれた丸い場所に来ることと、パワースポットの神社にお参りして、古い学校の跡の古道具屋さんに来ることだったので、半日で今日の目的はすでに終わってしまっていた。時間はまだお昼をすこし過ぎたばかりで、私はこれだけで帰ってしまうのはなんだかもったいないような気がした。でも、ここへ来る以外の予定はまったく考えていなかったので、これからどうしようかと思いながら花がランチの大きなプレートにのっている大量の有機野菜のサラダを食べる様子を見ていた。花はたっぷりの野菜にかけてある玉ねぎと豆のソースが苦手みたいで、最初にプレートに盛られた時のまま残っている。いつまでたっても減ることのない野菜をつついている花を見ていて、仕方なく私が残っている野菜を食べることにした。
「ママがサラダ食べてあげるから、花ちゃんはピクルスを食べな」
花の前にある大きなプレーを私の方に寄せて、サラダを食べてみたらレンズ豆のソースがちょっと酸っぱかった。でも、グリーンレタスやトマトはしっかりと濃い味がした。
「花ちゃん、野菜美味しいよ」
私は、花がサラダを食べたいというかなと思った。でも花はピクルスを食べるので十分だろうと思っているようだった。
「でも酸っぱくない?」
「ちょっとね、大人な味だね。ピクルスはおいしい?」
「うん、甘くておしいし」
花が食べる根菜の歯ごたえのいい音が聞こえた。
花はこのカフェに入った最初の頃は、ほかに小さな子供の姿も見当たらないのでちょっと緊張した様子だったけれど、今はこの小さな学校の跡にあるカフェでの時間を楽しんでいるように見えた。
「花ちゃん、今日楽しい?」
私はそんな花に向かって、今の気持ちを聞いてみた。
「うん、ものすごく楽しい。なんか、おしゃれしてきて良かったなって思ったよ」
花はお出かけ用にしている、黒にウサギの模様がたくさん付いたワンピースを着ていた。いつもズポンばっかり履いていて、いつも一人でいる花が、ここへ来て普段と違う日常を過ごしてそれを満足してくれていることに私はほっとした。
「花ちゃん、これからどうしようか?ママ、これからどこへ行くか決めてないけど?」
花がどこか言ってみたいところはないのか聞いてみた。
「えー、そんなの花ちゃんに聞いてもわかんないよ。ママが決めてよ」
ここがどこかも知らない花に聞いても分からないのは当たり前のことだった。これから来た道を引き返すにしても、別の所へ向かうにしても、今日はゴールデンウィークで車の数が多いのは分かっていた。でも、私は覚悟を決めた。これから、わざと人が一番集まりそうな、車が混んでいそうなとことへ行くことに。だって、今日の目的はゴールデンウィークの気分を花と二人で味わうことなのだから。
私は神社の駐車場から車を出すと、ここまで壁の上から降りて来た道を南へ向けて走り始めた。この道を進めば、壁に囲まれた町のちょうど真ん中にある山の上にある火口へ行けるはずだった。途中までは車も順調に走っていた。しばらくすると、予想していた通り渋滞が始まった。車の走るスピードがゆっくりとなった車の中から、私は町の周囲を見渡した。西の方にはこれから花と一緒に行く予定の中央の山が見える、あとはどこを見てもここを丸く囲む壁が見えた。朝に見た場所は一面黄みどり色の世界だったけれど、ここから見える南側は濃い緑色をしている。そして私が花に見せてあげようと思った真ん中の山は、ごつごつとした岩の色をしている。
「花ちゃん、ここはね、朝に行った展望所で花ちゃんが穴が開いているって言ったでしょう。今ね、その中にいるんだよ」
「ふーん、花ちゃんの住んでいる町とあんまりかわんないね。穴の中なのにね」
「そうだね、見た目には同じだね・・・」
私も、やっぱり何も変わらない普通の、田んぼに囲まれた静かな町だと思った。
花と私は山の頂上にある火口に向かう山道を登って行った。どんどん山の上に向けて進むと、中の町を囲む壁がさっき下で見た時よりはっきりと見えて、そのうち壁より高いところまで花と私は来ていた。気がつくと、辺りは黄みどり牧草が山肌を覆う草原になった。それでもまだ山の上に向かってカーブが続いていて、花と私をのせた古い車は今朝と同じようにウンウンと低い音を出すばっかりでスピードが上がらないでいた。後ろにはたくさんの車が続いていたので、黙っていると後ろばかりを気にしてしまう。
「花ちゃん耳がキーンってならない?」
花とおしゃべりして、後ろに続く車を気にしないでおこうと思った。
「なんかヘンなかんじする。中耳炎になった時みたい」
花の説明は、中耳炎になったことのない私にはわからなかった。
「ねえ、どこ行くの?」
行き先を知らない花が聞いた。
「山の上に行くの。ここの一番高い所まで行ってみるの。そこには馬がいるし、ソフトクリームもあるよ」
「うん、行く、花ちゃん行ってみたい」
花が興奮して、車の中で足をブンブンと振り上げている。
「馬を見ながら、山の上の広い草原でソフトクリーム食べると美味しいと思うなあ」
今日のドライブは、昨日仕事場でくみちゃんが馬に乗りに行くという話から始まっていたけれど、私は馬に乗ってみようとは思ってはいなかった。やっぱりどうしても怖いような気がした。
天気予報が言っていた黄砂の影響なのか、コンタクトをしている目がゴロゴロして、うがいもしたかった。せっかくの眺めも、なんだか薄くぼんやりとしている。窓から吹き込む山の上の方の風も冷たくて気持ちよいはずだったのに、黄砂が混じっているので車の窓を全開にする気になれなかった。
あと少しで山の上にある草原にたどり着ける所まで来ると、車はゆっくりとしか進まなくなった。山の上が一番人の集まるところだったので、やっぱり渋滞になった。カーブの手前には止まったままの車の列、その先は見えないけれどもっとたくさんの車の列が続いているような気がした。
「ママ、車いっぱいだね」
「うん、これがゴールデンウィーク。みんな山の上に行くから、道が車でいっぱいになっているの」
花はまた、つまらなそうにしていた。そのうち話しかけても返事をしなくなって、花は眠ってしまっていた。私はそれを見て、ちょっとほっとしていた。こんな渋滞の止まったままの車の中で過ごすことは、花にとってはつまらないことで、それで花の機嫌が悪くなってしまったら、私までイライラしてしまいそうだ。それでも時々、車はゆっくりと進み、少しずつ目的の所へ近くなって遠くに見えていたカーブまで進むと、山の上にある広い草原とその向こうに灰色の山が見える開けた場所に出た。この渋滞は草原にある駐車場へ入るためのものだった。私もそこへ行くつもりなのに、駐車場から出てくる車はほんの少しで、どれくらい待てばその駐車場までたどり着くことができるのか、それを考えるだけでも気が重くなってしまった。
草原にはたくさんの人達がいて、馬に乗ったり、ボール遊びをしたり、家族でお弁当を食べたり、それぞれに楽しそうに過ごしている。車の中にいる私は、外に出られるだけでもうらやましかった。私は壁の中の真ん中で、車の中にじっと閉じこもって先に進めないでいる。まるで今の私の人生とおんなじだと思った。いまの私は、人生のちょうど半分くらいまで生きて来た。そして、何にもない先の見えないところにずっと留まったまま。もう十年くらいずっとこのままだった。花が生まれるよりずっと前、大好きだった彼と離れてしまった時に、もうどうでもいいと、自分の人生をあきらめてしまったから。だからこの先もずっと、こんな風に何もない私の人生を過ごすのは、やっぱりもったいないことのように思った。もう一度、できることなら私もキラキラと輝くような日々を取り戻したいと思うのだった。
私が彼のことを好きと言い、彼も私のことを好きと言ってくれた日から、私と彼は付き合うことにした。その日から、私の生活はそれまでと全く違うものになった。付き合い始めて最初の頃は、彼と合わない日には、彼のいない時間を一人で過ごすことができていた。
「きみはなんだか不思議な世界に生きているような気がするね。僕がいない時、きみは何をしているのかな。僕が思いつかないような、こことは別の空間にいるような気がして、僕はそれが何なのか分からなくて、それが知りたくてきみのことを好きになったのかもしれないね」
彼は私が一人で過ごす時間がどんなものか知りたがった。
「何にもないよ。一人で家にいてビデオ観たり本を読んだりしているだけ。友達も少ないし、ずっと部屋の中にいて、夢みたいなことばかり考えている夢見る夢子ちゃんなの。あなたの思いすぎだよ、私なんて平凡でつまらない女の子」
「違うよ。きみの事をちゃんと見るとキラキラしているって思うよ。誰も気がついていないけどね、きみだってね。たぶん僕だけしかまだ知らないよ」
彼が言うような特別な何かなんて、そんなの私にあるわけないと思っていた。彼は自分とちょっと違う私にただ興味を持ってくれただけだと。でも、彼にそんな風に言われた時、私はすごくうれしかった。
アルバイトが休みの日には彼と一緒にいろんな所へ出掛けた。よく行ったのは美術館だった。絵画やデザイン、海外の遺跡で発掘されたもの、いつも新しい展示が始まるのを楽しみに待っていた。旅行にも行った。彼がバイクの免許を取り、私をいろんなところに連れて行ってくれた。初めのころは、彼のバイクの後ろに乗るのが怖くて仕方なかった。でもそのうち慣れてしまって、遠くまで乗っていることができるようになった。海沿いの道をバイクで走るのはとても気持ちよくて、彼の背中にくっついていることがうれしかった。でも、それまでは一人の時間を過ごすこともできていたのに、そのうち彼のことばかり考えるようになって、彼が一緒にいる時だけスイッチがONになって、彼のいない時間は完全にOFFになってしまうようになった。
大学の春休みに、彼が大学の先輩から借りた車に乗って遠くまで旅行をした。その旅行に行った一週間、話をする相手は彼だけで一日じゅう彼といろんな所を見て回り、夜になると車の中で一緒眠る生活だった。そして、その旅行から帰ってくると、私の生活の中に彼がいない時間があると寂しくてしようがなくなっていた。旅行の時のように、彼にずっと一緒にいてほしいと思うようになっていた。そうして、私はそれまでのような自分の時間を過ごすことができなくなっていた。のぞみちゃんと会うこともなく、ただアパートの小さな部屋にいて、彼がそこに来るのを待ってばかりいた。彼は、大学の課題や研究が忙しく、研究室に泊りこむことが多くなって会う時間が少なくなっていた。それでも私は、「もしかしたら今日は、彼が会いに来てくれるかもしれない」と思うとアパートの部屋から出ることができなかった。私の時間は彼を待つだけになってしまっていた。私は大学の研究も将来も何にも興味がなくなってしまった。そうして、私が持っていたキラキラしたものもなくなって行ったんだと思う。
私は大学の四年生になり就職活動がはじまっても、自分が何をしたいのかなんて分からなかった。大事なのは彼と一緒にいることだけだった。でも彼は、就職先は決まっていなかったけれど東京に行くことを決めていて、私は東京に就職先を見つけることは出来なかった。私は彼と離れて暮らすことになってしまった。彼と離れて暮らす初めのうちは電話で話したりしていた。けれど、そんな電話だけの日々がいつまでも続き、いつになったら彼の所へ行けるのか分からないことが不安だった。そんな彼と会えない時が半年間くらい続いた。
「もういい、もういいだろう」
彼は電話の向こうでそう言った。それが彼と話をした最後だった。私は一番大切な彼を想うのではなく、ほんとうは自分が幸せになることばかり考えてしまっていた。彼と一緒にいたいのは自己満足でしかなくて、私はそればかりを追い求めて大学生活の半分を過ごしていた。そうして、私が持っていたかもしれない何かを失くし、大好きな彼までもいなくなった。
ある時、彼にこんなことを言われたことがあった。
「きみは僕が思いつかないようなことを時々言うでしょ。すごいなって思う時があるよ。だから、君のその不思議な思いつきを活かせる仕事をしたらいいと思う」
たぶんそれは、彼の大学の課題を手伝っている時だったと思う。
「それってどんな仕事?」
私には彼の言っている事がよく分からなかった。私は普通の感覚しか持っていなかったように思う。だからそれを特別なものとして仕事ができるわけないと思ったし、だいたいそれでどんな仕事があるのだろうか。
「それは分かんないよ。きみが分からないのだから、僕には思いつけないよ」
私がどんなことを彼と話していたかなんて、今はもう覚えていない。だから、彼の言っていた、私の不思議な感覚や思いつきがどんなものかは分からない。それでもその頃の私は、彼の言うキラキラしたものを持っていたのだろうと思う。本当に全部、彼と一緒に失くしてしまったのだろうか、もし、今の私の中にそのキラキラしたものが、ひとかけらでも残っていたら・・・私の人生を先に進めることができるかもしれない。今度はちゃんと自分の力で。そうすることは、花のためにもなるかもしれないと思う。
草原にある駐車場はすぐそこに見えているのに、もう一五分以上この渋滞は続いている。私は、渋滞をもう少し我慢して前に進もうか、それとも反対車線を引き返そうか迷っていた。駐車場から出る車は少しだけで、反対の車線を走る車はまばらだったのでUターンすればスピードを思いっきり出して走ることができるようだった。止まってはちょっとだけ進むことを繰り返している私はこのまま引き返してしまうことに魅力を感じたけれど、このままこの渋滞を進んでみようと思った。今はそうした方がいいような気がした。たぶん昨日までの私だったらすぐに引き返していたと思う。でも今日の私は、神様にも誓ったのだから前に進むことに決めた。それでも駐車場に車を停めるにはずいぶん時間がかかりそうだったので、私は花には悪いと思ったけれど、駐車場に入る道には曲がらずこのまままっすぐ噴火口のある山の方へ行ってみることにした。駐車場を待つ車で渋滞していたので、駐車場を過ぎれば渋滞から抜け出せると思っていたけれど、火口へ向かう車の数も多く進むスピードはあまり変わらなかった
車の列がぴったりと動かなくなったので私は車のエンジンを停めた。ちょうど草原と駐車場の間に眠っている花と私を乗せた車は停まっている。大勢の人が草原で幸せな時間を過ごしている。
そんな私達の止まったままの車の列をバイクや自転車に乗った人達が、あまり車の通らない反対車線を走って追い抜いて行く。車の中でじっとしている私はそれがうらやましくてたまらなかった。渋滞の道の脇に数台のバイクが停めてあった。今追い抜いて行ったばかりのバイクも、そこに停まった。私がうらやましい視線をそのバイクに向けていると、
「ママ、ついたの?」
花が目を覚ましたようだった。窓を閉めていたせいで熱かったのだろう。花の小さな鼻の頭に汗のツブツブが見えた。私はエンジンをかけ窓をいっぱいにあけた。山の上の冷たい風が車の中を通り抜けて行く。
「ここでソフトクリームを食べるの?早く外に出て遊びたい」
ワクワクして窓の外に広がる草原や、そこで遊んでいる子供たちを見ているのだろう。私は花をがっかりさせるだろうと恐る恐る花に言った。
「花ちゃん、ごめんね…、ここの駐車場はいっぱいだったの。だから、このまま進んで、ソフトクリームはこの先にある別のところで食べようと思って」
「えっ、せっかく来たのに。遊べないの?」。
「だって、ここに車停めるには、もっと、もおっと待たないといけないし。それよりこの先まっすぐ言った方が、もっといいもの見られるよ」
「もう、しょうがないな、せっかく来たのにね」
花はリュックサックからお菓子を出し始めた。
「花ちゃん、たぶんチョコレートは溶けているからやめといた方がいいよ」
でも花はポッキーの箱を開けたみたいで、全部ドロドロにくっついているポッキーを美味しそうに舐めていた。そして、
「あっ、あのバイク、東京から来たの?」
突然、花がそう言った。花は、車のナンバーを見るのが好きで、読めない漢字やどの県のナンバーなのかよく私に聞いていた。ゴールデンウィークの今日は、普段あまり見ない県外ナンバーを見つけることができるので、花は朝から景色を見るのに飽きると車やバイクのナンバーばかり見ていた。花が言う東京から来たバイクは、花と私が停まっているよりずっと先の道の脇に停まっていた。たぶん、さっきこの車の列を颯爽と追い抜いて行ったバイクだと思う。
「花ちゃん、あんなに遠くのがナンバーが見えるのってすごいね。ママ、目がいいのってうらやましいよ」
もともと目の悪い私はコンタクトをしていても、花が言ったバイクのナンバーを読むことはできなかった。
花が言う東京から来たバイクの脇には、すらりとした長身の男の人が立っていた。ちょうどバイクから降りて、背負っていたバックパックを下しているところだった。私は、これまでに何台ものバイクに追い抜かれて来たけれど、そんな中で一番感じがいいように思えた。黒いジャケットと黒い細身のパンツ、黒い長めの無造作な髪、いかにもバイクに乗っているという感じがしない都会的な感じがした。彼は、ヘルメットでつぶれた髪を手で簡単に直し、上着を脱いで、背中から下したバックパックをバイクのシートの上に置いて、車の列を横切り背伸びをしながら草原の方へ歩いて行った。私は花が言った東京から来たバイクの人のそんな一部始終をずっと見ていた。なんだか私は、よくは見えないそのバイクに乗る人から目を離すことができないでいたのだった。懐かしいような、すごく気になるような、そんな感じだった。
「東京からここまで、どのくらい時間がかかるのかな?」
花に聞いても分からないけれど、私は呟くように言った。
「東京って遠いよね。一人でさみしくないのかな?」
花だっていつも一人で家にいる。やっぱり寂しいんだろう。
「たぶん一日くらいかな?一人の方が気楽でいいのかもよ。ママは花ちゃんと一緒がいいけどね」
彼は東京から、この壁に囲まれた場所に来るのが目的だったのだろうか。それとも目的地へ向かう途中に立ち寄ったのだろうか。わざわざ遠くからここまで来る人が、どんな思いで、何の目的でここを訪れるのか聞いてみたいような気がした。
やっと車の列が少しずつ動き出した。私は流れに従ってゆっくりとアクセルを踏みこんだ。花は相変わらず外の様子を眺めている。私も前の車についてゆっくりと進みながら、草原をもう一度眺めた。もうさっきのバイクの人は、ここの人たちの中に紛れてしまったようだった。私は彼の姿を、どこにも見るけることはできなかった。
「さあ、ソフトクリームを食べに行こう」
「やったぁ。花はミルクがいいな。ママは何にする?いつも決められないんだから、今日は、早く決めておいた方がいいよ」
まるで花の方が私の母親のような感じだ。
車はゆっくりと山頂の火口へ向かって進んでいった。途中何度か車の流れが止まることはあったけれど、これまでのようなひどい渋滞ではなくなっていた。花と私を乗せた車は火口の入口にある駐車場には行かなかった。そこも、さっきの草原にある駐車場と同じようにたくさんの車が駐車場は行入って行くのを待っていた。私はここへも寄らずに、このまま次の目的の場所へ行った方がいいような気がしていたから。
この山から下る道へ曲がった。私達の後に続く車はほとんどいなかった。急な斜面を下る道は、きついカーブの連続だった。私はまるでカーレーサーにでもなったかのような気持ちだった。スピードを上げて、カーブが近づくとブレーキを踏みハンドルをぐっと回していくつものカーブを、私なりのかっこいい運転で曲がって行く。やっとの思いで登った山頂から何のためらいもなく平地に向かって降りて行った。木々が生い茂る山道から見える平地を囲む南側の壁もまた、木々が生い茂った濃い緑の壁だった。ただ車を運転してこの丸い場所の真ん中にある山頂まで登り、そして今また平地へ下っているだけなのに、気持ちが軽くなった気がした。渋滞を我慢して進み、そしてようやく、スピードを出してカーブをグンと曲がることのできる自由を手にしたからなのか、それとも、渋滞の車の中にいたあの時、引き返さないでよかったと思っているからだろうか。まっすぐ進まなければいけないような気がしたのはやっぱり気のせいではなかった。だから、いま私は、この時間が一番ワクワクしている。




