十三話 旅路
登場人物
元囚人女性、洗脳の使い手 主人公 セーレ
セーレの仲間 マーク、ビィシャア
他
ビィシャアは出発前に母親と抱き合い、別れの挨拶を交わした。母親の「頑張ってね」という言葉を胸に刻み、彼女の気持ちは、いっそう強くなった。
いよいよ、王城へ向かう。マークは地図を広げ、道筋を示してバイクに跨った。セーレはサイドカーに乗り込み、ビィシャアは鉱石で精製した馬に乗り、王城を目指す。
「さぁ、行きましょう」
セーレの号令で、譚蔴を出発。
一行は砂漠の道を進み始めた。
道路には砂が堆積し、舗装も見えないほどだった。マークはバイクの転倒に気をつけながら、慎重にバイクを走らせる一方で、ビィシャアは馬で先導した。
「ここから王城まで、三日くらいかかるな」
「へぇ……」
マークはバイクを止め、サイドカーに乗るセーレに話しかけた。彼女は何やら難しそうな顔をして、膝の上に広げた地図とにらめっこしている。
「地図、読めないのかよ」
「うるさいわね。こんなもの読めなくたって、誰かが先導してくれたら問題ないわよ」
「それじゃ、地図を持っている意味がないだろ」
「持っているだけで安心するものなのよ」
セーレは何食わぬ顔で地図を畳んだ。
マークは、ふと疑問がよぎった。
「セーレは、よく道を間違えるが、戦時下はどうしていたんだ?」
「それはヘーゼルについて行くか、アーネスに指示された場所へ突撃するか、たまにある奇跡の三択ね」
「三択の最後が奇跡って、どういうことだよ……」
「目的地に偶然たどり着いたことが何度かあったのよ」
「それは奇跡じゃなくて、運任せだろ」
マークは呆れたように笑った。
すると、隣で話を聞いていたビィシャアが興味深そうに口を挟んだ。
「そんなに方向音痴なの?」
「失礼ね。目的地くらい覚えているわよ」
「じゃあ、さっきの分かれ道はどっちに進めばよかったの?」
「……右よ」
「左だったけど?」
「そ、それは道の形が紛らわしかったからよ」
セーレは少しだけ視線を逸らした。
マークは思い出したように笑い声を漏らす。
「そういえば、以前も似たようなことがあったな。森の中で目的地とは反対方向に進んで、三時間も歩き回ったことがあっただろ」
「あれは森の木々が似たような形をしていたからよ」
「いや、途中で同じ岩を三回も見つけたぞ」
「……岩が移動した可能性もあるわ」
「あるわけないだろ!」
ビィシャアはとうとう吹き出した。
「ふふっ、洗脳の女王って呼ばれている人とは思えないわね」
「方向感覚と洗脳能力は関係ないでしょう!」
セーレは頬を膨らませ、二人を睨んだ。
しかし、マークは笑いを堪えきれない様子だった。
「まあ、戦争中は道を間違えても、誰かが迎えに来てくれたんだろうな」
「……そうね」
セーレの表情が、ほんの一瞬だけ柔らかくなった。
かつては、ヘーゼルやアーネスが先を歩き、セーレはその背中を追いかけていた。迷子になれば探しに来てくれる人がいて、帰る場所もあった。
今となっては、それも遠い記憶の一つだった。
「それにしても暑いわね」
「あぁ、暑いな。喉がカラカラだよ」
「はい、これ」
セーレがマークに手渡したのは、ペットボトルだった。中身は水である。
マークは意外そうに受け取ると、キャップを開けて喉を潤した。
「ありがとな」
「どういたしまして」
「私にもありますか?」
ビィシャアが尋ねると、セーレはもう一本のペットボトルを取り出して差し出した。
「もちろんよ。あなたの分もあるわ」
「ありがとう!」
どうやら、方向音痴でも気配りは忘れないらしい。
マークは水を飲み終えると、地図をタンクバッグにしまい込んだ。
「よし、日が暮れる前にもう少し進むぞ。今度は俺についてこいよ」
「はい、はい。そうね」
「本当に頼むよ。途中で勝手に別の道へ指示するなよ」
「子供じゃないんだから!」
そんなやり取りを交わしながら、三人は再び旅路についた。
セーレたち一行は、朝から夕方まで移動し、夜は野宿を繰り返した。
もっとも、道案内をマークに任せたからといって、旅が順調に進むとは限らなかった。
翌日、休憩のために立ち寄った村で、セーレが一人で水を買いに出かけたところ、戻ってきたのは一時間後だった。
「遅かったな。どこまで買いに行っていたんだ?」
「それが、店を出たら道がわからなくなってしまって……」
「ここ、一本道だぞ?」
「……そういう日もあるのよ」
マークは頭を抱え、ビィシャアは腹を抱えて笑った。
洗脳の女王と恐れられた女性の旅は、どうやら前途多難のようだった。
そうして、三日目の朝を迎えた頃。
砂漠地帯を抜け、緑の草花が生い茂る道を走行していた。何やら前方に人の集団を発見した。
「そこのもの、止まれ!」
全身鎧に身を固めた騎士が、セーレたち一行に停止を促した。マークはバイクを止め、ビィシャアも馬を止めた。セーレが口火を切った。
「誰よ、あんたたちは?」
「我らは、王城よりこの場所の警護を任せられた、王の盾である」
彼等の話を要約する。
王城では罪人の処刑に伴い、残党が暴れている。残党の侵入を防ぐため、入り口の桟橋前で検問を敷き、疑わしい者を捕縛しているとのこと。
「疑わしい人たちへの検問なのね」
まさに今、侵入者として「疑惑の目を向けられている」訳だ。
(あれ、もしかして……私たちって疑われてる?)
検問を守る騎士団の人数は二十名。
彼らは、ぐるりと囲み、怪しい点がないか観察した。
セーレの髪は、クライのペンダントの効果で銀髪から黒髪、瞳の色も赤から黒と迷彩処理は完璧だ。
「隊長。怪しいものは、出てきませんでした」
騎士団の下っ端らしき人物が上官へ報告する。
「うむ。そうか、怪しいものは、なしか……」
騎士団の上官は、セーレたちへ近づく。
三人を順番に見回した。
マークには「そのトンファーは何に使うのか」とかビィシャアのウエストポーチに入った「大量の石は何だ」と問い詰めて回った。しかし、マークとビィシャアは旅には「危険は付きものだと、防衛策である」と弁解した。
騎士団の上官も面白くない顔をして、二人のチェックを終えて、セーレの所で足が止まった。
「おぉ――素晴らしい。お嬢さん、美人だね」
「あら、ありがとう」
騎士団長は気分を良くしたのか、気分も上々。下卑た顔で体付きにも視線を送る。
「君みたいな美人を見ると、私も優しくなっちゃうんだよ。それに私は騎士団長を任せられた男だ」
「そうなの。騎士団長ってことは、よっぽど戦果をあげたのね」
「そのとおりだよ。よくぞ聞いてくれた」
待ってましたと語り出した。
(しまった。長くなるやつだ、これ……)
「私は、あの言論の大戦の参加者でね……」
セーレに対し、武勇伝語りが始まった。四十代と思われる騎士団長の男は、自慢や賛美を受けた経歴など自身の話を語ってみせた。当然、彼女もそんな話には興味もなく(早く終わらないかしら……)と聞いたフリをしていた。
「――であってね……。最後に見えざる断罪者、セーレについてだ」
自身の話になり、少し緊張した面持ちになった。
「私はセーレには会ったことはないが、ある知り合いの戦闘員の話だと、美しい女性でありながら戦闘狂だったらしい。そのため、王城の一部の者が彼女を神格化したり、奇跡の子だのよく騒ぎを起こす輩もいた。おまけに裁判所連中は、セーレを様付けに呼び、それで罪状をつける程だ……おっと喋り過ぎたな……」
話が終わったと思った矢先、騎士団長に左腕を掴まれた。
「お前さん、もう少し私の話を聞いてくれよ。そうだ、そこのテントで詳しく話をするから、一緒に来てもらおう」
「おい、おっさん!」
マークは騎士団長の手を払おうと前に乗り出したが、セーレはその手を制止した。
「大丈夫よ。ちょっと話を聞くだけだから」
妙に笑顔なのが気になるが、マークとビィシャアが見守る中、セーレは騎士団長に連れられて、白いテントの中へ入っていた。
テントの中は思ったより広く、休憩スペース、作戦指揮を取る椅子や机が並べられていた。
「いやいや、今日の私はついているな」
「どうしたの、話は?」
「そんなこと、どうでもよいではないか」
騎士団長は、セーレを休憩室のベッドへ押し倒し、いやらしい目つきで全身を隈なく観察した。
「たまらんな。今から私の特権で、お前のボディチェックを開始する」
「えっ、そんなこと……」
「いいのか、お前が従わなければ、あの者たちの安全は保証できないぞ」
セーレは怯えたふりをした。
「本当に?」
「あぁ、約束する」
騎士団長の右手がセーレの右胸に近づく。
ぷるぷると手を震わせていた。
セーレの吐息が耳元で聞こえ、相手を誘っているかのような振舞いで、騎士団長は喉を鳴らした――急に騎士団長の手が止まる。
セーレの顔を見ると、髪は黒から銀、瞳は黒から赤へ変化していた。
「何だこいつは、どうなっている?」
特権で従わせようとする者には、相応の報いが待っている。
「さぁ、あなたも今こそ自由を。Follow me, pig!」
「この力は何だ。いやそれよりも銀髪、赤い瞳!? まさかお前は、見えざる断罪者セーレだったのか。うっ……」
五分後、騎士団長だけがテントから姿を現した。
騎士団員へ対応指示を伝えた。
「この者たちを通せ、唯の旅人だった」
騎士団員たちは、隊長の突然の態度の変化に戸惑っていた。先ほどまで通行を拒んでいたはずなのに、まるで何事もなかったかのように許可を出したからだ。
「よろしいのですか、隊長?」
「あぁ、許可する。彼らはただの旅人だ。これ以上、詮索する必要はない」
騎士団長は感情のこもらない声で答えた。先ほどまでの威圧的な態度は消え、まるで命令を待つ人形のようだった。
騎士団員は納得できない様子だったが、隊長の判断に逆らうわけにもいかず、渋々道を開けた。
その様子をテントの陰から覗いていたセーレは、騎士団長の姿を確認すると、小さく舌を出した。
どうやら、今回も特権を振りかざした相手に相応の報いを与えたらしい。
「ふふっ、これで通れるわね」
セーレは何事もなかったように二人のもとへ戻ると、満足げに微笑んだ。
マークは呆れたように肩をすくめ、ビィシャアは苦笑いを浮かべる。
こうして一行は、騎士団の検問を無事に通過した。
あなたの評価を星で欲しいけれども、それは読者が決めること。支えてくださり、応援よろしくお願いします。




