表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/6

第2話:百年前の足跡を追って

 翌日、僕は上司に「未返却物の現地下見および精神安定化のための出張願」を提出し、受理された。お役所というのは手続きが面倒だけれど、大義名分さえ立てば旅費が出るのはありがたい。

 世界樹の麓に広がる王都を出発し、馬車に揺られること数日。

 僕たちがやってきたのは、西の辺境にある『オルフェの街』だった。

 ここは百年前、魔王軍との最終決戦の地となった前線基地の跡地であり、現在はのどかな農村として再建されている。そして何より、あの小箱に記憶が残されていた、聖女アリアが最期を過ごした教会がある場所だった。

「ガチ、ガチ……」

 僕の外套のポケットから、小箱がひょこりと顔を出した。

 人目に触れると騒ぎになるので、普段は大人しくしているように言い聞かせてある。街に入ってから、小箱はどこかそわそわとした様子で、蓋を小刻みに鳴らしていた。

「懐かしいかい? 君が生まれた場所、あるいは、君がずっと待ち続けていた場所だもんね」

 僕が頭を撫でるように鉄の天面を擦ると、小箱は嬉しそうに指にすり寄ってきた。暴走さえしなければ、本当に愛嬌のある落とし物だ。

『おいおい、のんきにイチャついてる場合じゃないぜ、ルカ。あのジジイの言った通りなら、目的地はこの先だろ?』

 僕の影から声が響く。周囲に人がいないのを見計らって、クロが影を少しだけ伸ばして前方を指し示した。

 小高い丘の上に、古びた石造りの建物が見える。

 蔦が絡まり、至る所が崩れかけたその廃教会こそが、百年前、アリアがアルフレッドを見送った場所だった。

 丘を登り、錆びついた鉄格子を押し開けて教会の中へと入る。

 天井の一部は落ちており、そこから差し込む太陽の光が、埃の舞う聖堂を優しく照らしていた。かつて美しいステンドグラスがあったであろう窓は、今ではただの空間になり、心地よい風が通り抜けている。

「……ここだ。間違いない」

 ポケットから小箱を床に降ろすと、小箱は「ガチ!」と短く鳴き、一直線に聖堂の奥へと走っていった。

 そして、崩れた祭壇の前にたどり着くと、その場にぺたんと座り込んで動かなくなった。

 僕は祭壇に近づき、その傍らにひっそりと佇む、苔むした古い石碑に目を留めた。

 表面の文字は風化して読み取りづらくなっていたが、指でなぞると、確かにこう刻まれていた。

――愛しき人、世界の英雄アルフレッドの帰還を祈りて。アリア・ヴァレンタイン、ここに眠る。

「アリアさんのお墓……。彼女は本当に、ここで生涯を終えたんだね」

 小箱は石碑にその身を寄せ、まるで母親の膝に甘える子供のように、静かに佇んでいる。

『なぁルカ。場所は分かったが、肝心の「鍵」はどうするんだ? アルフレッドが生きて戻って鍵を刺さなきゃ開かないんだろ? その英雄サマは百年前から行方不明だぜ』

 クロがもっともな疑問を口にした。

 確かに、ただここに来ただけでは、小箱の封印は解けない。

「アルフレッドはアリアに箱を託した時、『俺が生きて戻り、この鍵を差し込むまでは決して開かない』と言っていた。でも、魔法の術式において『鍵』というのは、必ずしも金属の鍵とは限らないんだ」

 僕は再び、右目の眼帯を外した。

 紫色に輝く『追憶の魔眼』で、今度はこの教会、そしてアリアの墓碑に残された記憶を覗き見る。

「『追憶レミニセンス』」

 視界が急速にセピア色へと染まっていく。

 見えたのは、歳をとり、白髪になったアリアの姿だった。彼女は毎日のように、この祭壇の前で開かない小箱を抱きしめ、祈りを捧げていた。

『アルフレッド……私はもう、長くは生きられそうにありません』

 しわがれた、けれど鈴のように澄んだ声で、老いたアリアは呟いた。

『あなたがかけてくれた封印は、本当に強力ですね。どんな大魔導士に見せても、傷一つつけられなかった。……でも、私には分かります。あなたがこの箱に込めた、もう一つのルールが』

 老いたアリアは、優しい微笑みを浮かべ、小箱の表面に刻まれた魔法陣の「ある一部分」を、愛おしそうに指先でなぞった。

『これは、私たちが初めて出会った、あの始まりの丘に咲いていた花の形……。あなたは言っていましたね。もし迷ったら、あの花を探せと。……ああ、もし、私にあなたの元へ行く力があったなら……』

 そこで記憶は途切れた。

「……なるほど、そういうことか」

 現実に戻った僕は、大きく息を吐き、右目を閉じた。

 少し目眩がする。魔眼の使いすぎは脳に負担がかかるけれど、重要なヒントは得られた。

「クロ、アルフレッドがかけた封印の鍵――その正体が分かったよ。彼がかけたのは『条件開錠の術式』だ。もし自分が戻れなかった時のために、裏口バックドアを用意していたんだ」

『裏口だって?』

「彼らの思い出の花――『始まりの丘に咲く花』。その花に宿る固有の魔力を感知させることで、封印が解除されるように仕組まれていたんだ。アリアさんはそれに気づいていたけれど、晩年は体が弱くて、その花が咲く場所まで旅をすることができなかったんだよ」

 だから、彼女は箱を開けられないまま、ここで生涯を終えるしかなかったのだ。

『思い出の花か。ロマンチックだが、面倒な設定にしやがって……。で、その「始まりの丘」ってのはどこにあるんだよ?』

「そこなんだよね……」

 僕は苦笑いしながら、手持ちの古い地図を広げた。

 アルフレッドとアリアが出会った場所。それは、ここからさらに北にある、かつて魔王の領土と人間の領土の境界線だった『最果ての断崖』と呼ばれる場所だ。

 現在は強力な結界で封鎖されている、危険な未開の地でもある。

「ガチガチ!」

 僕たちの会話を聞いていた小箱が、突如として立ち上がり、僕のズボンの裾を引っ張った。

 その目は――いや、目を模した幾何学模様は、まるで「そこへ連れて行ってくれ」と懇願しているようだった。

「行くよ、もちろん。ここまで来たら、最後まで付き合うって決めたからね」

 僕は小箱を抱き上げ、アリアの墓碑に向かって深く一礼した。

「アリアさん、あなたの代わりに、僕がこの子をあの場所へ連れていきます。そして、百年前の約束を、必ず終わらせてきます」

 風が吹き抜け、教会の崩れた天井から、きらきらと光る星のようなマナの粒子が降り注いだ。まるで、眠る聖女が僕たちの旅路を祝福してくれているかのように。

「よし、クロ。次は北の『最果ての断崖』だ。お役所の予算が足りるか心配だけど、行こう」

『へっ、危なくなったら俺の影の中に隠してやるから安心しな。さあ、伝説の英雄のデートスポットへ出発だ!』

 僕たちは教会を後にし、さらなる北へと足を向けた。

 しかし、この時の僕はまだ知らなかった。

 百年前の英雄が遺した未練が、どれほど巨大で、どれほど深い絶望を孕んでいるのかを――。

作品の応援よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ