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8話

 答えは、出なかった。


 机に肘をつき、頭を抱えたまま。


 どれだけ考えても。


(……どうすればいい)


 移民も守る。


 領民も守る。


 両方守る方法。


 そんなもの、簡単に思いつくはずがなかった。


「……くそ」


 小さく吐き捨てる。


 だが、思考を止めることはできない。


 止めた瞬間、逃げになると分かっているからだ。


(俺は……何も知らなかった)


 街で見た光景。


 レオとリナ。


 あの場所。


 あの生活。


 すべてが頭に残っている。


「……もう一度、見るか」


 立ち上がる。


 部屋を出る。


 足は自然と街へ向かっていた。



 同じ路地。


 同じ場所。


 だが。


 昨日とは違って見えた。


 人の動き。


 視線。


 距離。


 すべてに意味があるように感じる。


(……ここにいる人間は)


 弱いのではない。


 ただ。


(生きてるだけだ)


 その言葉が、自然と浮かぶ。


 必死に。


 ただ、生きるために。


 それだけのために。


 動いている。


「……」


 胸の奥が、重くなる。


 今までの自分が、どれだけ浅かったのかを思い知る。


 その時。


「……あ」


 小さな声。


 振り向くと、レオがいた。


 その後ろに、リナ。


「昨日の……」


 少し驚いた顔をしている。


「……また来た」


 カイルは短く答える。


「……どうしたんですか」


「見に来ただけだ」


 レオは少しだけ困ったように笑う。


「変な人ですね」


「自覚はある」


 短く返す。


 しばらく沈黙が流れる。


 その後。


 カイルは口を開く。


「……ここで生きてる奴らは」


「全員こうなのか」


 レオは少し考える。


 そして。


「……大体は」


 静かに答える。


「仕事ある人もいますけど」


「安いし、安定しないです」


 視線を落とす。


「だから……」


「こういうのも、普通です」


 カイルは周囲を見る。


 似たような人間が、何人もいる。


 昨日は見えていなかった。


 だが今は分かる。


 “見ようとしていなかった”だけだと。


「……そうか」


 短く呟く。


 そして。


 少しだけ考える。


「……なあ」


 レオを見る。


「お前ならどうする」


「……え?」


「この状況を変えるなら、どうする」


 突然の問い。


 レオは戸惑う。


「いや……俺に聞かれても……」


「いいから」


 真剣な目。


 逃げられない。


 レオは少しだけ悩み。


「……仕事、ですかね」


 ぽつりと答える。


「ちゃんとした仕事があれば……」


「多分、なんとかなると思います」


 カイルは頷く。


(やっぱりそこか)


 だが。


 それだけでは解決しないことも分かっている。


 父の言葉。


 “他の者の仕事が減る”


 それも事実。


「……難しいな」


 素直に呟く。


 レオは苦笑する。


「簡単じゃないですよ」


 その通りだった。



 しばらくその場に立つ。


 何もせず。


 ただ見ている。


 そして。


 ゆっくりと、理解する。


(全部は、無理だ)


 現実。


 全部を救うことはできない。


 そんな力はない。


 だが。


(だからって、何もしないのか)


 それは違う。


 確実に。


 違う。


 拳を握る。


「……決めた」


 静かに呟く。


 顔を上げる。


 迷いは消えていた。


(全部は無理だ)


(だったら)


(できる範囲でやる)


 その答えは、もう出ている。


 視線をレオに向ける。


「……お前たち」


 レオが顔を上げる。


「なんですか」


「ここから出る気はあるか」


 一瞬、空気が止まる。


「……え?」


 レオの理解が追いつかない。


 カイルは続ける。


「働く場所を用意する」


「食う場所も、寝る場所もだ」


 言葉は短く。


 だが、はっきりと。


 レオは固まる。


 何を言われているのか分からない。


「……そんなの」


 言葉が途切れる。


 信じられない。


 そんな顔だった。


「俺の屋敷だ」


 カイルは言い切る。


「使用人として働け」


「その代わり、生活は保証する」


 迷いのない声。


 レオは一歩下がる。


「……なんで」


 震える声。


「なんで、そこまで」


 当然の疑問だった。


 カイルは少しだけ考える。


 だが、すぐに答える。


「できるからだ」


 それだけだった。


「全部は無理だ」


 続ける。


「でも、お前たちくらいなら救える」


 レオの手が震える。


 怖い。


 期待して、裏切られるのが怖い。


 だが。


 リナが袖を掴む。


「……おにいちゃん」


 小さな声。


 その目には、わずかな希望があった。


 レオはそれを見る。


 目を閉じる。


 少しの沈黙。


 そして。


 ゆっくりと頭を下げる。


「……お願いします」


 深く。


 迷いを押し殺すように。


 リナも慌てて頭を下げる。


 カイルは頷く。


「決まりだ」



 屋敷へ向かう道。


 三人で歩く。


 レオは周囲を気にしながら。


 リナはカイルから少し距離を取りながら。


 やがて。


 屋敷が見えてくる。


「……でか」


 思わず漏れる声。


「ここだ」


 カイルはそのまま門をくぐる。


 使用人たちの視線が一斉に向く。


 見慣れない子供二人。


 当然だった。


「カイル様」


 ティアが近づいてくる。


「その方たちは?」


「新しい使用人だ」


 迷いなく言う。


 ティアは一瞬だけレオとリナを見る。


 だが。


「……承知しました」


 それ以上は何も言わない。


「部屋を用意してくれ」


「かしこまりました」


 ティアは優しく微笑む。


「こちらへどうぞ」


 レオは戸惑いながらも歩き出す。


 リナはその後ろにぴったりとつく。


 二人の背中が屋敷の中へ消えていく。



 カイルはその場に立ったまま、見送る。


(……これでいい)


 全部は救えない。


 だが。


 一つは変えた。


 確実に。


 拳を握る。


「……まずは、これだ」


 小さく呟く。



 この日。


 カイルは初めて。


 “守るための行動”を起こした。

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