7話
コン、コン。
執務室の扉を叩く。
「……入れ」
低い声が返る。
「失礼いたします」
扉を開ける。
中はいつもと変わらない。
書類の山。
机に向かうグラディウス。
だが、カイルの中は違っていた。
「どうした」
視線も上げずに言う。
「……お話があります」
「言え」
短い返事。
カイルは一歩進む。
「本日、街で移民の兄妹と出会いました」
グラディウスの手が、わずかに止まる。
「……続けろ」
カイルは話す。
パン屋での出来事。
路地裏での会話。
移民であること。
仕事がないこと。
そして。
“家”と呼べない場所での暮らし。
すべてを。
言葉にする。
話し終えた時、部屋は静まり返っていた。
グラディウスはゆっくりと顔を上げる。
「……だからどうした」
その一言。
あまりにも淡々とした問い。
カイルの中で、何かが弾けた。
「……どうした、ではありません」
抑えた声。
だが、苛立ちは隠せない。
「このままでは、いけません」
はっきりと言う。
グラディウスは目を細める。
「なら、どうしろと言うのだ」
静かな問い。
試すような視線。
カイルは一瞬だけ言葉に詰まる。
だが。
「……仕事を」
絞り出す。
「もっと仕事を与えればいい」
真っ直ぐ言う。
それが答えだと思った。
だが。
「そうだな」
あっさりと肯定される。
カイルは一瞬、驚く。
だが次の瞬間。
「だが、それをすればどうなる」
言葉が続く。
「今働いている者たちの仕事が減る」
「収入が減る」
「生活が不安定になる」
静かに。
一つずつ。
現実が並べられる。
「……っ」
カイルは言葉を失う。
(……そうか)
考えていなかった。
ただ“与える”ことしか見ていなかった。
だが。
それは別の誰かを苦しめる。
グラディウスは続ける。
「移民の問題はな」
「単純な話ではない」
椅子にもたれ、腕を組む。
「彼らは元々、隣の領地の人間だ」
カイルは顔を上げる。
「五年前、その領地の当主が魔物に殺された」
重い事実。
「跡を継いだのは、まだ子供の長男」
「本来なら支えるべき周囲の人間が」
「それを“機会”と捉えた」
声が低くなる。
「言いなりにし」
「重税を課した」
カイルの表情が変わる。
「その結果」
「犯罪率が上がり」
「弱い者は生きていけなくなった」
一拍。
「そして、流れてきた」
「移民としてな」
すべてが繋がる。
レオの言葉。
仕事がない理由。
あの生活。
全部。
「……」
カイルは何も言えない。
グラディウスは静かに言う。
「我々が死ぬというのは」
視線が突き刺さる。
「そういうことだ」
重い。
言葉が、そのまま落ちてくる。
「一人の死で済まん」
「領地が崩れ」
「民が壊れる」
息が詰まる。
現実。
責任。
重さ。
すべてが、押し寄せる。
「……移民については」
グラディウスは少しだけ視線を逸らす。
「考えてはいる」
「だが、簡単ではない」
それが本音だった。
そして。
再びカイルを見る。
「では」
一歩踏み込むように。
「お前ならどうする」
問い。
逃げ場はない。
「この領地を、どうする」
カイルは言葉を失う。
答えが出ない。
出せない。
考えたこともない。
だが。
考えなければならない。
「……」
拳を握る。
「……考えます」
それしか言えなかった。
「そうか」
グラディウスは頷く。
「考えろ」
「それがお前の役目だ」
それで話は終わりだった。
⸻
自室。
カイルは椅子に座る。
何もしていない。
ただ考えている。
(どうする)
仕事を与えるだけでは駄目。
今いる人間も守らなければならない。
移民も。
領民も。
全部。
(無理だろ、こんなの)
思考が止まりそうになる。
だが。
止めるわけにはいかない。
(……やるしかねぇ)
頭を抱える。
答えは出ない。
出るはずもない。
それでも。
考える。
ひたすらに。
⸻
この日。
カイルは初めて。
“領地を背負うということ”と向き合った。




