6話
路地裏。
人通りの少ない場所に、兄妹は座り込んでいた。
石壁にもたれながら、パンをかじっている。
必死に。
無言で。
まるで、奪われないように守るかのように。
カイルは少し離れた場所に立ち、その様子を見ていた。
(……食い方が違うな)
ただ食べているわけじゃない。
“逃がさない”ように食べている。
その姿に、わずかな違和感を覚える。
そして、もう一つ。
(……汚れてるな)
服。
手。
顔。
すべてが汚れている。
街で見た人間とは、明らかに違う。
カイルは口を開いた。
「……なんでそんなに汚れてるんだ」
レオの手が止まる。
一瞬だけ。
空気が変わる。
妹がびくっと肩を震わせる。
レオは顔を上げる。
その目に、ほんのわずかに怒りが浮かぶ。
だが。
すぐに消える。
ぐっと押し込むように。
「……すみません」
反射的に謝る。
その言葉に、カイルは少し眉をひそめる。
「謝る必要はない」
「……」
レオは少しだけ視線を逸らす。
そして。
小さく息を吐いた。
「……自分たち、移民なんです」
ぽつりと。
言葉を落とす。
「移民?」
「はい」
うなずく。
「この国の人間じゃないんで……」
言葉を選ぶように続ける。
「まともな仕事、させてもらえなくて」
声が少しだけ掠れる。
「だから……」
一瞬、言葉が止まる。
だが。
「家族を養えるだけのお金、稼げないんです」
静かに言い切った。
カイルは言葉を失う。
(……仕事をさせてもらえない?)
理解が追いつかない。
働けばいい。
それだけだと思っていた。
だが。
それすらできない人間がいる。
(そんなことが……)
視線が揺れる。
レオはそれ以上何も言わない。
ただパンをかじる。
妹も、黙って食べている。
その姿が、妙に重かった。
(……これが、現実か)
グラディウスの言葉がよぎる。
“民の生活が脅かされる”
それは、こういうことなのか。
カイルはしばらく黙っていた。
そして。
「……見せてくれ」
口を開く。
レオが顔を上げる。
「何を、ですか」
「お前たちの暮らしだ」
まっすぐ言う。
レオは一瞬だけ戸惑う。
警戒する。
だが。
カイルの目を見て。
「……分かりました」
小さくうなずいた。
⸻
案内された場所は、街のさらに奥。
人の目が届かない場所。
崩れた建物の影。
そこにあったのは――
“家”ではなかった。
ただの地面。
その上に、古びた毛布が一枚。
それだけ。
「……ここ、です」
レオが言う。
カイルは動けなかった。
(……これが?)
理解できない。
いや。
理解したくない。
これが“暮らし”だと認めたくない。
「雨の日は……」
レオが続ける。
「濡れますけど……まあ、慣れてます」
苦笑する。
その顔が、痛いほど現実だった。
カイルの手がわずかに震える。
何も言えない。
言葉が出てこない。
(俺は……)
思い出す。
自分の部屋。
温かい食事。
整った環境。
(何も知らなかった)
ただ強くなることだけ考えていた。
それがどれだけ狭いことだったか。
今、ようやく分かる。
「……ありがとうございました」
レオが頭を下げる。
「パン、本当に助かりました」
その言葉に、カイルははっとする。
礼を言われるようなことじゃない。
だが。
それでも。
必要なことだった。
「……」
妹が、そっと前に出る。
カイルを見上げる。
小さな声で。
「……ありがと」
それだけ言って、すぐにレオの後ろに隠れる。
カイルは何も言えなかった。
ただ、うなずくことしかできない。
⸻
気づけば。
屋敷の前に立っていた。
どうやって戻ってきたのか、覚えていない。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
(……あれを)
(放っておくのか)
胸の奥がざわつく。
足が自然と動く。
屋敷の中へ。
廊下を進む。
迷いはない。
向かう場所は一つ。
執務室。
扉の前で、足を止める。
深く息を吸う。
そして。
拳を握る。
(……聞く)
何が正しいのか。
どうすればいいのか。
自分が何をすべきなのか。
すべて。
ここで。
確かめる。
カイルは、扉の前に立っていた。




