19話
静まり返った訓練場。
カイルはその場に立ち尽くしていた。
喉元に当てられた感触が、まだ残っている。
(……負けた)
事実は変わらない。
完全な敗北。
言い訳もできない。
リヒトはすでに剣を下ろし、何事もなかったかのように立っている。
「……強いね」
リヒトが言う。
穏やかな声。
「君なら、もっと上に行けると思う」
その言葉。
悪意はない。
だが。
(……うるせぇ)
カイルは何も返さない。
ただ、視線を逸らす。
教師の声が響く。
「次!」
模擬戦は続く。
周囲のざわめきが戻る。
だが。
カイルには何も入ってこない。
教室。
授業は終わっていた。
生徒たちが騒いでいる。
「やべぇだろあれ……」
「全然レベル違ったぞ……」
「3位があそこまでやられるのかよ……」
声が耳に入る。
だが。
カイルは動かない。
席に座ったまま。
何もしていない。
(……見えてた)
動きは見えていた。
癖も分かった。
対策もした。
(それでも負けた)
それが全てだった。
(……どうすればいい)
初めてだった。
ここまで差を感じたのは。
剣でも。
身体強化でも。
全部通じなかった。
考える。
だが。
答えは出ない。
「……」
視線を上げる。
前方。
リヒトがいる。
フィアと話している。
自然に。
普通に。
さっきの戦いなど、なかったかのように。
(……余裕かよ)
奥歯を噛みしめる。
だが。
怒りだけではない。
(……分かってる)
あれが実力だ。
認めるしかない。
だが。
(受け入れられるかよ)
拳を握る。
震える。
教室を出る。
廊下を歩く。
足取りは重い。
考える。
何度も。
何度も。
(……一人じゃ無理か?)
ふと、浮かぶ。
今まで。
自分一人で勝つことしか考えてこなかった。
それが当然だった。
だが。
(あいつは違う)
リヒト。
あれは。
個の強さだけじゃない。
完成されている。
(……じゃあどうする)
思考が止まる。
その時。
「……情けねぇ顔してんな」
声。
振り向く。
「……セイル」
壁にもたれている。
「見てたのか」
「ああ」
短く答える。
「どうだった」
カイルが聞く。
セイルは少しだけ笑う。
「分かっただろ」
一拍。
「一人じゃ無理だ」
その言葉。
真っ直ぐに刺さる。
カイルは何も言わない。
否定できない。
「お前は強い」
セイルが続ける。
「でもな」
少しだけ視線を上げる。
「方向が違う」
「……方向?」
「ああ」
一歩、前に出る。
「全部一人でやろうとしてる」
核心だった。
カイルは歯を食いしばる。
「……それの何が悪い」
「悪くねぇよ」
セイルは即答する。
「ただ、それじゃ届かねぇ」
静かに言う。
「さっき見ただろ」
「……」
「差は、埋まらねぇ」
事実。
否定できない。
だからこそ。
悔しい。
「……じゃあどうすればいい」
カイルは低く言う。
セイルは少しだけ笑う。
「簡単だ」
一拍。
「使え」
「……は?」
「周りを」
短く言う。
「お前、一人で戦う必要ねぇだろ」
その言葉。
頭に浮かぶ。
レオ。
リナ。
今までの戦い。
「……」
思考が動く。
止まっていたものが、少しずつ。
「一人で無理なら」
セイルが続ける。
「二人、三人でやればいい」
「それだけだ」
単純な話。
だが。
今のカイルには、それが新しい。
カイルは目を閉じる。
呼吸を整える。
そして。
ゆっくりと目を開ける。
(……やるか)
答えは、まだ出ていない。
だが。
方向は見えた。




