10話
執務室の扉の前。
カイルは一度、深く息を吐いた。
(……来たか)
呼び出される理由は分かっている。
迷いはない。
だが、覚悟は必要だった。
コン、コン。
「……入れ」
「失礼いたします」
扉を開ける。
グラディウスは机の向こうで書類に目を通していた。
視線だけがカイルに向く。
「来たか」
「はい」
短く答える。
静かな空気。
だが、緊張はある。
「例の兄妹の件だ」
単刀直入だった。
「軽率ではないか」
真っ直ぐな問い。
責めるでもなく。
試すでもなく。
ただ、確認するように。
カイルは一歩進む。
「……承知しております」
静かに答える。
「軽率な判断に見えるかもしれません」
だが。
「それでも、必要だと判断いたしました」
視線を逸らさない。
グラディウスは黙っている。
続けろ、という無言の圧。
「いずれ」
一拍。
「二人には、移民たちをまとめる存在になってもらいたいと考えています」
言い切る。
部屋の空気が変わる。
「……ほう」
わずかに興味を示す。
「続けろ」
「はい」
カイルは言葉を選ぶ。
「現在の移民は、ただ流れてきた存在です」
「まとまりもなく、力もない」
「その結果、迫害される側に回っています」
ゆっくりと。
整理しながら話す。
「ですが」
視線を上げる。
「まとめる存在がいれば」
「状況は変わるはずです」
グラディウスは黙って聞いている。
「働き方を整え」
「役割を持たせ」
「管理できる形にする」
「そうすれば」
一拍。
「迫害されるだけの存在ではなく」
「共存できる存在になるはずです」
言葉が、はっきりと落ちる。
静寂。
グラディウスはしばらく何も言わない。
そのまま、カイルを見る。
値踏みするように。
そして。
「……なるほどな」
小さく呟く。
「考えているな」
「まだ途中です」
カイルは即座に返す。
「ですが、方向は見えています」
グラディウスは目を細める。
「理想論ではある」
「はい」
否定しない。
「だが」
一拍。
「現実に落とそうとしている」
カイルは黙る。
「悪くない」
短く言う。
そして。
背もたれに体を預ける。
「やれるだけ、やってみろ」
その一言だった。
許可。
そして、責任の委譲。
「……よろしいのですか」
確認する。
「失敗する可能性もあります」
「ああ」
即答。
「だからこそだ」
視線が鋭くなる。
「失敗も含めて、経験しろ」
「それがお前の糧になる」
重い言葉。
だが。
確かな信頼でもあった。
「……ありがとうございます」
深く頭を下げる。
グラディウスはそれ以上何も言わない。
話は終わりだった。
⸻
廊下。
扉を閉める。
静かに息を吐く。
(……やるしかねぇな)
許可は出た。
もう引けない。
全部、自分の責任になる。
だが。
それでいい。
むしろ。
(望んでたことだ)
拳を握る。
⸻
中庭。
レオとリナが立っている。
ぎこちない動き。
まだ慣れていない。
だが。
確実に“変わろうとしている”。
カイルはその姿を見る。
(……こいつらを)
(育てる)
決意は揺らがない。
ただ救うだけじゃない。
使える人間にする。
その先で。
未来を変えさせる。
「……よし」
小さく呟く。
そして。
まっすぐに歩く。




